巡り廻り

白霜小豆

とある神

 その日、ある夫婦が事故にあった。なんということはない。雪道にタイヤを取られてガードレールに向かった車は、そこで止まることはなく崖へ飛び出していった。あいにくの闇夜で、更に崖下。救助は望めないどころか、生きているかも怪しいような事故……


 (い、生きてる……)

すぐ隣から聞こえるのは明らかに呼吸音。まだ、助かる可能性はある。不幸な日だと思ったが、神は真面目に生きる者をなかなか見捨てはしないらしい。

 僕は君がいなかったら、きっと今日まで生きられなかった。毎日の食事、掃除、洗濯。少しでも家事をすればすぐに分かる大変さ。なんの苦でもないように、ずっと。

それに比べて、僕は、なんだ

(ありがとう)

絶対に助けるんだ。

 しかし、状況は悪い。逆さになった車、そして今も降り続く雪は生きる力を奪うだけでなく、誰かに発見されるという僅かな希望すら霞ませる。

 もちろん、スマホなんて使えない。上から車で圧されているのだ。身動きなど取れるはずもない。

ブロロロロウヴゥゥゥン

(バイクの音か?!なんとかして、この事故の存在を……)


「いやさっみーこんな日にツーリングとかどうかしてるわ」

「おいみろよここ、ガードレールが……」

「いやぁ、こりゃこえぇな。俺らもこんなとこでお陀仏は勘弁。こんなグネグネ道は速攻通過だ」

ゴガッ

「……今なんか聞こえなかったか?」

「は?そんなわけ……」

「ちょっと見てみよう」

「おいおいやめろよ……」

「!!」

「なぁ、嘘だろ?」

「消防か救急か……いいから早く呼ぶんだ!」

「まじかよ……」


だ……ですか……い……で…か

「大丈夫ですか!」

ハッとして目を開ける。

あれ、何があったんだけっけ。とりあえず体中が痛い。意識がはっきりしない。

「目を開けたぞ!」

その声を聞いて周りは安堵の息を漏らす。

 あぁこの人は救助隊の人か……

 朝日に目が慣れたのか、視界がはっきりしていく。横を見ると谷から引き上げられていく車が見える。

 あぁ、そうか、私達事故にあって……私達?

「夫はどこに?!」

途端、なにかに弾かれたような気がして意識が覚醒する。

 急に叫びのような質問をされたほうは一瞬戸惑ったが、そののち、一つの車の中を指差す。

 救急車だ。よかった。助かったんだ……

寝転んだ姿勢からすぐさま立ち上がって、雪景色に埋もれるような白い車にかけてゆく。

 これからのこと。怪我の程度は?入院したらどうしよう、後遺症は残るんだろうか……

 大丈夫だ。生きていいればどうとでもなる。例え歩けなくなったとしても、君の顔が見れればいいと彼は言ってくれるはずだ。目が見えなくとも、君を感じられればいいと……言って、くれるはず。




 そんなのは口があればの話だが

ベットの上に横たわる「それ」

頭が潰れた人形。そういえばしっくりくるだろうか。しかし人形と違うところといえば、まだ乾ききらない鮮血が、頭であった場所を示していることぐらいだろう。

 死んだ夫と生きている妻。これからも彼女は彼女なりに真面目に生きるのだろうか

 神はなんというだろう。こんな結末を用意しておいて。

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巡り廻り 白霜小豆 @Ryo-syumi

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