第22話‐霊体真化
※前書き
前半部はシー視点、後半部はウィータ視点です。
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「……つかれたぁ。もうムリぃ~……」
「お、おう……」
一時間後、周囲に散乱したアセルペンピス達の死体の中に横たわったウィータは、疲労の色が濃く出た瞳を虚ろにしていた。
かなり疲れが出ているのか、何故か敬語である。
流石のオレも何だか悪い気がして、「……お疲れ」と労いの言葉をかけた。
「……ねぇ、シーちゃん。もっとかんたんに強くなる方法はないの? シーちゃんは大せいれいなんだし……何か、もっと、こう……あってもいいと思う!」
少し不満気にそう言ったウィータの言葉にオレは「う~ん」と唸り声を上げる。
「そんなこと言われても……精霊の力っていうのは契約者の
「むぅ……まだまだわたしは弱いってこと……?」
「まぁ、その歳では桁違いに強い方だけど……今日の戦いを見た限りでは、オレの知る強さの頂きに比べると、やっぱりまだまだと言わざるを得ないだろうな」
強さの頂き。オレにとってそれはつまり、大英雄と呼ばれた彼らの事だ。
獣皇ベオウルフ、大魔導士アベル、死の職人ボグ——。
邪神ウルと渡り合った彼らの強さは、未だオレの魂に焼きついている。無類の強さを誇った万夫不当の英傑であった彼らの領域にウィータを届かせるには、まだまだ何もかもが足りな過ぎるだろう。
「そっか……けっこういい線いってたと思うんだけどな……今日のたたかい」
「落ち込むことは無いぞ、ウィータ。実際良い部分はかなりあった」
「え?」
ケモミミとケモシッポをダラリとさせて少し落ち込んだ様子のウィータを慰める為に、今日の戦いを振り返ったオレは、腕を組んでウムウムと頷く。
「粗があったとはいえ、ギュスターヴを囮にしたレジーナ・アセルペンピスへの接近方法は、短い時間で良く判断したものだと思うし、奇襲作戦を成功させる為に、感覚を遮るんじゃなく誤認させる発想も良かった」
「そ、そっか……ありがと、シーちゃ——」
「——ただし!!」
「え?」
オレの賞賛の言葉に少し頬を赤くしたウィータ。
だが、しかし。その感謝の言葉を遮り、オレは心を鬼にしてダメ出しも行った。
「少し魔法と囮戦法に頼り過ぎなのと、奇襲作戦に拘り過ぎな部分があるのが減点ポイントだな。……そのせいで今のウィータは、ほぼ
「うぐっ……気付いてたの……?」
「オレはウィータの
「……え゛っ、なにそれ……。何かずっとのぞかれてるみたいでヤダ……!」
「あれ? 言ってなかったっけか??」
「言ってないよ……!!」
そっか、言ってなかったか……。マズい……普通に忘れていた。
何なら気分が悪かったり、嬉しかったり、イライラしたり、悲しかったりと、簡単な感情の起伏程度なら
自分の心を勝手に覗かれているかもしれないだなんて、まだ子供とはいえ女の子には嫌なはずだ。
もしバレたら、多分きっと——いや、ほぼ確実に怒られるだろう……。
オレが内心で焦っていると、そんな微妙な感情の起伏がバレたのか、何かを察したように頬を膨らませ、「……むぅーっ、
何故か敬語になり、プイっ! と。ウィータはそっぽを向いた。
「……げんめつしました。さいしょにけーやくした時もそうでしたが、少しわたしにヒミツにしてることとか、言ってないことが多すぎると思います」
「え」
急な態度の変化にショックを受けたオレは、目を丸くしてウィータの顔を見る。
しかし、目も合わせてくれない彼女の様子に、オレはシュンとしてしまう。
「他にも何かかくしているようですし、わたしたちはけーやくについて考えなくちゃいけないかもしれませんね」
「……敬語止めて」
「とりあえずハチの素材をあつめるので、シー
「……せめてちゃん付けで呼んで」
オレの
その背中をトテトテとついて行くオレは、淡々とアセルペンピス達の素材を回収するウィータのご機嫌を取る為に、「ごめんよぉ、ごめんよぉ~!」と、無視する相棒に謝り続けるのだった。
——そして、数十分後。
「シーさん、これでぎちょーさんたちからのクエストにあった素材あつめは終わりですね。これからギルドにもどるので、わすれ物がないかかくにんして下さい」
「……機嫌直して」
粗方の素材をトポスの布袋に入れ終わったオレ達。
しかし、どれだけ謝り続けてもウィータが許してくれる様子が無い。それどころか、段々と心の距離が遠くなってきているような気がして、オレは何度も「ごめんよぉ、ごめんよぉ~!」と涙目で謝り続ける。
「許してくれよぉ、ウィータぁ~! 本当に言い忘れてただけなんだよぉ~!」
「……。はぁ~……ぜんぶ教えてとは言わないけど、今度からちゃんと言わなきゃダメなことは言ってね」
「……! ……お、おうっ! 分かった! ちゃんと言う!」
ようやくオレの誠意が伝わったのか、まだ少し心の距離を感じるもウィータの口調が戻る。
嬉しさのあまり尻尾をブンブン振りながら近付くと、ウィータは「よ~しよしよしよし……いい子、いい子……」と、オレの顔の辺りをモフモフしながら仲直りのスキンシップまで取ってくれた! 嬉しいワン!
「——あ、そういえばシーちゃん。さいしょの方に強くなるのにひつような三つのモノって言ってたけど、三つ目の『ひっさつわざ』って何なの……??」
「ん?」
——と、オレの心のワンコが目を覚ましていると、思い出したようにウィータが聞いて来る。その時の思い出したオレは「あぁ……アレか」と、言葉を続けた。
「……まぁ、確かにアレはスゴイ力だけど、今のウィータじゃ習得するにはまだまだ時間が掛かるから、まだ知らなくても大丈夫だぞ」
「そうなの?」
「あぁ、そうだな」
「……」
「……」
「……」
「……わかった。教えるって。教えるから黙るの止めて」
「やった!」
相手はまだまだ好奇心真っ盛りのお子様——。秘密にされると、やはり知りたがるのが人の感情というものなのか、無言で黙り『教えて!』サインを出して来るウィータの圧に敗北する。
「アセルペンピス達と戦う前にスキルについて話したと思うんだが……スキルの中には、既存のモノとは違う特別な力を持つスキルがあってな? これは個々人に宿る
オレは少し得意気になって溜めを作り、その特別な力の名前をウィータに教えた。
「——その名も……
「おぉ……なんか、ひっっさつわざっぽい!」
「……あぁ、ベオも習得していたけど桁違いの力だったぜ。この森くらいなら、剣の一振りで伐採しちまうだろうな……」
古い記憶にあるベオの姿を思い出しながら、オレは沁み沁みと呟く。
——
それは、ある特別な条件を満たす事で発動する事が出来る
血の繋がりなどの特殊例を除き、
「ねぇねぇ、シーちゃん! その
「……ん~。
「かくせい……?」
「あぁ。
「……??」
説明をよく理解していないのか、ウィータは頭上にはてなマークを浮かべる。
「あ~……何て言うのかなぁ——とりあえず、どうしても
「むぅ~、シーちゃんがなんかムズカシイ事を言っている……」
「まぁ、ウィータはまだ子供だし、ちょっと難しいかもな」
もう少し大人になれば自然と分かる事である。
強さとは、弱さという塵を積み上げて出来た山の事を指すのだという事に。
「……う~ん。たましい……ありかた……自分と向きあう……」
「ウィータ?」
「——あっ!」
すると、その時だった。
腕を組んでオレの言葉を反芻するウィータを訝しんでいると、突如、何かを思いついたように彼女は、自分の胸に手を当て意識を集中する。
「——【分限魔術】」
そして、何故か残り少ない
「……何で自分に分限魔術を使ってるんだ、ウィータ……?」
「シーちゃんがこれには色々なじょうほうが書いてあるって言ってたから、自分と向きあう? をするのにちょうどいいかなって思って……エへへ」
「……あぁ、そういう事か。まぁ……理由は分かったんだが、何も
どうやら
オレが呆れた声で窘めるも、既にウィータは自身の『ステイタス』と睨めっこ状態。何の項目をそんなに見ているのか、大きく瞳を見開き、ピタリと一点を見つめている。
「……」
「……おーい、ウィータ? どうせ見るなら、ギルドに帰ってから見ようぜ。その方がゆっくり見られるって」
「……」
「……? おーい、ウィータ?」
「……」
「……おい、どうしたんだ?」
何故かオレの言葉に全く反応しないウィータ。
少し様子のおかしい彼女が心配になり、オレはトテトテと彼女に近付き、「……なぁ、何をそんなにずっと見てるんだよ?」と、琥珀色の水晶玉を覗き込もうとし——。
「——だめっ!!」
「え」
ばっ! と。オレがウィータのステイタスを覗き込もうとした瞬間、少し焦った様子で水晶玉を勢いよく頭上に上げてしまったウィータ。
明らかにオレにステイタスを見られる事を嫌った行動である。
「……」
「……」
無言で睨み合うオレ達。
何かを誤魔化すように下手糞な愛想笑いを浮かべる彼女を怪しんだオレは、その後も、ホイっ! ホイっ! と、何度かウィータのステイタスを見ようと跳んだり跳び上がったりするが、ウィータは頑なに水晶玉を見せようとしない。
確かに体重とかまで書いてあるし、あんまり見られたくない情報も書いてあるのは分かるが……それにしてたって、尋常ならざる拒否反応である。
オレの経験上、これは何か都合の悪い事を隠している人間の反応だ。
「……何で隠すんだウィータ?」
「……それは、ほら……その」
「ん?」
「……の……くのは……い……だから」
「ウィータ……声が小さくて聞こえないん——」
「——女の子の『ステイタス』をのぞくのははんざいだからですっ!」
少しバツが悪そうにオレの追及を逃れようとしたウィータだったが、少し追求し過ぎたのか、パニックになったように目をグルグルと回し、訳の分からないことを言った彼女は、その後——「んなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~!!」と。
突然オレに背を向け、どこかへ走って行ってしまう。
「あっ、おい! ウィータ! どこ行くんだよ!」と声を掛けるが、聞こえていないのだろう。脇目も振らず走って行った彼女の姿は、すぐに見えなくなってしまった。
「……何なんだ、いったい……」
ポツリ、と。
独り残されたオレは謎の行動を取った相棒に、ただただ困惑するのだった。
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「……」
シーの姿が見えなくなったのを見計らい、ウィータは木の幹に寄り掛かった。
誰もいない事を確認した彼女は、その手にある小さな水晶玉を見つめる。自身のステイタスであるそれを、震える瞳孔で覗き込んだ。
【
【
<
<
<
<
<
<
<
ズラリと並んだ文字の数々。歪んだ水晶玉に並んだ文章の羅列を指でなぞりながら、自然とウィータの視線はスキル欄に吸い寄せられた。
「はぁ……っ、はぁ、はぁっ……っ」
下唇を強く噛み締め、自然と荒い呼吸に変わって行く感覚と共に、全身から流れるやけに冷たい脂汗が肌を撫でた。しかし、気色の悪いその感覚に気も留めず、ウィータの視線はある一点に釘づけにされる。
<
自身の魂にまで刻まれたその文字の羅列が、ウィータの脳裏に強く焼きつけられた記憶が、否応なしに、その現実と大罪の日々を突き付けて来る。
同時に聞こえて来る断末魔の叫び声の数々が、まるで脳みそに熱した油でもかけたように、隙間なく流れ込んで来ては、頭の隅々までを焦がした。
「……ぅぅぁっっ!!」
気付けばウィータは、言葉にならない呻き声に似た呼気と共に、強く水晶玉を地面に叩きつけていた。
「
ゆっくりとしゃがみ込み、頭の中にガンガンと響く断末魔の叫び声を抑えるが如く、強く頭を抱えたウィータは、自身の頭を握り潰さんとするかのように力を込めると、ただただ謝罪を口にした。
その謝罪が誰に向けられたものなのか——。
嫌という程に、どうしようもなく、ウィータは忘れる事が出来なかった。
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※後書き
『第三章・ギルド間闘争編‐前編』は終了となります。
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