第12話 一筋の光

 その日は静かな朝だった。

 朝露が地面を濡らし、乾いた大地を少しだけ潤す。しかし昇った朝日がそれを乾かし、また暑い一日が始まる。

 昨夜に起きたカルネ率いる強盗集団の決着は、若きサムライが彼らのボスであるカルネを再起不能にしたことであっけなく終わった。勿論、この襲撃による被害は大きく、家々は火災に遭い、何名かの村人も命を落とした。

 カルネ一味は、ボスが倒された事で瓦解し、何名かの逃走者を除き殆どが投降し村人たちによって捕らえられた。その作業は一晩中続き、火の手を抑える者、強盗を捕縛する者、傷の治療を行う者、村人全員が当たらなければならないほどであった。

 首謀者のカルネは深手を負ったものの、命に別状はなく、神器は取り上げられ村にある診療所のベッドに縛り付けるという形で事なきを得た。

 村の酒場で働くビリーとリリアンも、酒場を開放し一時的な避難場所を作り、傷ついた身体に鞭打ち、必死になってその後片付けに追われた。

 そうこうしているうちに夜は明け、村に静けさが戻ったのは朝が白み始めた頃だった。


 彼は旅支度を整え、誰にも気づかれないように酒場を後にした。

 村の大通りに出た彼は、頭に被った三度笠をクイッとあげて空を見上げる。雲は少なく、青空が広がり、今日も快晴。絶好の旅日和である。


「アキト。行くのか?」


 彼が声のする方に振り返ると包帯を全身に巻き付けたビリーが立っていた。


「ああ、ここは俺の居場所じゃねェからな。カルネの神器も奪ってあるし、あの傷じゃ当分起き上がる事は出来ないと思う。連邦政府から別の保安官が来るまでの時間ぐらいは稼げたはずだ」


 アキトのその言葉を聞いたビリーは唇を少し噛んだ。


「村を助けてくれて、本当にありがとう」

「気にすんな」


 ビリーのその言葉に、アキトは満面の笑みを浮かべた。


「本当に凄いよ、お前……」

「ニヒヒ。ま、たくさん修行したからな」

「でも、お前に聞きたい事があるんだ」


 ビリーは顔を伏せ、少しだけ俯いた。


「……どうしてお前は村を助けたんだ。いや、勿論助けてくれたことは有難いと思っている! でも不思議なんだ。お前程の力があれば、こんな小さな村助けても意味がないだろ?」

「うん? 損得勘定の話し?」

「そ、そうだ。い、いやちがう! そうじゃないんだ」


 上手く言葉にすることが出来なかった。

 本当に聞きたいのはそう言う事じゃない、ビリーはそう思いながらもまた少し俯いた。


「何が聞きたいのか、さっぱりわからねェけど、俺がやりたかった。それじゃダメかな。この村を助けたかったし、転生者って奴とも戦ってみたかった。故郷の村を出て自分の力がどれぐらい通用するのか知りたかった。俺にとって全部が好都合だったんだ。あ、でも別に戦闘狂ってわけじゃないぞ」

「それは……わかってるけど」

「なァ、ビリー。考えた事は無いか」


 アキトはそう言うと、三度笠をクイッと持ち上げ空を見上げた。


「自分には何が出来て、何が出来ないか。どんな自分になれるのか。今回はたまたまカルネの技量が低かったから、俺は勝つことが出来たけれど次はそうじゃないかもしれない。そのうち強くて悪い奴等に殺されるかもしれない。でも俺ァ思うんだ。一度きりの人生、後悔だけを背負って生きていくなんて、つまらないってな」


 空を見上げるアキトの言葉に、ビリーは心底ハッとさせられた。

 同じだ、自分と同じだとビリーは思った。アキトは現状で満足できる程の人間じゃない。平凡で退屈で、窮屈だけど不自由のない暮らし。でもそれじゃダメなんだ。

 朝起きて、顔を洗い、店の手伝いをして、クタクタになるまで働き、夜になってベッドで眠る。それに不満がある訳じゃない。けれど、満足は出来なかった。


「俺たち人間は何のために生まれたんだろうなァ」


 アキトの言葉はビリーの胸に深く突き刺さる。

 

「その答えがこの世界にあるなら、ちょっとだけ足を踏み出してみようと思った。村に居るだけじゃきっとわからない世界がたくさんあるんだと思う。自分の目で見て、耳で聞いて、肌で感じ、実感を味わいたい。この世界で自分だけが求められる場所がある。冒険者になれば、それがわかる気がするんだ。ビリー、お前も冒険者になりたいんだろ? じゃあ俺たち一緒だな。ニヒヒ」


 ビリーはまた俯き、唇をキュッと噛み締めた。

 同い年だというのに、なんという行動力。そしてそれを実行に移せるだけの力。アキトと言う少年が心底羨ましい。


「ぼ、僕もお前みたいになれるのかな……」

「え? 俺は俺だし、お前はお前だろ。俺と比べてお前に何の得があるってんだ?」


 稲妻に打たれたかのような衝撃がビリーの全身を駆け巡った。

 それはアキトの言う通りだった。他人と何かを比べても劣等感を抱き、優越感に浸るだけ。自分にとってそれはただの現状維持と何ら変わりはない。それは何も変わらないし、変化を恐れた行為と言える。

ビリーは言葉を詰まらせた。それは瞳に溜まる涙を堪えるので精いっぱいだったからだ。


「え、え、なんで泣いてんの。俺、何か悪いことした?」

「いや、なんでもない」


 ビリーは自分の袖で涙を力強く拭った。


「そっか。じゃあそろそろ行くわ。村の皆には宜しくって言っておいてくれ。俺が来たことで色々迷惑かけちゃったからな」

「……そんな事ない」

「ニヒヒ。あ、そうだ。コレお前にやるよ」


 アキトはそう言うと、懐からあるモノを取り出し、ビリーの手にそっと乗せた。


「!」

「俺が持ってても仕方ねェからさ。使い方もわからねェし、お前にやるよ」


 ズシリとかかる重さと金属特有の冷たさ、それがビリーの手のひらの中にあった。

 それはカルネが所持していた神器ピースメイカーだった。


「……良いのか」

「うん、俺にはこれがある。じいちゃんから貰った刀がな」


 アキトは腰に差した刀の鞘を持ち、またニヒヒと笑う。そして村の門に向かって歩き出した。


 風のように現れた若きサムライ、クサナギ・アキト。

 彼はこのザインズの村を去った後、すぐに冒険者となった。そしてクイーン連邦政府の特殊機関に腕を買われ、異世界からの転生者と神器の保護のために、力を尽くす事となる。

 そして数年後、神器ピースメイカーを使いこなすビリーと再会し、数多くの冒険をする事となるが、それはまた別の物語。

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サムライゼロ 〜彼岸花〜 高樹シンヤ @shinya-takagi

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