世界滅亡の危機に二回も立ち会った錬金術師のその後の話

朝霧

前編

 あの日以降、恋は世界を滅ぼすを口癖としてきた私だけど、まさか恋が原因で再び世界が滅びかけた上にその現場に立ち会うとは思ってもいなかった。

 二度あることは三度あるともいう、また恋が原因で世界滅亡するみたいな事態に巻き込まれたくないので、素材探しの旅を一時的に中断してどこか良い感じの神社とかお寺でお祓いをしてもらった方がいいかもしれない。

「ああ、頭が痛い……」

 病院の廊下をゆっくりと歩く、心配三割、義務二割、残りはこれまでの精算のために私はこの度恋心を爆発させて世界を滅ぼしかけた下手人の病室に向かっている。

 あの人とは顔を合わせたくなかったけど、今回の世界滅亡が無事阻止されたことで私と彼の縁はもう完全に切れるので、別れの言葉くらいは言っておかなきゃならない。

 出会いから今日まで約一ヶ月、短い付き合いだったと思う。

 敵として出会い敵として別れる、そしてその後すっきり忘れる、それができれば万々歳、きっと上手くはいかないのだろうけど。

 それでもそうしなければ。

 さて、別れの言葉は何にしようか、シンプルにさようならだけでいいか。

 そんなことを考えているうちに病室の前についた、ドアをノックしてみたけど、返事はなかった。

 寝ているのかもしれない。

 出直すべきだろうか、けれどあまり時間を無駄にはしたくないのでもう一度だけノックして、ついでに声もかけてみる。

 数秒待っても返事はない。

「うーん……今生の別れになるだろうから一応挨拶だけしておきたかったのだけど……時間もないし……置き手紙ですませちゃおうか……」

 そちらの方が気が楽だ、未練はうまく断ち切れないかもしれないけど、それでも……

 入れ、と声が聞こえてきた。

「あらま」

 起こしてしまったのたのか、それとも無視されかかっていたのか。

 別にどっちでもいいか、どうせもう二度と会うことはないのだし。


「失礼します」

 ドアを開けて病室の中に入る。

 数日前に世界を滅ぼしかけた下手人の顔色は、思っていたよりも悪くはなかった。

「お体の具合はどうですか?」

「……まだ少し怠いが、問題ない」

「それはよかった。前にあなたと同じく世界滅ぼしかけたうちの幼馴染は一週間くらいろくに身動き取れなかったので、それに比べるとずっと元気そうでよかったです」

 身動き取れない分、両片思いだったことが発覚してめでたくくっついた恋人にものすごく甘えていたし、当然のように私にも甘えてきた。

 この人はたとえ身動きが取れなくなろうと、誰かに甘えたりはしないんだろうな。

 短い付き合いだけど、それはなんとなくわかる。

「それにしても、私の周りの恋する人々、本当にやばい人ばっかりだなあ……ラインナップ聞いてくれます? 恋人にタックルしたひったくり犯にブチ切れて街一つ吹っ飛ばしかけた義姉その一、妹と一緒に買い物してた恋人見かけて浮気していると勘違いして刀抜いて切りかかってきた義姉その二、不良に恋して思い悩みまくった挙句うちの街の梅雨を一ヶ月半延長させた雨女系学級委員長、風評被害による誤解とすれ違いのせいで感情大爆発させて世界滅ぼしかけた幼馴染、憧れの人が好きすぎるあまりストーキング行為を繰り返した上で憧れの人の関係者全員を拉致して監禁した幼馴染の兄の彼女……そして『世界を壊すんだろう? 恋は』とかなんとか言って神竜と同化して世界滅亡させかけた敵……他にも色々と、うーん……列挙してみると酷いラインナップですねえ……」

 彼は何も言わずにただ私の顔を見ていた。

 改めて見ると本当に整った顔をしている、うちの幼馴染と義姉達もそうだけど、何故私の周囲にはこうも顔がいい人が多いのだろうか?

「そういえば、幼馴染は見た目を気に入られて破壊神に取り憑かれた挙句世界を滅ぼしかけたわけですけど……神様っていう存在はどうも顔が綺麗な人間を好むみたいですね……と、まあそんな話はどうでもいいか。本日はお見舞いとお別れをしに足を運ばせていただきました。こちら、見舞いの品になります」

 そう言いながらデパートで買ってきたメロンを押し付ける。

 ちなみにこのメロンの代金はこの人のお仲間が作った豪華仕様 (もどき)の爆発物を解体して適当に錬金術した合成石を売っぱらってできた金で支払った、アレを解体していなければ多分私は手ぶらでここに来ていたので、あの変態さんにも一ミリくらいは感謝してもいいのかもしれない。

「……別れ?」

「ええ。……祖父の指輪は白い神龍の心臓に還りました。あなた達が欲しがっていたあの指輪はもう私の手元には存在しない、今度こそ嘘偽りも誤魔化しもなくです……であれば、もう私に用はないでしょう?」

 馬鹿馬鹿しくて酷い話だと思う、あの美しいものと同じものを作るために私は錬金術を始めたのに、アレが神龍の心臓が結晶化したもののカケラとかいう、どう頑張っても再現不可能な代物だったなんて。

 長年地味に地道に追い続けていた夢が、実際はどう頑張っても実現不可能なものだった。

 けれど、大人になる前にそれを知ることができてよかった。嘘だ、本当はもっと早くに知りたかった。

「……そういうわけで、お別れです、もう二度と会うことはないでしょう。他の人たちはどうでもいいのでわざわざ挨拶をしには行きませんけど、あなただけにはちゃんとお別れをしておきたくて……改めて、あの日助けてくれてありがとうございました。あの日あなたが助けてくれなかったら、多分私は死んでいた」

 そして、あの日助けられたせいでうっかりこの人に惚れてしまったりもしていたのだけど、それは一生黙っているつもりだ。

 恋は世界を滅ぼす、私には世界を滅ぼすほどの激情は今のところないけれど、恋心が原因でああなってしまった人が一人どころか二人もいるので、できることなら早めにどこかに捨て去らなければ。

 顔を合わせなければいずれ時間がゆっくりと忘れさせてくれるだろう、だからここでお別れだ。

「それじゃあ、さよならです。どうか良い余生を」

 捨て台詞のようにそう言って立ち去ろうとしたのに、何故か引き止められた。

 まだ何か用があるだろうか、語るべきことはもうないはずだけど。

「……何故、余生なんだ?」

「あら、これは失礼。そうですね、あなたにとってこの先は余生でもなんでもないか……すみません、私が今長い余生を過ごしてる真っ最中だったりするので、つい……」

「どういうことだ?」

 語るか誤魔化すか悩んでる前者を選ぶことにした、どうせもう二度と会うことがない人なので、別に何を語っても問題はない。

「幼馴染が世界滅ぼしかけた時……その隣で作っちゃったんですよねえ、最高傑作。破壊神の力の余波、世界が滅ぶ寸前という状況によって引き出された謎の集中力、どうせ世界が滅ぶならと贅沢になんの危険も顧みずに材料にした豪華絢爛な素材達……その他いろんな条件が奇跡的に絡み合い、ドチャクソにやばい代物が出来上がってしまったのですよ。……錬成しきった瞬間悟りました、これ以上はもうないって、同等のものすら無理だって、絶対に無理だって。だから私の人生はあの日から余生でしかなかった、ただそれだけのお話です」

 アレを作り上げたその瞬間がきっと私の人生のクライマックス、あそこで世界と一緒に終わっていれば、それはそれで良い終末だったのだろう。

「あ、別に悲観的な感じではないので、あんまりお気になさらず、ちょっと物騒だけど優しい人たちと、そこそこ楽しくやっていけてるので……それじゃあ」

「俺が世界を滅ぼそうとした時、何かを錬成しようとは思わなかったのか?」

「おっと、痛いところを突いてくれますね。……思いましたよ、少しは。今ならあの時と同じように傑作をまた作れるかも、って。……けどまあ、流石にそれどころじゃなかったですし……幼馴染達には死んでほしくなかったので」

 だから彼を止めるために微力ながらも戦った、戦うというか完全に補助だったけど、それでもあちこち駆けずり回って、なんとかしようと頑張った。

「それに、いいんですよ。最高傑作はもう出来上がっているわけですし、アレ以上はもうない、私はそれでよかったんです。惜しかったとは思いますけど、少しだけです」

「…………そうか」

「ええ、そうなのです。でも、やっぱり少しだけ惜しいなあ……けど、世界が滅びかけたことを証明するものなんて一つだけでいい。それにしても恋っていうものは本当に恐ろしい……ああならないように気をつけなきゃなあ……とはいえ、真似したくとも」

 簡単に真似できるようなことではない、と続けようとしたら言葉を遮られた。

「はい? なんです?」

「ああなりたくないと思うお前は…………お前は、誰かに恋をしているのか?」

 それをあなたが聞いてくるのか、よりによってあなたが。

 なあなあにするか騙るかで悪い癖が出る、どうせ最後だ、盛大に騙ってやろう。

 思えば私と彼の始まりは私の騙りで始まったようなものだった。

 ならば最後に同じように騙って締めるのも、それらしい。

 嘘は極力使わない、本当のことを切って貼ってそれらしく騙りあげる、いつの頃から始まったのかも覚えていない私の悪癖。

 いつもいつももうやめようとは思っているのに、騙されたっていう幼馴染のしょっぱい顔が可愛くて、騙りに気付いた兄達がドヤ顔で指摘してくるのが悔しくて、何故かいつまでもやめられない。

 それでは、はじめよう。

「過去形ですね。していましたが正しいです。とっくに失恋してますので」

 口を笑みの形に歪めて、なんてことないように。

「今は昔、私はある人にうっかり惚れてしまいました。ちょっとやばいところを助けられた時にころっと。我ながら単純で笑えます。……けどまあ、そのうっかりをやらかしたの、幼馴染が世界滅ぼしかけた後だったんですよね。だから顔真っ青になりましたよ、血の気が引いたっていうのはまさしくああいうのを言うのでしょう。私は幼馴染のこと大好きですけど、それでもああはなりたくなかったので。世界を滅ぼしたくなんてなかったので」

 ペラペラと不真面目に、どこまで情報を吐くか、どこまでなら真相に辿り着かせずに済むか、バレるかバレないかの瀬戸際を反復横跳びするのが、なんでか癖になっている。

 けどきっと『誰』であるかを明言しなければ彼はきっと真相には辿り着かないだろう。

 それができるほど深い仲ではないので。

「だから頑張って忘れようとしましたよ。毎日毎日ノイローゼになりそうなほど悩んで悩んで……それである日、その人に好きな人がいることがわかったんです。それで失恋、ショックでしたけど正直ホッとしました。絶対にありえないって思い知ることができたので、それで少し楽になれたんです」

 世界を滅ぼすような恋を自分以外の誰かにしているらしい人の目を見て笑う。

 少し虚しいけれど、それでも誰にも打ち明けていない事を話してみると、少しだけ心が軽くなった気がして、今が悲しいのか嬉しいのかわからない。

 滑稽ではあると思う、けれども案外騙り切ってしまえば色々とすっきりするかもしれない。

「というわけで、失恋して諦めがついたので私は世界を滅ぼすようなこととか、人に迷惑をかけるようなこととかはせずに済んだのです。それでも思い悩んでいた時期は辛かった、やっぱり恋なんてものはするものじゃないですね、もう二度とごめんです」

「お前が失恋したという相手は……」

 おっとそれは何を言われようと絶対に言わない、さてどう切り抜けるか。

「あの時一緒にいた、アロハシャツの男か?」

 とか思っていたらとんでもねーことを聞いてきた。

「ち、違います違います絶対違いますアレだけは絶対にないです無理ですあれただの幼馴染です幼馴染ですらありません幼馴染の兄です顔はいいけど性格最悪なんですよあいつやめてくださいそういうこと言うのほんとやめてくださいどうしてそういうこと疑うの違うのミキちゃん本当にアレだけはないのほんとなの信じてだから違うから絶対に絶対に絶対にアレだけはないからやめてマジでやめてやめ……っぎゃああああああああああああああ!!?」

 勢いよく振り返る、けれどもそこには誰もいなかった。

「おい!! どうした!!?」

「あ、あれ? いない? あれ、さっき確かにミキちゃんのうらめしやな声が後ろから聞こえたのに……」

「だ……誰もいない! ここには俺とお前の二人しかいない!! 落ち着け!!」

「…………ああ、すみません。だいぶ取り乱しました。あはは……ただの幻聴だったみたいです……それであなたが言ってる浮かれたアロハ男はうちの幼馴染の兄なんですけど……とてつもなく粘着質なかのじょ……じゃなくて可愛いくて素敵でぱーふぇくとなお嫁さんがいるんですよ。そうじゃなくてもアレだけはないです。あいつ、顔がいいだけのナルシストで性格の悪い小悪党なので」

 そして向こうのほうからも『お前だけはムリ』とか言われていたりする、なんでも世界滅ぼそうとしてる奴を止めることも諌めることもせずその横でひたすら宝石練ってるようなヤベェ女は願い下げらしい。

「幼馴染の兄ということは……先程言っていた、憧れの人の関係者全員拉致監禁したとかいう……」

「そう、その子です。世界滅ぼそうとした幼馴染とあなたがいなかったら、私が知ってる中でダントツにやばい子……ほんとうにいない? いないよね? 疑わしきは気軽に処せってタイプの子だから、聞かれてたらちょっとピンチ……あの子ならありえる……うぅ……しばらく夜道……だけじゃなく常に気をつけよう……」

 久々心臓が凍りつくような恐怖を感じた、世界が滅ぶ場面に立ち会うよりもブチ切れたあの子の相手するほうがひょっとしたら何十倍も怖いかもしれない。

「と、いうわけで、アレだけは絶対にないです。絶対に絶対にぜっっっっったいに、ないです。……私が好きだったのはアレ以外のどこぞの誰か、世界一かっこよくて……私以外の誰かが好きで好きでたまらない……そういう感じの人でした。ま、誰であったのかは誰にも内緒です、誰かに話してあの人に私がこんなくだらない感情を抱え込んでいたとか風の噂とかで知られたら、すごく嫌なので」

 彼はただ静かに私の話を聞いていた、その顔はどこか暗くて何かを思い詰めているような……

 ああそうか、この人はきっと、諦めきれないんだ。

「……あなたの恋がどんなものかは知りません。世界を滅ぼしてしまおうと考えてしまう程度には重い感情であることと……まあ、その……成就しない思いなんだろうなということだけは、なんとなく察してます。あなたのことはよく知らないし、誰にその激情を向けているのかも知ったこっちゃないですけど……それでも、世界を滅ぼすほどの恋を私はもう一つ知っている、あの絶望を、私はきっと誰よりも間近で見ていたから……それをどうにかできるのはあなた自身かあなたが恋する人だけなのでしょう。だって私はあの日あの子を止められなかった、止めても無駄だと顔を見ただけで思い知らされた、なんにもできることなんてなかった……敵にならないことだけしか選択できなかった……あー、すみません自虐っぽくなっちゃって……ええと、何を言いたいかというと……あなたのその恋の行く末がどうなるかは私には何一つ関係のない話ですけど……それでも、いつかあなたのその傷が癒えることを願っています。……まー、また世界滅亡フラグとか建てられたらたまったものじゃないので、どれだけ時間かかってもいいのでいつか綺麗に吹っ切れてくれるといいなーと他人事のように思ってます……と、もうこんな時間ですか、随分と長居してしまいましたね……それでは今度こそ、失礼します」

 今度こそ頭を下げて立ち去ろうとしたら再び止められた。

「えーっと……まだ何かありますか?」

「……そういえば、明言はしていなかったな。俺は昔から言葉が足りないと言われてきたが、確かに思い返してみると、あれだけでは伝わらないか」

「え? なんの話です?」

 一体なんの話だろうか? どうも何か伝えそびれていることがあるらしいことは理解したけど、彼から私に伝えるべきことなんて、何かあったっけ?

 最初から最後まで基本敵同士、こっちは命を救われたことがあったけど、それでも敵でしかなかった私達の間に、そんな何かがあるだろうか?

 なにも思いつかなかった。

「お前は俺とは今後関わるつもりがないらしいが、こちらにそのような意思はない」

「え……? 何故、です? 指輪はもうないですし、あなたが私と関わる意味とか理由、特にないと思うのですが……」

 ひょっとしてまだ私になんらかの価値を見出そうとしているのだろうか、彼というか彼が所属している組織は。

「あのですね、私、祖父からちょっと……だいぶ珍しい指輪をもらっただけの一般人なんですよ。大した才能もない、準二級止まりのどこにでもいるなんの面白みもない錬金術師。どこにでもいる普通の人間。綺麗なだけのガラクタばっかり作ってる能無しです……確かに世界滅亡の危機に二回ほど立ち会ったりしましたけど、私自身はごくごく普通の一般人……利用価値とか特にないので」

「好きだ」

 そのたった三文字が、しばらく理解できなかった。

 今なんて言ったこの人、なんか唐突にすごい場違いなこと言わなかったか? 私の聞き間違いか? そうだな多分そうだ恥ずかしい。

 よし、聞きなおそう。

「すみません、よく聞き取れませんでした」

 一体私はなにを聞き間違えたんだ、恋する乙女な自分はちょっと前に捨て去ったつもりだったのに、なんで今更恋する自分にとって都合が良すぎる聞き間違いをしてしまったんだろうか。

 私って本当にどうしようもない。

 反省しなければ、今度滝行にでも行こうか?

「お前のことが好きだと言った。お前と添い遂げられないのであればこんな世界滅ぼしてやると思って実行する程度には、お前のことを愛している」

 なんだって?

「『恋が世界を滅ぼすとお前がそう言うのなら、その通りにしてやる』……こちらとしてはあれがお前への告白のつもりだった……全く通じていなかったらしいがな」

 そういえばそんなことを言っていた、私の目をまっすぐ見つめながら。

 あれって私の口癖を単純にパクっただけだったのでは?

 パクリ元である私の顔を見てただけだったのでは?

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