後編
こちらとしては好かれるような要素は一切ないはずなのに、あったとしてもそれを帳消しにするようなどうしようもなさの片鱗を見せつけてやったのの、それでも何故この人はまだ私のことを好きだというのだろうか?
「なんでそうなるかなあ……えー、なんであなた私のこと好きなんです?」
「さあな、お前がどうしようもない人間なのはもう十分わかった。……それでも好きなのだから仕方がない。というか、世界を滅ぼそうとするくらい俺はお前に惚れ込んでいるんだ、そう簡単に幻滅する思うか?」
「あー……」
駄目だ、否定できない、世界を滅ぼすほどの激情を持っている子を私はどうしようもないくらいよく知っているし、どうしようもない男に盲目的に惚れ込んでる超怖い子のことも不本意ながらよく知っている。
どうしよう、ひょっとしてこの人、私が知ってる中でもやばい人筆頭の二人のハイブリッド型なのでは?
え、やば……
「……というか、どうしようもないのがよくわかったからこそ、ますます目が離せなくなった。放っておいたらいつの間にかその辺で死んでそうで……そうなるのは絶対に許さない。そう簡単に死なせてたまるものか……そこまでするつもりはなかったが、どこか安全なところに閉じ込めてしまおうか、そうすれば……」
「……」
なんかすごい物騒なこと言い始めた、どうしようこれもう色々打ち切って今すぐこの場から逃げた方が良かったりする?
一番やばいのはこの人じゃなくて、この人に監禁されるのはちょっとアリだなって思っちゃった自分だ、恋する乙女な私は引っ込んでいて欲しい。
どうにかして話を修正しなければ、とりあえず監禁云々の話だけは有耶無耶にしておかないと後が怖い。
しかしどう修正したものか、どう修正しても結局墓穴を掘る形になりそうで怖いな、ここは慎重に……
「ところで、いつくらいから私のこと好きだったんです?」
恋する乙女な私が暴走した。
いや、実はずっとそれは気になっていたんだけど、今このタイミングで聞くことではないと思う。
話は反らせたけど、なんかもっと別な話題あっただろう。
「……本格的に自覚したのはお前があのアロハシャツの男と共に行動していたのを見た時だが……多分それよりも前から。お前があの船で自分の腕を抉った時に感じたことがないくらいの怒りと混乱と恐怖を感じたから、おそらくその頃にはすでに。……自分でも何故あそこまでお前の行動に自分が怒ったのかその理由に気付いたのは、あのアロハシャツの男の存在を知ってから。お前に惚れていたから、お前が自分で自分を傷付けたのが許せなかったらしいと、その時になってようやく」
そういえばあの時理不尽なくらいの剣幕で迫られたんだっけ。
そうですか、その頃にはもうすでに私のことを、私の方が早いけど。
けどそれよりも真っ先に否定しなければならないことがある。
「な、なるほど……いやこれ何回も言ってますけど本当にアレとは何にもありませんので」
「お前があのアロハシャツの男と楽しそうに話しているのを見て、お似合いだと思ったんだ。きっと互いに好き合っているのだろうと」
「わーー!! わーーーー!!!??」
やめてそういうこというのやめて、ミカちゃんに知られたらやばい、あの子あいつに私というフリーの幼馴染がいること地味に気にしているんだから。
「そう思った時に、それがどうしようもないくらい不快だと思った、頭の中がぐちゃぐちゃになって……それでようやく、お前のことが好きなのだと気付いた。けれど気付いたところでどうしようもない、お前にとって俺は敵で、悪人だ。その上恋人らしき男もいるのなら……こんなの、どう頑張っても叶わない想いだ」
「一旦黙ってください落ち着いてくださいあのナルシストアロハと私の間には一切合切やましいことなどありませんしそういうの絶対有り得ないので……」
とか言っているうちに彼の口角が僅かに上がっていることに気付いた、こいつ、わざとか、今までの意趣返しのつもりか……!!?
「そういうわけで、どうせ手に入らないのならとヤケになってああなった。……わかっている、こんなことを伝えたところで余計に怖がらせるだけだ。どうせお前は俺のことを絶対に好きになんかならないだろう」
少しだけ不貞腐れたような声だった。
そういう顔は初めて見た、ちょっと可愛いと思ってしまった恋する乙女な私をぶん殴りつつ、気になったことを聞いてみることにした。
「絶対とかいうその根拠ってなんです?」
「失恋したのは本当だろうが、諦めがついたというのは嘘だろう?」
「…………おっと」
誤魔化せるかどうか顔色を伺って不可能だと判断する、そうですよ吹っ切れてなんかいませんよ未練たらたらですよ。
というか今更だけど、よくよく考えてみると私の周囲で世界滅ぼそうとした人って、恋する人があのナルシストのことを好いていると誤解して、それで自分の恋は叶わないそれならいっそっていう動機で世界滅ぼそうとしてない?
「うっわ……真にお祓いすべきは私じゃなくてアイツの方か……?」
「は?」
「ああ、すみません、現実逃避に余計なことを考えてました。……幼馴染が世界滅ぼそうとしてたのって、幼馴染の好きな人があのアロハナルシストとできているっていうひっどい噂話がまことしやかに流れてたのが主な原因だったんですよ……幼馴染と幼馴染の兄、どっちも顔がいいし優秀だし、幼馴染が芝田くん……幼馴染が好きな人のこと好きなのってすごいわかりやすかったので……嫉妬やらやっかみやらその他いろんな悪意が混ざり合って、他にも聞くに耐えない酷い噂が色々と……」
ああいう手合いの噂話はそれまでにも流れたことがあった、私は否定したし怒っていたけど、幼馴染はいつものことだと平然としていた。
だから、あそこまで追い込まれていることに気付かなかった、本当にどうしようもない話だ。
「まあそういうわけで……幼馴染が世界を滅ぼそうとしたのはあのアロハと芝田くんができてるっていう噂話のせい……あなたが世界を滅ぼそうとしたのも…………私とあのクソアロハができていると突拍子もない有り得ない勘違いをしたせい……つまり、どっちも原因があのアロハ野郎なんですよね、本人に言ったらすごく怒りそうですけど」
多分顔を真っ赤にして怒る、確かに理不尽極まりないし、私だって同じ状況に陥ったらキレる。
それでも一応お祓いくらいは勧めておこう、変な呪いにでもかかっているのかもしれないし。
「私もお祓い行っておこうかな……原因がアイツだったとしても、二回も巻き込まれてるし……はあ……どういう感じのところに行けばいいのか……厄払いですかね、ひとまず」
「それで?」
「はい?」
「まだ未練があるんだろう? その世界一かっこいい男とやらに」
有耶無耶にできなかったか。
「……ええまあ、そうですね。そうですよまだ未練ありまくりですよ。……けど、これは自分でどうにか処理します。あんなのに二回も立ち会った以上、私が誰かに恋をするとか、そういうのは駄目だと思ってるので。……というかですね、私の周囲、色恋沙汰でのトラブル起こりすぎなんですよ、だからせめて私だけは、色恋に染まらず常に冷静でいなければ。私まで色恋に染まってしまったら収拾をつける人がいなくなる、それは大変よろしくない。ぶっちゃけまた世界滅亡の危機とか起こりかねない……というか普通にああいう手合いに仲間入りしたくない……」
みんなのことは大好きだけど、それでもやっぱりああなりたくはないと思っている、だってあんなのおかしいし。
好きだけど、それでもあの人達のことは普通に頭がおかしいと思っている、本当に申し訳ないけど、それでもその評価だけは変えられないし、ああはなりたくない、多分これが反面教師というやつなのだろう。
「そういうわけで、未練はまだありますが、それは速攻で捨てる気です。だから……例え私が好きな人がある日突然私のことだ好きだと言ってきてもその想いに応える気はありませんし、あなたの想いにも応えるつもりはありません。私にとって、誰かに恋する自分も誰かに恋される自分もNGなので」
結局、私が出せる結論はこれだけだ、恋する乙女な私がさっきからうるさいけど、それは理性でねじ伏せる。
私は恋に暴走する異常者にはなりたくない。ただの普通の一般人、くだらないものを作り続けるだけの極々普通の錬金術師でいたい、それ以外の自分になんてなりたくない。
これで諦めてくれれば万々歳、これきりで縁が切れてくれればこの夏はただ苦いだけの思い出として遠からず色褪せていくだろう。
「……と、真面目にあなたからの告白への返答をしましたけど、これで諦めてくれる気に」
「なるとでも?」
「ですよねー……世界を滅ぼすような恋ですから、そう簡単にどうにかできるものじゃないのは、私にだってわかりますよ……これは困った、このままだとアロハの二の舞を踏むことになる……それはなんとか避けなければ……」
どうすればこの事件は解決する? そういえば私の周囲ってなんだかんだくっついて事件解決したことしかないから、失恋して綺麗さっぱりおしまいという解決方法をどうやって導き出せばいいのかよくわからない。
「うーん……当事者が私じゃなければ背中押して強引に解決してる事案なんですけど……」
委員長の時が確かそんな感じだった、あれはもう誰の目から見てもあからさまだったから少々強引に背を押せたし、なんでその一歩を他人に背を押されないと踏み出せないんだって思ってたけど、実際に当事者になってみると、なるほどこれは無理だと思う。
それでもなんとかしなければ……
「……お前は結局、俺のことをどう思っているんだ?」
「へ? どうって……」
「恐ろしいとか嫌いとか憎いとか気持ち悪いとか、そう思っているか?」
「いえ、別に……ちょっとトラブっただけの人っていう認識です……」
好意は隠してそれ以外は素直に答えたら何故か溜息を吐かれた。
「……本気で嫌われているようだったら、多少は気が引けたんだがな。怖いとすら思っていないのか、こんなどうしようもない男のことを」
「ええ……私の周り怖い人ばっかりなんで、あなたのことを今更怖いとは思わないですよ」
「世界を滅ぼそうとしたのにか?」
「ええ。……というかその程度のことで怖がってたら、私はとっくにあの子の幼馴染を辞めてますから。ふふ、私、基本的に極々普通の一般人ですけど、肝だけは人並み以上に座ってるんです、というかそれくらいしか長所がないんですけどね」
というか自分で自分に誇れることなんてそれくらいしかない、何があっても基本冷静、錬成している時にハイになってちょっとおかしくなったりはするけれど、それ以外の時は基本的に冷静に物事に対処できてる、できているはず。
そう、今だって冷静沈着に、このどうしようもない事件の解決方法を導き出せるはずなんだ。
「世界を滅ぼそうとしたことすら『その程度』か。やはりお前はどこかおかしい」
「そうですかねえ……私のことおかしいと思ってるなら」
「いや、さらに好きになった」
「なんで……」
困惑しかない、恋は盲目なんて言葉があるけど、彼の目にもそれが適応されてしまっているのか。
「なんでと言われても……世界を終わらせようとした男を怖くないと断言してそんなふうに笑える女のことを、何故好きでなくなると思うんだ?」
「ええ……」
そんなことを言われてもどうしようもないのだけど。
ここで私が『世界滅ぼそうとする人なんてコワイ!! キライ!!』とでも泣き喚ければ何かもう少しなんとかなったかもしれないけど、それは私の信念に反する、死んでも絶対にそんなことはしない。
そして信念に従った言動をしてみれば、何故かさらに好かれる羽目になる。
さて、どうしろと?
詰んでる? 詰んじゃった? いや、まだ何かあるはずだ、何か打てる手が絶対に残っているはず……
名前を呼ばれた、顔を上げると自分の好きな人が、今まで何度も見てきた誰かに恋する人の顔で私の顔を見ていた。
殴られたような衝撃、脳がぐにゃりと歪むような恐ろしくも甘ったるい感覚、溶けた砂糖のように甘ったるい声がもう諦めちゃえと私に囁く。
彼が私を好きで、私が彼を好きならそれでいいのでは? それで解決ということにしてしまえばいいのでは?
「お前がどれだけ言葉を尽くしたところで、俺のこの想いはかえられない。お前のことが好きだ。お前が俺以外の誰かのことが好きでも、その誰かのことを諦められないのだとしても、俺はお前を諦めない。たとえお前が俺に振り向かないのだとしても、俺は一生お前のことを想い続ける。恐ろしいと思うのなら好きなだけ恐れろ、憎んでもいい、嫌ってもいい……お前がどう思おうとどうでもいい……逃げるというのなら地の果てまで追い続けてやる」
とんでもない愛の告白をされてしまった、心が根本からボキャバキとか凄まじい音を立てながらボッキリ折れそうだ。
でも負けない、私負けない、頑張る。
無駄な足掻きであれ、できるうちは足掻いてやる。
「や……」
「や?」
「やれるもんならやってみろってんですよ! 私は、負けない!! 絶対にあんな色ボケ集団の仲間入りなんてしませんからね! ……ふふ、ふふふ、どうかお覚悟を、世界を滅ぼすような恋なんて、叩き潰してやりますので……それでは電車の時間がそろそろ本格的にやばいのでそろそろ本当に失礼させていただきます、それではどうかご達者で!!」
そう言い捨てて即座に病室から逃げ出した、もっと早くに脱出していればこんな面倒なことにならなかったのではとも思ったけど、それはもう今更だ。
病院の廊下を全力でダッシュする、追ってくる気配はなさそうだった。
病院を出て、全速力で駅に向かって走りながら、私は半泣きでこの先のことを考える。
妙案なんて一個も思いつかなかった、どうしようもないかもしれない、もう詰んでいるのかもしれないけど、それでももうこれは意地だ。
というわけで、どうにかしてあの人に幻滅させるような方法を考えなければならない。
世界を滅ぼすような恋の前では何をしても無駄な気がするけど、それでも何もせずに諦めましたよりも、できることはできるだけやってそれでもダメでしたの方がまだ納得できるので、頑張るしかない。
人生のクライマックスはとうの昔に終わり、長い長い余生を過ごしている真っ最中にこんな厄介なことが起こるとは思ってもいなかった。
どうして私は余生すら穏やかに安らかに平穏無事に生きられないのだろうか、前世でなんか大罪でも犯したんだろうか。
そんなことは考えても仕方がないので、とりあえずできることから考えようと思いつつ、何にもいいアイデアなんて思いつかなかった。
世界滅亡の危機に二回も立ち会った錬金術師のその後の話 朝霧 @asagiri
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