目的と思惑

 馬は三頭いた。荷台を引く一頭を男が御し、ほかの二頭を兵士ふうのふたりがそれぞれ駆る。私は荷台で揺られながら、時折、自由になった手で幌をめくって外を確認する。街道脇の景色はまだ原野や樹林で、人里に近づいた様子はない。

 積荷に挟まれてすることもなく、私は出来事と考えを整理する。


 馬車の荷台に一人残されたあと横になってまどろんでいると、いつのまにか朝が来ていた。私は鎖を外され、火のそばに招かれて朝食を与えられた。

 硬く焼きしめたパンと、香草のスープ。煮炊きする道具を積んでいるあたり、街には極力寄らないで長旅をしてきたのだろう。

 男はカカと名乗った。兵士ふうのふたりはよく見るとカカよりは若そうで、カカほどではないが背が高いほうがラウル、小柄で痩せているのがウゴ。ウゴは私と同じくらいの歳に見えた。

 カカはふたりからは賢者様と呼ばれていたが、力関係はふたりのほうが上のようだ。針路や寄る街の決定はラウルがしていた。ウゴはラウルの指示で動く。カカは煙管をふかして聞いているだけだった。

「火竜姫レア殿とお見受けする」

 食事が済むとラウルは片膝をついて私に言った。「手荒な歓迎をお許し願いたい」

 私が黙っていると、ラウルは私の腕を指した。気を失っている間に袖をめくって確認したのだろう、人とは違う、鱗の生えた肌を。

 顔を伏せた私に、ラウルは国境を越えてボブロフに入る予定を伝えた。

「詳しいことは、今はお話できません。だが、身の安全と、最低限の衣食は保証します」

 丁寧な口調ではあるが、無駄な抵抗はやめて大人しくついて来い、ということだ。ボブロフへは、大陸と半島を分ける山脈を越えなければならない。街道を行けば楽だが関所がある。迂回するためには馬を捨てて山道を進む。手枷を嵌めて連行されるよりは、自分の足で歩くほうがましだろう、と。

 私は頷く。危害を加えるつもりがないのは確かだろうし、私自身にも、国内に留まる理由がなかった。行く当ても、帰る場所も、最初から。腹に落ちたスープの温かさだけが私に優しい現実だ。

 ウゴに差し出された庶民の旅装に着替えて、私たちはその場を発った。まずは街道を北へ二日、山脈手前の街・ドニへ。


 街道沿いにはこの先いくつか町や村があるが、寄らずに一路ドニを目指す。旅を急ぎたいのは、襲撃の主犯探しの網から逃れるためだろう。今頃きっと、国境守護の任で赴くはずだった城では、予定より何日も遅れている火竜姫の到着に騒ぎ始めている。

 襲ってきた者たちがカカの仲間だった点に疑う余地はない。反対したと言っていたが、クロードが無事中央に戻れば、犬や毒の手がかりからカカにたどり着くのは時間の問題だろう。

 追いつかれれば、元の筋書きに戻る。私は国の道具として力を振るい、力が要らない時は女として政治の駒になる。クロードがどうなったかは気になるが、所詮、私は拾われっ子だ。このまま国境を抜けて、ここ数年の出来事はなかったと思えばいい。盗賊の奴隷が別の盗賊にさらわれた、それだけのことだ。

 そんな経緯で、だぶつく旅装にくるまれて車輪が軋む音を聞いている。私にはほかにすることがない。


 あと半日かからずにドニに着くだろう、というあたりで私たちは馬を止め、休憩を取った。街へ入ってからの段取りを示し合わせるためでもある。ラウルが、あらかじめカカとも相談していたのだろう、首尾を説明する。

「ドニは街道沿いでは国境前最後の街です。関所を越える前、あるいは越えてから最初に旅人が立ち寄るので、にぎやかで大きい」

 各々を見渡して、続ける。

「だが、さすがにこの四人連れは珍しい取り合わせで目立ちます。商隊にも見えないし、物見の家族というにも無理がある。そこで、私、賢者様、ウゴとレア殿の三手に分かれましょう」

 カカのような大男は何をしても人目につくので、単体でこれからの道のりに必要な食料や道具を買い揃える。馬と馬車、山には持っていけない積荷を売るのはラウルが担当する。私はウゴの監視のもと、自分の体に合わせた着替えと外套を見繕っておくように言われた。

「レア殿には念のため、別の名を考えなければいけませんな」

 ラウルは顎を掻きながら私に聞く。「ご希望はあるかな?」

 クロードから逃げた時、中央には戻らないと決めた時、新しい名前は決めていた。

「マルリル」

 私の答えに、ラウルは満足そうに頷く。

「適度にありふれていてよろしい。マルリル、そう呼ばせていただく」

 ほかの二人も心得た様子で首を振った。

「では、ここからは互いに距離を取って進みましょう。馬車は私が、マルリルはウゴの馬に。街中で顔を合わせても知らぬふりでお願いします。ドニには二泊した後の朝に出立、街道から脇道にそれるまではそれぞれ行動。昼頃に休憩がてら落ち合う」

 ラウルの指揮どおり、単騎で動きやすいカカをまずは見送る。私はウゴに引き上げられて馬に跨った。後ろで手綱を執るウゴは、ここまでの道のりでは口数が少なく控えめな印象だが、ふたりきりで過ごすのは大丈夫なのか。ウゴが無言で馬を歩かせるものだから、私は急な動きに体勢を崩す。

 何にせよ久しぶりの宿泊は素直に嬉しかった。男たちにとっても山越えに備えた休息を含めての二泊なのだろう。温かい食事。柔らかい寝床。思えば、彼らのほうが余程張り詰めているのかもしれない。私を手に入れても、彼らはまだ目的を果たせていないのだから。ボブロフに無事に着くまでは──。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る