秒速10.4メートル
人生に費やすことのできるリソースは限られている。一日はどうやったったて二十四時間しかないし、その半分くらいは仕事に追われて、好きでもない相手に愛想笑いしたり、頭を下げたりしている。
そのうえ人生の三分の一は居眠りして過ごしているらしい。
心から笑える時間は人生のうちにどれくらいあるだろう?
ここのところ貼り付けたようなビジネススマイル以外に笑った記憶がない。
愛すこと、優しくすること、情けをかけること、誰かの為に悲しむこと。
そういった時間は、いったい僕の人生の何分の一になるんだろう?
多分砂時計がいくつかあれば足りるんじゃないかと不安になる。
僕らはつまり無限の可能性という幻想に浸って、ダラダラと残り時間を消費しながら、嫌な奴の悪口を言う、嫌な奴に成り果ててしまっているんだ。
あるいは独りぼっちにならないように、聞こえの良いお世辞と無責任な肯定を繰り返す、絶滅寸前のベンジャミン。とうに仲間は絶滅していて、種を残すことは叶わない独り者。
どれだけ早く走っても秒速10.4メートル。
抱きしめられるのは一人だけ。
それが僕らの限界。
そこまで考えて、僕は顔を上げた。君が屈んで僕の方を見ながら微笑んでいる。
「仕事、辞めようと思うんだ」
「そうなの?」
「うん。君がいる内に子孫を残さないと、ベンジャミンは独りぼっちになってしまうから」
君は困ったような笑顔で少しだけ頬を赤く染めてつぶやくように答えた。
「それってホテルに行くってこと?」
「家のほうがいいな。君の匂いがするから」
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