異世界予備校 獣人と戦士はトーダイに行け!!【読切版】

古野ジョン

異世界予備校 獣人と戦士はトーダイに行け!!

 俺がこのジュケン帝国に転生してから、はや五年が経った。この世界での俺の名はハルト。今はトーダイン冒険者学院の三年生だ。この学校で、俺は探検学を専攻している。


 俺は前世では大学生だった。自分で言うのもなんだが、まあまあ良い大学に通っていた。が、サークルでトラブった挙句に同級生に殺されちまった。向こうの世界では大騒ぎになっているらしいが、今の俺には関係のないことだ。


 このジュケン帝国は、冒険者が集めた財宝から税金を集めることで成り立っている。彼らはその対価として、活動に対するバックアップをしてもらっている。すなわち、冒険者抜きで国が成り立つことはあり得ないってわけだ。


 そんなわけで、冒険者たちの活動も組織的なものになってきた。それを成り立たせるには、組織のリーダー役抜きでは成り立たない。それで、王様じきじきの命令でトーダイン冒険者学院(通称、トーダイ)が設立された。冒険者たちを引っ張っていける人材を育成するために、専門的教育を行っているというわけだ。


 トーダイを出れば、それなりの地位と名誉が約束される。報酬もかなり貰えるし、皆のあこがれの的だ。そんなわけで、帝国の若者はトーダイを目指す。だが、トーダイに入るには難しい筆記試験を突破しなければならない。それを出来るのは、地頭の良い魔法使いばかりだ。獣人や戦士の家系は教育熱心でないことが多く、トーダイに入るのはかなり難しい。


 転生した当初、俺はこの世界についていろいろと情報を集めた。そしてこの教育事情を知り、目をつけた。前世の世界で、俺は塾講師のバイトをしていた。ジュケン帝国には予備校という概念はないらしく、大半の受験生は独学で勉強しているらしい。ってことは、日本から「予備校」って概念を持ち込んだらこの世界で無双できるんじゃ……?


 それを実証するために、まずは俺がトーダイに入ることにした。トーダイの入試科目は、歴史学、国語学、測量学だ。それぞれ配点は三百点、三百点、四百点で合計は千点。合格点は六割ほどだ。


 転生したばかりの俺にとって、この帝国の言語や歴史は全く分からなかった。当然、そのままでは入試を突破することは出来ない。が、俺は「測量学」の配点が高いことに目をつけた。とりあえず闇市でトーダイ入試の過去問を手に入れた俺は、それぞれの科目の問題に目を通した。


 歴史学はどうやら一つの話題について千字で論述させる形式らしい。歴史は全く分からないから、広く浅く勉強しておいて部分点を稼ぐ戦略でいくことにした。


 国語学も同様だ。過去の文学作品から抜粋したのを読まされて、それについて論述する形式のようだ。最低限の文法知識しか知らない俺にとってこの科目はキツイ。単語だけでも必死に覚えて、数十点だけでも部分点をもぎ取ることにした。


 そして測量学だ。トーダイの入試においてこれが最難関科目とされているらしいが、過去問を見て俺は驚いた。なんと、前世界の高校数学レベルの問題しかないじゃないか!しかも基本問題ばかり!!測量学というわけで三角比の問題が多いが、日本の大学受験を突破したものなら満点を取るのも難しくない。これは得点源になる。


 ってなわけで、俺は歴史学が百五十点、国語学が三十点、測量学が四百点満点の合計五百八十点で入試を突破した。どうやら合格最低点に近かったらしいが、受かってしまえばこっちのもんだ。


 入学してから、学業をこなしながら予備校を立ち上げる準備をしてきた。そして三年生になった今年、いよいよ予備校を立ち上げた。学院で講義を受けたあと、空き家を借りてそこで生徒に授業をするってわけだ。そして集まった生徒は――


「ちゃーす!!」

「あの、お願いします……」


戦士のリュージと、獣人のカモネだった。


 リュージはおちゃらけた男の子だ。「先生、オレもトーダイに行ってモテモテになりたいっす!!」とのことだ。動機はともかく、やる気はありそうだ。こう見えて有名な戦士の家系らしく、両親が「息子に箔をつけてやりたい」とのことでトーダイに入れたいらしい。


 カモネは犬タイプの獣人で、控えめな女の子だ。「私でも、トーダイに入れるんですか……?」とのこと。リュージと違って貧困家庭出身だが、なんとか貧乏を脱出しようとトーダイに入りたいそうだ。俺の予備校の噂を聞いて、両親が必死に金を貯めて送り出してくれたらしい。


 俺はこの二人を何としてもトーダイに送り出さなければならない。だが、とりあえず今の二人の実力を知らなければ。

「二人とも、俺が作った模擬試験を解いてくれ。今の君たちとトーダイとの距離を測りたい」

「へーい、分かりました」

「分かりました……」

そして解き終わったのを採点する。


リュージ:歴史学・五点 国語学・三十点 測量学・〇点

カモネ:歴史学・三十点 国語学・七十点 測量学・〇点


……。

思ったより酷いが、収穫もある。

まず、リュージもカモネも国語学で一定の点数を取れていることだ。

「読み書きは両親が教えてくれたっす」

「貧乏だから、本を読むことしか出来なかったので……」

なるほどね。転生当初の俺より、国語学の得点は期待できそうだ。


 だが、模擬試験の結果を受けて、二人なりにショックを受けているようだ。

「先生、オレ本当にトーダイ行けるんすか……?」

「こんなんじゃ駄目ですよね……」

まずい、開始早々二人の心が折れそうだ。なんとか発破をかけてやらなきゃ。こほん。


「お前ら!!!」

「「えっ!?」」

「お前ら悔しくないのか!!??頭の良い魔法使いばっかトーダイに行ってよお、いい気持ちしてよお!!」

「そりゃ悔しいっすよ!!先生!!!」

「……私だって、お金持ちになりたいです」

「じゃあな!!教えてやろう!!!」


「トーダイってのは、簡単に入れるんだ!!!!」


「「ええええっ!??」」


「俺はなあ、最初は歴史学も国語学も出来なかったんだ!!国語学に至っては、入試本番でも三十点だ!!!」

「マジすか先生!!そんなん受かるわけないじゃないすか!!!」

「だけどよ、この通り受かってんだ!!!」

「たしかに、そうかも……!」

「俺はなあ、得意科目を伸ばした!!測量学で満点取って受かってやったんだよ!!」

「「すごっ!!」」

「だろう!!お前ら、得意なことは何だ!!!」

「オレ、気力と体力なら負けないっす!!!」

「私、本を読むことなら負けません……!」

「よし、お前らの受験戦略を練ってやろう!!!!」


こうしてその日から、二人の特性に合わせた授業が始まった。


「まずリュージ!!」

「何すか!!」

「根性はあるか!!」

「あります!!」

「さすが戦士だ!!!ではこれを全部こなしてもらおう」

俺はそう言って、リュージの前に分厚い紙の束を渡した。

「……?何すかこれ……?」

「俺が受験生時代にまとめたこの国の歴史だ。広く浅くまとめてあるから、初学にはぴったりだ」

「ええ!?これで基本ってことすか!?」

「そうだ。歴史学は知識さえあれば適当に記述しても部分点が来る。まず知識を集めろ」

「無理っすよこんな量!!」

嫌がるリュージに、俺はそっと耳打ちする。

「あのな、トーダイに入ればいっぱい女の子が寄ってくるぞ。掲示板にな、結婚の申し込みがいっぱいくるんだぞ……」

「オレ、勉強します!!!」

無駄に素直で助かった。ちなみに今のは嘘だ、俺がトーダイでそんないい思いをしたことは一度もない。


「次にカモネ、お前だ」

「はい……」

「お前は本を読んでいたから、リュージと違って知識はある。だが点数に結びついていない」

「そ、そうですね……」

「ついてこい」

俺は空き家の二階にカモネを連れて行った。そこには大量の本が詰まった本棚と、小さな机が置いてある。


「わあ、本がいっぱい……!」

「そうだ、数百冊はある。古本屋を駆け回って集めたものだ」

「すごい、でもどうするんですか……?」

俺は大量の白い紙をどんと机に置いた。

「え、これ何も書かれてないですよ……?」

「そうだ、カモネ。お前は毎日ここにある本を読んで、その紙に内容を要約しろ」

「え?」

「そこにある本、全部だ」

「ええっ!?こんなにたくさん!?」

「そうだ、お前に足りないのは文章を書く力だ。知識を論述する力がつけば、自ずと点数は上がる」

「でも、こんなには……」

カモネもなんだか嫌がり始めた。

「カモネ、もっと本が読みたくないか?」

「ええ、まあ」

「トーダイに行けば、附属図書館が使い放題だぞ」

「え?」

「こんな本棚なんかめじゃないくらい本がたくさんだ。文学、哲学、歴史、科学。読み放題だ」

「そ、それはいいかも……」

「だったら、頑張って勉強しないとな」

「は、はい!!」

二人の動機に合わせて、やる気を出させる。

簡単なようで難しいな。


 それから二人は必死に勉強し続けた。俺がトーダイで講義を受けている間にそれぞれの課題をやらせる。講義が終わったあと予備校に行き、二人に実践的な指導をする。このサイクルで進めて行った。


 そんなこんなで二カ月が経ち、再度模擬試験を行うことにした。

「お前ら、今回はどうだ?」

「前よりは自信あるっす!!」

「が、がんばります!!」

その言葉を信じて、問題用紙を渡す。

結果は以下の通り。


リュージ:歴史学・八十点 国語学・四十点 測量学・〇点

カモネ:歴史学・五十点 国語学・百四十点 測量学・〇点


測量学は教えてないから仕方ないとして、二人とも百点近くアップだ!!

「やったな二人とも!!」

「頑張ったっす!!」

「良かった……!!」

二人とも、努力が実を結んだことに安心したようだ。だが、この点数ではまだまだトーダイには行けない。


 そろそろ、次の段階に進めようか。

「リュージは歴史学、カモネは国語学が得意になってきただろう?」

「「はいッ!!」」

「じゃあ次だ。お前ら、お互いに得意科目を教え合え」

「「え?」」

「カモネはリュージに国語学を教えて、リュージはカモネに歴史学を教える。そうすればお互いの短所を補える」

「たしかにそうっすね!!」

「わ、私が教える……?」

「それに教えることは自分の復習にもなる。いいことづくめだ!!」

「「たしかに……!!」」

「じゃあ、やってみろ」

「よろしく頼むっす、カモネ先生!!」

「わわっ、こちらこそお願いします!リュージ先生……!!」

こうして、二人で教え合う日々が始まった。


 次の日、俺がトーダイから帰ると早速教え合っていた。

「リュージ先生、ここは何が正解になるんでしょうか!」

「カモネ先生、三百年前に起きたのはカワイ戦争っすよ!その原因を書けば大丈夫っす!!」

「なるほど……!」

どうやら、うまくやっているようだ。リュージは名家の出身だが、貧乏人のカモネにも分け隔てなく接してくれている。俺も生徒から学ばされることが多いなあ。


 そんなことをやりながら、入試の一か月前になった。模擬試験における国語学や歴史学の点数も安定してきた。これなら合格も近いだろう。が……


「先生、いつになったら測量学教えてくれるんすかー!?」

「あの、そろそろ測量学やらないと……」


測量学はいまだに教えていなかった。別にこれは忘れていたわけではない。

「ふっふっふっ、大丈夫だ。測量学なんて一か月で終わる」

「えーまじすか?一番難しい科目なんでしょ?測量学って」

「大丈夫だ。よしお前ら、遠足に行こう」

「「え??」」

「いいから、行くぞ」

そう言って俺は二人を野原に連れ出した。


 俺は持ってきた道具を二人に渡す。

「お前ら、これで測量してみろ」

「あのぉ、測量なんてやったことないんですけど……」

「いいから、やってみろ」

そう促し、二人に測量させてみる。

「わわっ、この道具どう使うんだろ……!」

「えーとここの値がこれだから……どうなるんだ?」

思惑通り、四苦八苦している。一時間ほど経ったこと、二人に声を掛けた。

「二人とも、どうだ?」

「分かんないっすよ!!!」

「全然、分からないです……」

「そうだろう。お前らが今日分からなかったことこそ、今から勉強しなくちゃならんことだ」

「「……!!」」

「測量学ってのは、結局測量するための学問なんだ。実際に測量してみて、何が足りないか分かっただろう?」

「たしかにその通りっす!!」

「そうですね……!!」

「だろう?大丈夫だ、測量学で必要な知識はそう多くない!!戻って勉強だ!!!」

「「はい!!!」」

こうして入試までの一か月、みっちり測量学を教え込んだ。所詮は高校数学の基本レベルだ、短期で漬けこむのは難しくない。


 そして、入試当日になった。寒い日で、雪が積もっていたが、二人は元気にやってきた。

「先生、来てたんすねー!!」

「先生、おはようございます……!!」

予備校に入った最初とは違う、自信に満ちた顔だ。周りの受験生は、二人のことを不思議そうな顔で眺めていた。そりゃ、獣人と戦士は珍しいだろうな。

「お前ら、自信は大丈夫そうだな」

「「はいっ!!」」

「あえて厳しいことを言うぞ。いいか、お前らは必ず受からないといけないんだ」

「「えっ??」」

「俺はこの国の現状をよく思っていない。魔法使いばかりがトーダイに入り、冒険者たちを率いる。あいつらリーダー冒険者の差別は酷いもんだ。お前ら戦士や獣人たちへの扱いは、日に日に冷たいものになっている」

「「……そうですね」」

「お前ら二人がトーダイに入れば、やり方次第でトーダイなんか簡単だってことを示すことができる。他の獣人や戦士たちも、トーダイを目指すようになる」

「そうっすね!!俺の地元の戦士たちにも、トーダイ行ってほしいっす!!」

「私みたいな貧乏人でも、トーダイに入れるようになってほしいです!!」

「だろう?それが分かってるなら大丈夫だ!!行ってこい!!!!」

「「行ってきます!!!!」」


俺は受験会場に入っていく二人を見送った。頑張れ、リュージにカモネ。お前らが、この国を変える第一歩になるんだ。


 それから一か月――

年度の変わり目だ。俺はトーダイの四年生に進級した。今年も予備校には何人か生徒が集まり、勉学に努めている。俺は生徒たちに声をかけた。

「今日はお前らの先輩を紹介するぞ。お前らの模範となるべき連中で、俺のでもある」

そして、二人を招いた。


「はじめまして、トーダイ一年生のリュージっす!!」

「こんにちは、同じくトーダイ一年生のカモネです……!!」


二人は笑顔でそう言った。


冒険者にとっての財宝は知らないが、俺にとってはこの笑顔こそが財宝だ。


おめでとう、リュージにカモネ。

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