幕間:夜の帳

※前書き

今回はシーとは別の視点です。

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 時刻は夜半。エドモンド商会の敷地内にて。

 商会が有する私兵に用意された仮設兵舎にて、品の無い男達の笑い声が響き渡っている。その笑い声の主たちであるシャーウッドの傭兵団は、皆一様に葡萄酒を呷りながら、団長であるハンスの笑い話に聞き入っていた。


 「見たか? 昼間に襲わせた・・・・隊商キャラバン連中! 尻に火がついた馬にみてぇに一目散に逃げてやがって……ありゃぁ、傑作だったぜ!」

 「止めて下さいよ、団長~っ。思い出しただけで腹が捩れちまう」


 かなり酔いが回っているのか、顔を赤くしたハンスの話は止まる気配を見せない。

 しかし、そんな彼の言葉に乗らない大柄な男が一人、ボロボロの羊皮紙の束や金貨が置かれたテーブルの上から、金貨を一枚一枚、丁寧に天秤に乗せてみたり、石のようなものに擦り付けたりしている。

 何かを調べているのだろう。ニタリ……、と。何が嬉しいのか、不気味な笑みを静かに湛えては、彼は調べた金貨をズタ袋に戻して行く。


 ——男の名はマックス・ムスターマン。

 棟髪とうはつ刈りと、ハイランダーの戦士が愛用するタータンチェックの服が特徴的だ。何を隠そう彼は、ハンスと同じく西方山岳部の戦闘部族ハイランダーの戦士であり、傭兵団の中では副団長の地位に立つ男である。


 「イヒヒ……本当に純度の高い金だ」


 金貨の一枚を手に取って、彼は浜辺に打ち上げられた魚のように笑う。


 「おいおい、マックスぅ~?」


 そんな時だった。話の輪に入らず自分の世界に浸っている彼に、葡萄酒を片手にマックスの方に手を回して来た人物が一人。ハンスである。

 部下との馬鹿話に飽きたのか、それとも部下たちがハンスの話に飽きたのか、既に他の傭兵たちはそれぞれのグループを作っており、傭兵らしいブラックジョークを酒の肴にしながら、会話に花を咲かせていた。


 「こんなに上手い葡萄酒がただで飲めるってのに、なに金貨なんて弄ってやがるんだ。そんなもん、これからエドモンドの旦那にせびれば幾らでも出て来るってのに」

 「まぁ、そう言うなよ団長。俺は団長みたいに信心深い訳じゃないんだ。人の手から水のように湧いて来た金なんて信じられる訳がないだろ。これは、俺なりの儀式みたいなものさ? 神様の奇跡ってヤツを信じる為のな?」

 「……相変わらず疑い深いな、お前は。まだ信じちゃいないのか? 凄かったんだぜ? 旦那の手からその金貨が湯水のように湧いて来たんだ! 思わず信じる神様を変えたくなっちまった位だ!」

 「イヒヒ……安心しろよ、団長。もう疑ってなんてないさ」


 爛々らんらんと光る天井の霊石灯マナ・ランプに向けて、マックスは金貨の一枚を摘まんで掲げる。


 「これほど高い純度の金はそうお目にかかれるものじゃない。スヴェリエの錬金術だってこれ程の金は生み出せないだろうぜ……。隊商キャラバンを襲うなんてちゃちな仕事をするだけで、このレベルの金貨をくれるって言うんだ……俺も神の眷属・・・・になりたい位だ」

 「……止めとけ。ありゃリターンはデカいが、リスクもデカい代物だぞ?」


 何気なく言ったマックスの言葉に、ハンスは言葉と表情を濁した。

 「そうなのか?」と。テーブルに置かれたズタ袋の全てをしまいながら、マックスは興味なさげに耳を傾ける。


 「神の眷属ってのは質の悪い精霊契約みたいなもんだ。眷族は契約した神の力の一部を振るうだけじゃなく、神と同様に不老不死になれるし、死後でさえ・・・・・その命を約束される・・・・・・・・・

 「……っ。不老不死……? ホントかよ、団長……? それがホントなら、手から金貨が出せるなんて、おまけみたいなもんじゃないか……っ!」

 「そう上手い話じゃねぇよ。言ったろ? リスクもデカい・・・・・・・って」


 話半分に聞いていたマックスだったが、にわかに信じ難い内容の言葉を聞き、彼は金貨をしまう手を止めて話に聞き入った。

 聞かれては不味い話なのだろう。周囲を少しだけ伺ったように見回したハンスは、少し声のボリュームを落として、まるで潜むように話し始めた。


 「……神の眷属ってのは聞こえの良い言葉だけどな、実体はただの奴隷だ。霊体アニマで神と繋がった契約者は、自身の意志とは関係なしに神に逆らう事が出来ない。如何なる命令も、如何なる行動も、神の干渉を拒む事は出来ないって噂だ」

 「……糸で吊られた人形みたいになるって事か?」

 「あぁ。しかも、眷族は神と運命共同体だ。もしも契約した神が、信仰を失って・・・・・・消滅する・・・・ような事態にでもなれば……一緒に共倒れ——」


 ——魂と肉体がドロドロに溶けて、死ぬって話だぜ? と。

 そう言葉を続けたハンスの話に「……ホントかよ」と、息を呑んだマックス。茶化す様子も無く話す団長の言葉に、彼は少し恐怖し額から一筋の冷や汗を流す。


 「……なぁ、団長。今さらだが、エドモンドに関わるのは大丈夫なのか? 今の話が本当なら、正直……少しゾッとするが」

 「ははっ、問題ないさ? 俺達は神の眷族じゃない。ただの傭兵だ。契約したのは神ではなく、神の契約しただけの商人だ。神絡みのいざこざは、俺達には関係ないだろ」

 「……そ、そういうものか?」

 「そういうものさ」


 内心の恐怖心を誤魔化すように肩を竦めて問うてくるマックスの言葉を、ハンスは軽い調子で流すと、残りの葡萄酒一飲みで呷り、新しい葡萄酒を注ぐ。ビビることは無いと言わんばかりに、自信の込められた口調で言葉を続けた。


 「俺たち傭兵は蝙蝠と犬の混ぜ物キメラだ。エサが貰える間は犬のように忠実だが、割に合わなくなれば黒い羽を生やして次の薄闇を探しに行くだけさ……俺達は精々、旦那から金をせびり続ければいい。旦那が干物みてぇになるまでな?」

 「はは、は……そうか。そうだよな……っ」

 「守銭奴冥利に尽きるだろ? 辛気臭い顔してないで飲めよ、副団長殿?」


 まるで部下を労うようにポンポンとマックスの肩を叩いたハンス。

 近くにあった葡萄酒の入ったグラスを引き寄せると、彼はマックスの前へそれを置いた。「あぁ、そうするよ」と、グラスを手に取ったマックスと乾杯をした。


 「——あ、そう言えばよ、マックス? さっきから気になってたんだが、そのボロボロの紙束みたいのは何だ? お前が金貨と宝石以外を近くに置いてるのが珍しくして仕方がねぇんだが」

 「……これか? ——これはアレだよ、アレ……前に出先で魔獣を捕獲した時に、一緒にとっ捕まえた天狼族のガキがいただろう?」

 「あー、今エドモンドの旦那が探してる奴か。ウィータだっけ?」

 「そう。そのガキだ。アレが持ってたリングア・フランカの指南書だ」

 「……あぁん? 指南書……?」


 不思議そうに聞き返すハンスは、「……そういや持ってたなぁ、そんなの」と。

 そう言葉を続けた彼が自身の記憶の中を探ると、確かにウィータがこんな感じのボロボロの紙束を、心底大事そうに抱えていた姿を思い出す。


 「それで? その指南書とやらはどうするんだ? ……まさか売るのか?」

 「……イヒヒ。そのまさか、さ?」


 怪訝な表情で聞いて来るハンスの質問に、マックスは葡萄酒を呷りながら答える。


 「……おいおいマジかよ。そんなゴミ売れんのか?」

 「リングア・フランカの指南書は刷られた年代、言語のグループによって表記されてる文字が違う。俺の見立てじゃ、これは今まで発見されてる指南書のどれにも属さない代物だ。その筋の学者にでも売れば、それなりの金になるだろう」


 テーブルに散らばった金貨やリングア・フランカの指南書を懐にしまい始めたマックスを見て——この男は時たま傭兵らしからぬ博識さを見せる時がある、と。

 得意気に話す腹心の男を見て、ハンスは内心で感心半分、呆れ半分の溜息を吐く。


 これが純粋な知的好奇心ゆえの博識さならば、十割の感心を出来ようものだが、得意気に話しながら手に取ったボロボロの指南書を見せびらかして来るこの男が持つ知識の大半は、その金銭欲の高さ故だ。

 物の価値を見極める為に知識を修学した彼だからこそ分かるかちというものがあるのだろう。正直ハンスには、あんなボロボロのゴミが金になるとは俄かには信じがたい事である。


 「へぇ~……何でも金になる時代なんだなぁ、おい」

 「……あぁ、全くだ。——けど、これをブン獲った時は大変だったんだぜ? 団長は遠征でいなかったから知らないと思うが……あのガキ、指南書を取り上げようとした瞬間、気が狂ったみたいに大暴れしてたんだ」

 「呪われた天狼族のガキ一人が暴れたところで何てことねぇだろ」

 「まぁな。でも厄介には厄介だったぞ? 幾ら殴られても、聞いた事もねぇ言語を叫びながら食ってかかってきやがった。結局、最後は酒瓶で頭カチ割って気絶……そこでようやく大人しくなった」

 「はははっ! ガキ相手にひでぇことしやがる……良く生きてたなぁ、おい!」

 「イヒヒ……全くだぜ。かつて英雄の一族と呼ばれていただけの事はある」


 呵々大笑を上げるハンスとは裏腹にマックス口振りは大人しい。

 しかし、僅かに嗜虐心のこもった口調で愉し気に話す彼は、葡萄酒に一つ口をつけると再び口を開く。酔いが回り始めた彼の口から出る言葉の数々は、やはり傭兵らしい露悪的で冒涜的なものばかりである。

 自身にも酔いが回り始めた事を自覚しつつ、ハンスは興が乗り始めた空気感の中で、マックスとの会話に毒のある花を咲かせるのであった。


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 「……あぁ、ぁぁああ……っ!」


 傭兵たちが仮設兵舎で馬鹿話をしている頃、同所敷地内にある白亜の塔では、不気味な呻き声が広く塔の内部を反響している。祭壇の上で蹲った男——黄金の神・ミーダスは、全身を掻き抱くように丸まりながら、込み上げる苦痛に震えていた。


 「エド、モンドぉ……っ! 金を……信仰を捧げろぉ~……っ」


 全身から立ち昇る青い霊力マナの光。

 燐光となって消えて行くそれらを必死に抑え込むようにも見えるその姿は、痛々しく、また凄烈である。およそ神と呼べるだけの威厳を持ち合わせぬ様相は、親鳥に間引かれ、巣を落とされた鳥の雛に似ていた。


 「エドモンドぉ~……エドモンドぉ~っ……!」


 ミーダスが自らの眷属たる男の名を何度も呼ぶと、塔から離れた本邸の方から、慌ただしく袋に金貨を詰める男の気配を感じる。

 霊体アニマを通じて伝わって来る眷族の焦燥感、恐怖心、そして自分への義憤の感情に腹立たしさを覚えながら、しかし現在のミーダスには、それを咎める余裕さえも残されてはいない。

 ただ神という肩書と、神という存在が持つ力を傲慢に振るい、惨めに人間という矮小な存在に縋りつく事しか出来ないのだ。


 「早く……はや、く……金を……信仰を……っ——」

 「——苦しそうだな、友よ」


 ミーダスが泡を吹いて更に小さく蹲った——正に、その時であった。


 「君の眷属でなくて済まないね?」


 ゾっとするような声が響き渡り、ミーダスは藻掻く事さえ忘れてハッとなる。

 緩慢な動きで背後へと視線を向けると、そこには襤褸切れを纏った黒い男が立っていた。修道の為に食事を絶つ僧官もいると聞くが、突如として現れたその男は正に、そのような姿をしている。


 「……何の、用だ……ウル?」

 「ククク……棘のある言い方は止めてくれよ。私たちは友じゃないか? ……なに——君の苦しむ声が聞こえたのでね? 気を紛らわせればと思って、雑談をしに来ただけさ」

 「……冗談は、止めろ……。今の私に……お前の、与太話に……付き合う余裕があるように見えるのか……? ——用、が……あるなら、早く……言えっ」


 重い全身を起こし、何とか膝を抱えて座り込むミーダス。息を絶え絶えにしながら何とか言葉を紡ぐと、何が可笑しいのか、ニィ——と。

 不気味な笑みを浮かべたウルが「話が早くて助かるよ」と、言葉を続ける。


 「君とっても無関係なことでは無い。——変身の大精霊シー・・・・・・・・が永い眠りから・・・・・・・目醒めた・・・・、と言えば……分かって貰えるだろう?」

 「……っ!! シー、がっ……目覚めた、のか……っ?」


 ウルの口から出た言葉に、ミーダスは驚きを禁じえずにはいられなかった。


 変身の大精霊シー。

 邪神ウルを討伐する為にとある聖神の神器の一つを模して造られた神造の精霊であり、多くの神々が自らの霊体アニマを捧げて産み出した最強の大精霊である。


 その自らの霊体アニマを捧げて彼を産み出した多くの神々の内の一柱であるミーダスにとっては、我が子のようでもあり、自らの半身のようでもあり……そして——。

 今この瞬間、自分がこの悲惨な現状に陥っている遠因でもある憎き存在だ。


 「そう、か……だから、お前は、この都市に来たのか。シーを、殺す為に……」

 「いやいや、それは偶然さ? 一番の目的は消えかけている同胞を救いに来たんだよ。同胞が苦しんでいるというのに、私が見て見ぬフリをする訳がないだろう? 私が足繫あししげくここへ通う理由も分かって欲しいものだね」

 「……ハハ、どうだか。お前が、自分を殺す為に、自らの魂まで捧げた奴に……手を差し伸べる程のお人好しなら……お前は邪神などとは、呼ばれてはいなかったと、思うがな……?」

 「……」


 どこか軽薄さを感じるその口調からは、真意が読み取れない。

 感情の色を見せぬ張り付けたような表情のウルへ、ミーダスは皮肉交じりに一言を返すも、然して気にした素振りも見せない邪神。自らの口から出た言葉に、僅かな自己嫌悪に陥りながらも、ミーダスは彼へと視線を向ける。

 不気味な笑みを湛えたままの邪神へ、ミーダスは溜息交じりに言葉を続けた。


 「……それで? 私、に……何をしろというのだ?」

 「君の眷族を駒として使わせて欲しい」

 「私の……眷族、だと……?」


 意図の掴めないウルの言葉に、ミーダスは怪訝に眉を潜めた。


 「——ミーダス様……! お、遅くなりまして申し訳ございません! ご所望の金を捧げに参りまし……えっ。え、と……?」


 その時だった。

 塔内の静寂を破るように開け放たれたドアの向こう側から、媚びるような男の声と、ズタ袋の中でジャラジャラと擦れる金貨の音が鳴り響いた。

 「そ、そちらの方は……誰でしょうか?」と、ミーダスとウルを交互に見たその男——エドモンド・オズワールは、自らの主神の機嫌を損ねまいと、引き攣った愛想笑いを浮かべる。


 「やぁ? 初めまして、エドモンド」


 彼らの間に漂った一瞬の間を破り、突如として宙に浮いたウルは、ゆったりとエドモンドの元へと飛んで行く。得体の知れない存在を前にして、後退りしたエドモンドだったが、ウルが手の届く距離にまで移動した所で、尻もちを着いた。


 「私は君の主神であるミーダスの古い友人でね? ——君たち人間の間では、邪神ウルなんて呼ばれている」

 「え——ぁ、……そ、それは……何の冗談で……?」

 「冗談ではないよ。私はかつて四大英雄に敗北した邪悪なる神——邪神ウルだ」


 その言葉が嘘ではない事を本能的に理解しているのだろう。

 油汗を流すエドモンドの顔が、どんどん恐怖心で青白くなって行く。二の句を告げずに黙っている彼へ向けて、ウルはニッコリと笑いかけた。


 「今日は君にお願いがあってね? 君の主神であるミーダスに許可を貰っていたんだよ。聞いて貰えるかい?」

 「……っ。……わ、分かりました……っ」


 有無を言わせぬ空気感に固まるエドモンドだったが、遅れて言葉の意味を理解したのだろう。思い出したように彼は、何度も首を小刻みに動かす。

 「ありがとう、エドモンド。なに……大したことではないんだ——」と、満足そうに言葉を続けたウルは、最後にこう言葉を続けた。


 「——君の傭兵団と、君が地下に隠している・・・・・・・・あの魔獣・・・・を私にくれないか?」

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ケモミミのサーガ 楠井飾人 @nekonekosamurai

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