憂鬱日和
ああ。だめだ。まただ。また憂鬱が僕の心に忍び込んできた。何かきっかけがあるわけじゃない。それは唐突に、あるいはじわじわと、僕の心に土足で入り込んでは茶の間を占拠してしまう。
思い返せば些細な言葉があったかもしれない。態度や目線かもしれない。でもそんなことは、こうなってしまってはそれこそ些細なことだった。
エッグベネディクトが砂の味に変わる。
優しい言葉が響かない。
独りが良くなる。
誰にも何にも心を開きたくない。狭い押し入れに閉じ籠もって拗ねてしまいたい。
こんなことをしたって、すべてが終わった後に余計に惨めな気持ちになるのは分かっている。けれども、それをどうにも出来ないからこその憂鬱日和なのだ。
君はそんな僕の変化に目聡く気付いてそっと背後に回り込むと、僕が何処にも逃げないようにぎゅっと抱きしめた。
柔らかい胸の感触が背中から僕の肺に染み込んでくる。甘ったるいシャンプーの香りが鼻腔を満たす。
君の着ている薄い部屋着越しに、君の肌の弾力が僕を包み込む。
「あーんしてあげようか?」
「何を食べても砂みたいにザラザラなんだ」
「砂を食べたことあるの?」
「ないけど例えの話だよ」
「ふーん。そうか…」
「そう」
彼女は器用に僕を抱きしめたまま、お皿にのったエッグベネディクトをラップで包んだ。
「今日のめっちゃ美味しいから後で食べようね」
僕が何も答えずにいると、君はもう一度「ね?」と念を押す。仕方なく頷く僕に彼女は満足そうに微笑んだ。
今日は憂鬱日和。
独りで押し入れに籠もる日は、君に出逢ったおかげで、君に目一杯甘える日に変わった。
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