木瓜の花のように
みちづきシモン
木瓜のように
庭に植えられた木瓜の花が咲いた。それは三月下旬の事だ。赤く丸い花を咲かせた木瓜は、庭を色鮮やかにする。といっても、そこに植えられた木瓜は一本だけ。周りは焼け野原のように、何もない。いや、雑草はちらほら生えている。手入れはするものの一人では限界があった。
昔は、様々な木を植え、庭を楽しんでいた。お金の回りが傾きだしてから、手入れをする暇もなく枯れ木になり始めた。残った手入れの簡単な木瓜だけが、唯一の花を咲かせる。
調べてみると木瓜の花の花言葉の一つに、「先駆者」というものがあるらしい。
……そうか、そういえば。私が木瓜を植えたのも未来を見据えて、初めに植えたのだった気がする。
丈夫で育てやすい、もし私が経営した会社の人間たちもそんな風だったら……。後悔なんて先に立たない、わかっている。だがやはり思ってしまう。丈夫で育てやすい人材が多ければ、会社は傾かなかっただろう。いつからか人は弱り優しさを求め上を目指さなくなった。
優しさを求めるのはいい。だが甘えるのは違う。上へ共に行かねば必ず堕ちるのだ。欲求は増えるくせに努力はしない。一番前へ行ってやる! そんな意気のある小僧は他社へ行ってしまった。
残った者は軟弱な者ばかり。別に残業しろなんて言わないが、せめて定時までは必死に働いてほしいものだろ? 業績が落ちれば苦しむのは社員ではない、上層部だ。
木瓜の花をぽんやり見ながら世を憂う。働きアリはこの世界に一体何割まで減ってしまっただろう。働かないアリは一体いつになったら働くのだろう。
いや、別にいいぞ? 働けないならそれでいい。だが働けるなら努力してみてほしい。実際、やればできる、為せば成る。流石に素人がプロ野球選手や、プロサッカー選手になれはしないが、プロ看護助手にはなれるだろう?
自慢にならないと言う人もいるだろうが、人としての役割はきっと果たせる。
我社にも欲しいものだな。やる気と根気と前向きさと、明るく皆を引っ張る元気な小僧。
仕事のできるできないは相性もある。だが如何せん、闇堕ちする人間が増えた気がする。それでも働いてくれるだけマシだが、もうちょっと光がほしい。
木瓜の花が私に囁いているように見える。「あなたは先駆者だろう?」と。
そうか、私が導かなければならなかったんだな。私が怠けていたわけではないが、怒鳴り散らかすばかりで、周りが見えてなかったのかもしれない。
相手を萎縮させていたのかもしれないし、威厳を保つばかりで下の者の気持ちもわかっていなかったのかもしれない。
押さえつけてばかりでは育たない。例え丈夫で育ちやすい者でも上手く育たないかもしれない。
だが私には上手くやれる自信など、今更ない。ならばやることはきっと一つだろう。
下手な鉄砲数打ちゃ当たる。それしかなかった。募集枠を増やし、面接を沢山することだろう。
私は自宅の庭に木瓜を沢山植えてみることにした。あやかってみるのも悪くない。丈夫で育ちやすい若者が沢山我社にくるようにと、願いを込めて植えた。
何故だろう、面接している数人の相手に光を見た気がした。気のせいかもしれない、だが確かに明るい人だという印象を同席した幹部も覚えたようだ。
二人入社させる。その二人はとても謙虚な人間だった。だが色の違うその二人はそれぞれの持ち味を活かして職場に花を咲かせていった。
一人は徐々に職場内の人間と仲良くなりムードメーカーとなる紅い人間だった。彼はたちまち暗い職場に光を当てた。
もう一人は目立つことはなかったが、誠実で的確な言動でピンチを救う縁の下の力持ちだった。まるで白い花。
彼らのおかげで会社の業績は持ち直した。
一年後の会社の総会議の時、私は二人に木瓜の鉢植えを渡した。
「こんな物を渡されても困るとは思うのだけど……」
二人に木瓜の花言葉と共に渡した。
「君たちはまるで妖精の輝きだ」
木瓜には妖精の輝きという意味もある。彼らは我社に輝きを与えてくれた。これからも輝いていて欲しいという意味を込めて渡した。
「あ、ありがとうございます……」
二人は明らかに迷惑顔だった。だが私は説明する。
「木瓜には先駆者という意味もある。それは開拓者という意味だ」
彼らは確実に我社を切り開いてくれた。彼らに感謝している者もいるだろう。入って一年目にも関わらずだ。
仕事というのは基本的に同じことの繰り返しだ。そんなもの退屈に決まっているだろう? 楽しいことを考えなければやってられない。その上で、楽しいことをできる時間なんて限られている。
だからこそ皆やりたがらない。当たり前だ。一昔前なら家庭のためにというやりがいの中で頑張る人間が多かった。そのやりがいが、ただ生活をするためにというものに変わってから、やる気の低下につながっている気がする。
好きなことをやりたい、そんなの誰だって同じだ。好きなことをやれる人間なんて限られてる。それじゃあ、どうしたらいい? 楽しい職場なら少しは楽になるだろう? 明るい職場がどこにでもあるわけじゃない。ならば、創るしかないのだ。自分の手で。それを億劫に思う人がほとんどだから出来ないだけで。
前述の二人は彼ら自身のできることをやっただけだろう。彼ら自身がストレスだったのかもしれない。だが彼らは確実に職場内の環境を変えた。その功績はとてつもなく大きい。
誰かがするだろう、いや、誰かしろよと言う思考がそもそも間違っているようにも思える昨今、こういった若者が増えて欲しいと願うばかりだ。
そして浅ましいかな、彼らが我社から離れない事を願うばかりだ(これに関しては私の勝手な想いでしかないが)
木瓜の周りの雑草が伸びてきた。いくら丈夫であっても大切に育ててやるのが大切だ。
それを学んだ私は、少しずつ雑草を抜きながら、今年もまた色鮮やかな花を咲かせる木瓜を眺める。
木瓜の花のように みちづきシモン @simon1987
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