第4章 雪の王子(第10話)
《第10話》
不思議な感覚だった。
1人でホラー映画を見ている時のような、
怖くて堪らないのに、
その場から動けないような感覚。
不安と孤独と恐怖がぐちゃぐちゃに混ざって
この世界でただ1人きりになったみたいだ。
私はまだ死んでいない。
それは現実の世界でも、空想の世界でも。
『死にたいと日常的に言う人間ほど
簡単には死なない。』
これって本当なのかな?
それが真実ならば
毎日、沢山死にたいって言わないとね。
そうすれば死ななくて済むかもしれないもん。
何度も何度も、しつこいくらいに
自分が死ぬ姿をイメージしよう。
それが日常になるくらいに。
職場に休みの連絡をする時には
絶対に首吊り自殺をしている自分をイメージしよう。
そうやって心を落ち着けよう。
罪悪感と責任から逃げる為に
空想の世界で首を吊ろう。
ゆらゆら揺れる私の足と、
その下に飛び散った糞尿。
それから少し飛び出た目玉でしょう?
あとは重力で伸びちゃった自分の首。
そうすればあと1週間くらいは飛び降りるのを
先延ばしに出来るかも。
あと1日、もしくはあと1時間くらいなら。
「それが無理なら、あと1分だけ…。」
口から言葉が溢れる。
心臓を氷柱で貫いても
空想の世界の私は生きていた。
私が何度も首吊りのイメージで
自分を誤魔化してくれたお陰で
私はまだ生きていた。
私が死にたい、死にたいと
泣きながら吐露してくれたお陰で
私はまだ生きていた。
シンイチくんを裏切ってでも、
嘘を吐いて庇ってくれたお陰で
私はまだ生きていた。
それがどれだけ醜悪で無責任で幼稚で
性根が腐った行為だとしても、
私は私のお陰でまだ生きていた。
こんなに沢山の人を傷付けて、
助けた本人から死なせてくれと懇願されても
私はまだ私を諦めきれない。
「…………。」
私は目を開いて、起き上がる。
氷の王国は跡形もなく消えており、
いつの間にか森の中にいた。
近くを探してみるが
かつて王国であった何かさえ存在しない。
ステンドグラスの欠片だけが
氷の王国での出来事を証明していた。
「……モー、いないの?」
いつもならば全てが終わった後にやってくるモーが現れない。
……ああ、そうか。
氷の王国に来る前に私が地面に叩きつけて
殺してしまったんだ。
最後に残った愛の王国へは
自分の足で辿り着かなければならない。
誰も助けてくれないんだ。
私は力無く、トボトボと歩き出す。
どれだけ素晴らしい家族がいても、
どれだけ沢山の親友がいても、
死ぬ時だけは孤独だ。
死だけは1人で迎えなければならない。
それがどんなに寂しくて過酷な道のりだとしても。
4人の王子も、モーも私が殺してしまった。
結局、最後の最後まで一緒に居てくれるのは
こんなに頼りなくて生き汚い私だけだ。
「なーんだ。
結局あんたが残っちゃったんだね。」
懐かしい声が聞こえる。
振り向くとそこには揺籠の女王がいた。
相変わらずピチピチの子供服を着ていて、
その姿は滑稽で不気味だった。
「……愛の王国へ行くの?」
じっと私を見つめながら女王は問う。
「うん、行くよ。」
何故だろうか。
最初に会った時はとんでもなく醜く見えた揺籠の女王が、今はほんの少しだけ穏やかな顔をしてるように感じた。
「私はね…死にたいの。
幸せになりたいの……。」
この言葉を私が言ったのか
揺籠の女王が言ったのか、
最早それさえ今の自分には分からない。
けれど、私も女王もいつの間にか泣いていた。
「本当はね。
水たまりに映る空を見て、ただ『綺麗だな』と感じられる人間になりたかった。それだけで心が満ち足りるような人生が良かった。
でも無理だった。
だから愛されて、幸福になる人生を願ったの。」
そうだ。
目の前で泣きじゃくる赤ん坊の怪物は私だ。
涙で心が動かされない程に醜いこの怪物は
私なんだ。
「仙人みたいになりたかった。
それか絵本に出てくる少女でも、薔薇に水やりをする穏やかなお婆さんでも良い。
こんな醜い赤ん坊じゃなくて、
ましてやお姫様でもなくて、空とか風みたいな人間になりたかった。」
それでも愛の王国へ行かないといけない。
王国へ行って王子の心臓から
最後のステンドグラスを取り出さないと。
その後に待っているのが
幸福でないと分かっていたとしても。
私は女王に背を向けて歩き出す。
私は私にしかなれない。
空にも、風にも、お姫様にもなれない。
だから死ぬ為に歩き続ける。
最後の王国を目指して歩き続ける。
愛の王子 イースター @humpty8dumpty8
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