22. 金の光
外から微かに鈴の音がした気がして生成は顔を上げた。
「生成殿、祓いの神事が始まったようです」
戸口から外をうかがった神官にそう告げられ、頷く。
「ここはお任せください。神事へ行かれるでしょう?」
「助かる。任せても良いか」
「はい」
さっと患者の横に膝を付いた匙にあとは任せ、生成は足早に外へと出た。
頭上には舞台から伸びているであろう色とりどりの長布。その布は上下に揺れ、鈴の音を響かせている。周囲に集う臣民たちも、手にした鈴を思い思いに鳴らしている。
すぐ側を鈴を鳴らしながら子ども達が歓声を上げて走っていった。それを見送り、長布の中心へと出る。
少しだけ開けた広場。その中央に小さな舞台。今は垂れ布で飾り付けられたそこで、金の光が尾を引いて輝いた。
表情などよく見えはしない。それでもその洗練された美しい動きと金の光は生成の瞳には美しく映った。
身体をしならせ、力強く躍動する魂がそこにある。それなのにどうしてだろう、そこから感じるのは太陽ではなく月光だ。
その光を、脳裏に焼き付ける。せめてそれだけなら許されるだろう。
舞台に繋がった長布が揺れる。鈴が鳴る。依夜が跳ね、その身体につけられた鈴からも小気味良い音がした。
ただ人には見えない、だが神子である神官には依夜が淡く発光しているように見える。それは神が降す退魔の光。
「美事だ……」
依夜の手に握られた刀が輝く。やがて動きを止めた依夜が、刀を舞台袖の神官に渡した。代わりに手にしたのは、
刀で場を清め、清浄なその舞台から放たれる退魔の光を楽と鈴の音で増幅し遠くまで届ける。これでこの辺一帯の流行り病もなんとかなるだろう。
大麻を両手で持ち左右にふるところから始まり、依夜が祝詞を上げた。その朗々とした響きが楽隊の音を誘い込む。
一際大きく響いてきたのは篳篥だ。それは、地に住む民の声。それに応えるように鳴った龍笛が龍となり天に登れば、天からの声を笙が伝える。
依夜が淡く輝いている。祝詞が終わり、依夜の身体が再び動き出す。大麻を右手に持ち、それをふりながら金の光を放つ。
長布が揺れ、鈴の音が高まる。
「君と居るかけがへのなき日をいつく」
依夜が和歌を読み上げ始めると、光はより一層強まる。楽の音と絡み合い、鈴の音を伝わり光が広がっていく。
思わず、自分の龍笛を取り出した。息を吹き込む。
「夢はおどろき花うつろへば」
一瞬、依夜がこちらを見た。生成の龍笛に耳を傾けているかのように思えたのは、生成の願望だったのかもしれない。
夜空の清流、そんないいものではない。そうなれたら良かった、だがそうなれなかったこともまた望んだ通りだ。時を戻すことなどできないのだから、この道を進むだけ。たとえどんな結末になるとしても。
頭上で鳴る鈴。降り注ぐ光。希望に満ちた顔で舞台に視線を注ぐ臣民たち。笑顔を見せる子どもたち。
しゃんしゃんと長布に付けられた鈴がいっそう音をたてる。依夜の身体が弧を描く。
(————ん?)
その音は微かな違和感とともに生成の耳に届いた。楽器の音でも、鈴の音でも、ましてや人の声でもない。なにかが軋むような……。
龍笛から口を離す。生成が演奏をやめたのに気がついたのだろう、依夜の視線が一瞬生成へと向けられた。
しかし、それに応えることはできなかった。
「なんだ……?」
今度ははっきりと軋んだ音がした。鈴の音が鳴るたびに、それはぎいぎいと音を立て始める。
(鈴……? まさかあれか!)
色とりどりの長布は、舞台の屋根に繋がっている。その布を引くたびに、布についた鈴が鳴る。そして、軋んだ音も。
「おい、やめろ長布を引くな!」
ふり返って怒鳴るも、先端はずいぶんと遠い。鈴の音は消えない。
「くそっ依夜殿! 舞台から退かれよ!」
見上げた舞台の屋根が、長布が引かれるたびに揺れた。通常では考えられないほど大きく。
依夜は舞っている。舞いながら上を見上げた。揺れる屋根を認識し、驚いたような表情になる。
そして次の瞬間に生成が見たものは、安堵したようにほほ笑む依夜の姿だった。その笑みに虚を突かれ、一瞬世界の全ての動きが止まったように感じられた。周囲の音が全て遮断され、聞こえるのは依夜が舞台を踏む音だけ。
ゆっくりと依夜の髪が弧を描いた。大麻を掲げ笑みを浮かべた依夜が舞い、その視線が再び生成をとらえる。それでも、穏やかな笑みを浮かべたままだ。
それは、かつての依夜の姿。
「危ない、離れろ‼︎」
どっと音が鼓膜を打つ。その時にはもう足が土を踏み締め身体を前へと押し出していた。
屋根が大きく揺れた。軋み音と怒号とざわめき。楽隊の奏でる音。鈴。
舞い続ける依夜、そこから放たれる光。
「依夜殿————ッ‼︎」
弾かれたように依夜がびくりと身体を震わせて動きを止めた。その視線が屋根を見上げたものの、凍りついたように動けないでいる。
柱が傾く。間に合え、その一心で手を伸ばした。勢いのままぶつかるように依夜を抱き締めその頭を押さえ込む。影が落ちた。
次の瞬間、頭と背中に強い衝撃を受け、生成の意識は一瞬で闇へと沈んだ。依夜を護れたのかなど考える暇もなく————。
* * *
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