火竜の炎
なんて綺麗なんだろう。
赤々と輝いて、ひらひらと舞って。
形はないのに、確かにそこに「ある」。
触れていると指の先がちりちりする。
わたしの手で温めたら、もっと大きく咲いてくれるのかしら──。
「ご命令を!」
大隊長の怒声が降ってくる。クロードは目を瞑った。
「術者は団長殿のご令嬢なのです!」
兵の一人が馬上に声をかける。
「なんと……しかし、このままでは!」
「気絶させるか、腕だけを狙っては⁉︎」
そう言う兵も、知っているはずだ。殺さないように加減するほうが、斬り捨てるより何倍も難しいことを。標的は七歳の子供だ。峰打ちしようが軽傷では済むまい。「最善」で、貴族の娘を
広場入口付近はいつのまにか野次馬で人垣ができている。到着した応援が押し戻しているが、ただの事故でない、魔法の見せる景色に魅せられて、人数はどんどん増えている。
「私が行く」
クロードは剣を抜いた。シーファとの間には炎の壁が回り込んできている。馬で飛び越えて一太刀浴びせられればどんなに早いか。あれが娘でなければ、賊や敵国の兵であれば……。剣を振って炎を裂くが、その先に見えるのはシーファの後ろ姿だった。ついさっきまで花冠を被ってはしゃいでいた愛娘だ。
「シーファ!」
父の声は聞こえないのか、娘は振り返りもしない。クロードは剣を捨てて駆け寄る。
熱い。髪や服が燃え出しそうだ。
魔法の火は、放つ者には温かく感じられる程度だという。クロードが呼吸もままならない状況下で、シーファは平然と炎を出し続けている。
早くやめさせなければ……!
その時、頭上に巨大な影が通り過ぎた。薙ぎ払うように強風が立ち、炎が
「大丈夫か⁉︎」
熱さはもうない、シーファは気を失っているだけで、見たところ無傷だ。
広場の炎は今の衝撃であらかた消し飛び、延焼も止まったようだ。今の影は何だ?
クロードは駆けつけた兵にシーファを任せると剣を取り直し、周囲を見渡した。
「あれは!」
群衆の声に見上げると、巨大な鳥が両翼を広げて旋回している。いや、鳥の形をしているが、燃えている──炎だ。
クロードの後方で人垣を割って出てきた者たちがいた。旅装の大男と、もう一人。二人とも頭部と鼻下を隠していて人相はわからない。止める兵を大男がいなし、相棒を進ませる。身構えるクロードの間合いの外、その人物の手振りに導かれるように、鳥は燃えさした夏至の火に降り、炎となって穏やかに揺れた。
周辺への被害は一旦食い止められたと判断してもいいのかもしれない。露店は跡形もないが、民家の延焼は止まり、風下が火の海になるのは避けられた。しかし。
あれほどの火勢を沈める力、生命を宿すかのような炎。クロードの心はざわめく。
俺は、この火を知っている。
剣先を向けて近づく。その人物は、季節外れにもフード付きの外套で全身を覆い、顔を隠すように襟巻をしていた。
「……何者だ」
聞きながら、クロードは自分の陳腐さに気づいている。わかっている。知っている。
「おじさんになったな、クロード」
フードを深く被ったまま、襟巻を下げて顔を見せたのは、女。
その顔に、クロードは目を見開いた。十年前に消えた、本物の火竜姫レアの面影がそこにあった。
名を呼ぼうとしても、思うように声が出ない。この十年、〝レア〟と呼んでいたのは別人──イヴェットのことだ。急速に口内が渇いていく。唾液を掻き集めて飲み下し、やっとの思いで舌を動かそうとすると、
「マルリル」と、男が呼んだ。
言葉を失うクロードに、呼ばれた女は軽く頷く。
「今は、そう名乗っている。お前がくれた名前だ」
「お前、なのか……」
フードの膨らみを差し引いても背はいくらか高くなり、外套に覆われていても体の線は昔より強く、丸みを帯びているのがわかる。腰の座った佇まいはクロードにも安易に踏み込ませない圧を放っている。相当に訓練されているのだろう。
小さく華奢な少女が女に、利用されるだけの魔法使いが戦士に変わった。
何があった、今までどうしていた、なぜ戻ってきた……聞きたいことが一度に押し寄せて、クロードの舌はもつれる。
「目立つつもりはなかった。……もう、行かないと」
レアは──マルリルは、連れを促す。クロードは構えを解いて叫んだ。
「待ってくれ! 話を……」
「この祭、私も好きだった」
マルリルは微笑みで遮って、その瞳には炎を映す。「邪魔はしたくない」
不審な二人に詰め寄ろうとする兵を、クロードは制した。マルリルは再び襟巻に顔をうずめ、クロードを一瞥して人混みに消えていった。
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