中編
さて、ここはどこで今がいつで今目の前にいるのが誰かをもう一度よく確認してみよう。
ここは病院、目の前にいるのは私の敵だった人 (初恋の人)、今は夏休み終了まで二週間を切った猛暑日の午後二時くらいだ。
本当に?
目の前にいるの、実は別人だったりしないか? 具体的にいうとあの変態さんとかだったりしないか?
魔眼を起動してみた、よくみてみたけど、変な術の形跡はない。
つまり……御本人だな??
その御本人が私のことを好きとか言っている、これは一体どういうことだろうか?
こちらが彼に惚れたのには理由がある、命を救われた、敵同士でしかなかったくせに身を挺して守ってくれた、だから好きになってしまった。
けれどこちらはなにもしていないどころか嫌われるようなことしかしていない。
まず指輪を奪おうとしてきた彼の目の前でその指輪の偽物 (※自作のレプリカ)を海にぶん投げて、その後私は逃亡、上司からの命令は絶対だった彼は私が海の中に投げ捨てた指輪を数日かけて探し出したという。
そんな手間暇かけて偽物を掴ませた外道を探しにきてみれば、その外道が森の主に追いかけ回されていた上にそれに巻き込まれて、身を挺して庇ったりもしたのに、庇われた方の外道は最低限の治療を彼に施してその場を逃走。
他にも思い返してみるとそんな感じのことばっかり。
こんな私のどこが好きだというのだろうか、この人は。
冗談、嘘、誤魔化し、騙り、けれども悪の教団的なヤバめな組織に所属しているくせに彼は私と違って随分誠実な人柄をしているのだ。
そんな彼が果たしてこんな冗談を口にするだろうか? 冗談でなくとも例えば上司からの命令だったり……いや、そういうことは嫌がりそうな人だ。
仕事のためならある程度非情になれるけど、外道なことはしない人、恋する乙女のフィルターのせいで多少目が濁っていたので私の頭の中の彼が美化されているだけなのかもしれないけど、それでもやっぱりそういうことをするような人ではない気がする。
ならどういうこと? 事実だとでも?
いや、それは流石に……だって好かれる要素ゼロだったし、ゼロどころかマイナスだったはずだし……
「……ああ、俺のような者からそんな感情を向けられても怖いだけか。お前にとって俺は敵でしかなかったからな」
「…………怖いというよりも、不可解です。だって私、あなたに好かれるようなこと何一つしてないのですが」
「よくいう。このお人好しの異常者め。……あれを打算でもなんでもなく素でやっていたのなら、お前は随分と人をたらし込むのが上手いらしい」
褒められているんだか貶されているんだかわからないことを言われた。
それに、お人好しは稀に言われるけど兄達に比べると私はそこそこ非道で外道な自覚があるからそういう風に思われるのはなんか違うと思う、見る目がないというしかない。
異常者とか言われたけどそれもとんでもない、私は極々普通の人間だ、ちょっと変わった人が周りにいるから普通の人よりもほんの少しだけ肝が据わっているけどそれだけの一般人だし、異常と言われるようなことをしでかした覚えもない。
ただ、錬金術師という生き物は普通の人から見ると少々イカれて見られがちだ、特に私は冒涜派の錬金術師なので、そういうふうに見られてもおかしくはない。
「……異常者はともかく、私がお人好しとかとんでもない。私はどちらかというと性悪ですよ。お人好しだと思われるようなこと、何かしましたっけ?」
「あの森で再会した時、お前は俺に逃げろと言った。お前にとって俺は大事な指輪を奪おうとする悪人でしかなかったはずだ。それなのに俺を囮にしようともせずに、逆に自分が囮になって俺を逃がそうとした」
「……いやそれ別に普通……ああなったのは私の自業自得ですし、悪人だろうと善人だろうと私の自業自得に誰かが巻き込まれたら目覚め悪いじゃないですか」
本当にそれだけの話だった、いいことをしたつもりもないし、別に打算とかもなかった。
あの時自分の目の前に現れたのが幼馴染や義姉達だったらなんとかしてくれと泣きついただろう、幼馴染の兄だったら「あとは任せた」とかなんとかして押し付けていただろう。
けれどあの時鉢合わせたのは数日前に少し揉めただけの赤の他人、そんな人に縋ることなんてできないし、見捨てるのも論外だった。
「……だから自ら囮を買って出たと? 大した力もない無力な女が、そんな理由であんな凶悪な魔物の前に無防備に飛び出したのか?」
「ええ……とはいえ無防備ではなかったのですよ、実は。あんまり使いたくなかったけど、切り札というか奥の手は持っていたので」
「…………あの宝石銃か」
「ええ、コレクションを減らしたくなかったので極力使わないようにしてるんですけどね。いざという時は使いますよ」
「策はあったということか。それでもやはりあれは無謀だった。もうあんな真似は二度とするな」
「……善処はします。…………あー、ひょっとしてあの後私を庇って怪我したあなたの治療をしたこともお人好し判定の判断材料にしてたりします? あれは逆になにもせずに立ち去る方が人でなしの外道ですよ。あんなの人として当然のことですからね」
「俺はお前の敵だった。それでも?」
「それでも、ですよ。……というか、お人好しっていうのならあなたの方がよっぽどです。あの時私を見捨てて、あの森の主が私を殺した後にゆっくり指輪を探せばよかったのでは?」
何故か絶句された。
この人は別として、この人が所属している教団の別の狂信者さんだったらそのくらいのことは平然とやりそうだからそういう発想自体はありそうなものだけど。
「あなたに私を助ける理由なんて一つも……ああ、でも私が死んだら指輪の所在がわからなかったのか……なるほど、だからあの時私に死なれるわけにはいかなかったと」
「黙れ」
冷え切った、地の底から聞こえてくるような声だった。
何か気分を害することを言ってしまったらしいけど、そこまで怒らせるようなことを言った覚えはない。
ものすごい睨まれている、黙れと言われてしまった手前、こちらから口を開くのは得策ではない。
しばらく硬直状態が続き、時間だけが無駄に過ぎ去っていく。
「……もういい、お前が自分自身のことを全く大事にしていないことはもうわかっていた。今の俺がなにを言っても、お前のそれは直らないだろう……お前はやっぱり異常者だ、悪人だろうと敵だろうと救おうとするお人好しのくせに……いや、だからなのか? お前はいつだって自分のことを捨て駒のように扱う」
「……いや、別にそこまで自己犠牲精神は持ち合わせちゃいませんよ。私が自滅するか私のせいで誰かが傷付くか、どちらか一方だったら自滅する方がまだマシってだけですので」
「それだけじゃないだろう。そうでなければそんな腕にはなっていない」
左腕を指さされる、そういえばあの時に二度とやるなとか言われたけど、結局今回の世界滅亡事件の時にまたやったんだったか。
「いや、あのですね、前も言いましたけど錬金術師が自分の血を触媒に使うのはよくあることでして、自分の一部を使っているわけですから色々と親和性が高くて錬成の精度が上がるんですよ。だからこれは捨て駒だの自己犠牲だのは関係なくてですね」
「どちらにせよ、自分のことを全く大事にしていないことになんのかわりもないだろう」
「んー……まあそういう傾向はあるかもしれませんけど……全くってことがありませんよ。これでも自分のことはある程度大事にしています。私に何かあったら悲しんでくれる人達がいますからね」
「その悲しんでくれる人達とやらは、お前の腕がそんなふうになってもなにも言わなかったのか?」
「滅茶苦茶怒鳴られましたね。何度かブチ切れられたこともあります。……けど八割くらいは錬成中にハイになってやらかしてるので自分でも制御できないんですよね……死なない程度には調整できてるので、なんにも問題ないってゴリ押ししてるんですけど……今でもたまに、ものすごーく怒られます……一昨日とか何度雷落とされたか……」
世界の危機だったから仕方ないじゃんとゴリ押す私と問答無用だ今度こそいい加減にしろと大激怒な幼馴染と兄二人と義姉二人とそのほか色々との押し問答は、結局何時間くらい続いたんだっけ?
まあ今回も押し通したけど、私が貧血になる程度で世界が救えるのなら安い犠牲だし。
「……また、やったのか」
「ええまあ。誰かさんのせいで町中にはえた黒い結晶の解体作業がどうしても追いつかなかったんですよね。あの結晶、かたい上に魔力吸い上げていくから、かなり厄介だったんですよ。あちこち駆けずり回って、結晶を壊しつつ怪我人の救助作業もやって……あの日の私、多分過去一で働いてましたよ」
そう言ったら彼は苦虫を噛み殺すような顔で押し黙った。
よし、このままゴリ押してしまえ。
「ぜんぶ終わった後ふらっふらでしたけど、それでも今は普通に元気ですし、なんの問題もないのです。そういうわけで、この腕に関しては別になんの問題もないということで、何一つ怒られるいわれもないのです」
「……もう二度とやるなと言ったはずだが? お前もあの時」
「善処するとはいいましたけど、絶対にやらないとは一言も言っていませんよ?」
私がいうところの「善処する」は基本的に「無理ですがなるべく気を付けます」を言い換えているだけだ。
つまりほぼ実現不可能。
彼は私の顔をしばらく睨んだ後、なにもかも諦めるような深い溜息をついた。
「……もういい、お前のそれはなにを言っても直らなそうだ」
「ええまあ、今まで色々言われても直ってないので、どうしようもないと思いますよ。自分でもたまにこういうことやるの本当は良くないんだろうなとは思いますけど、結局このままでいいかってなっちゃうので」
それでいつかうっかり死んだとしても自業自得だ、なるべくそうならないように気をつけられるようにはなってきている気がするので、それだけで十分だと思う。
「……私ってこういうわりかししょうもない人間ですけど、それでもまだ好きとかいえます? 今ならまだ撤回できますよ、幻滅しましたってことにしちゃってくださいな」
わりかし幻滅されるようなエピソードをそこそこ語ったような気がするけど、さて彼の心境はどうなった?
こんなどうしようもない女に惚れた自分の見る目のなさを怒っているだろうか? こんなどうしようもない女を理由にあんなことをしでかしてしまった自分自身に呆れているだろうか?
どちらでもいい、私にどんな幻想を抱いていたのかは知らないけど、さっさと目を覚ましてもらわないとこちらがダメになる。
「それでもまだ好きだと言ったら、お前は笑うか?」
「…………いえ、全く」
本当に全く笑えない。
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