第21話‐シーちゃん先生のレクチャーその四・後編

 『『『ギギィィィゥゥ……!』』』

 『ゴゲェェェェ……!』


 オレは分身体の一体をギュスターヴに変身させ、襲い掛かって来た三体のアセルペンピスを引き付ける。ウィータから注意が逸れ、アセルペンピス達に隙が生まれるが、ウィータは何故かそれを無視して走り去って行く。


 (ウィータ、さっきの奴らは倒さなくていいのか?)

 (だいじょうぶ。そのまま東に引き付けて——)

 『『『——キシャァァァァ……!』』』

 「っ——」「——シーちゃん、へんしん! これは南にゆうどうして!」


 再び木々の隙間からアセルペンピス達が飛び出して来る。突然の事で驚いたオレを余所よそに、ウィータはすかさずイメージと霊力マナを送って来た。

 送られてきたイメージは、先程と同じくギュスターヴ。

 『ゴゲェ!』と、分身体が気色の悪い鳴き声を上げ敵に向かうと、アセルペンピス達に再び隙が生まれる。しかし、またもやウィータをその隙を無視し、木々の向こう側に走って行ってしまう。


 「——あのハチ達、女王バチを中心にして丸いじん形で飛び回ってる」


 意図の掴めない行動を怪訝に思い沈黙していると、オレの疑問を察してか、ポツリとウィータがそう言った。「え?」と、オレが間の抜けた声を上げるも、彼女は気にした様子も見せず言葉を続ける。


 「女王バチに近付けば近づく程、飛び回ってるハチの数が多くなってるから、まずはあのハチたちをどうにかしないと。とりあえず、じん形に沿ってグルグル回るから、シーちゃんは合図したらカエルにへんしんしてちょうだい!」

 「……もしかして、あの戦いの中で奴らの陣形を把握してたのか?」

 「うん。シーちゃんも言ってたじゃん。——“にげてばっかりじゃかてないぞ!” ってさ?」

 「……」


 にっしっし、と。まんま悪戯が成功した子供の笑みを向けて来たウィータ。

 無茶な戦闘訓練に付き合わされた事への意趣返しのつもりなのか、それとも、さっきの戦闘を邪魔した事への仕返しなのかは分からないが、オレの胸中ではしてやられた悔しさよりも、驚きの方が勝っていた。


 (あの戦闘の中、正確に陣形を把握していたのか? しかも、これは——)

 『『『——ギギィ……ッ!!』』』


 耳障りな叫び声を上げながらアセルペンピス達が奇襲して来る。それと同時に、ウィータから次の指示が飛んで来た。


 「シーちゃん! へんしんして足止め! 二体!」

 「あぁ!」


 ウィータの指示に従い、ギュスターヴに変身した二体の分身体をアセルペンピス達に向かわせる。

 その後も、木々の隙間から奇襲がある度にウィータは「一体!」「次は七体!」と、変身させる分身体の数を変えつつ、細かい指示を出しながら走って行く。


 ——そこでオレはようやく気付いた。

 徐々にだが、レジーナ・アセルペンピスとの距離が縮まってきている事に。


 (……配置するギュスターヴの数を変えて、相手の陣形を崩しているのかっ!)


 先ほどからウィータが配置するギュスターヴの数は一体・二体・七体の三種類。

 おそらくは三体一組スリー・ビー・セルの各部隊に、陽動と攪乱を目的とした一体のギュスターヴ、足止めを目的とした二体のギュスターヴ、そして一点集中の殲滅を目的とした七体のギュスターヴの配置である。


 一体で一つの部隊を陽動と攪乱によりどこかへ陣形の外側へ誘導、二体で一つの部隊を足止めし別の部隊との連携を絶ち——そして、孤立した部隊は倍以上の戦力差を持たせた七体のギュスターヴで殲滅し陣形に空洞の箇所を作る。

 ウィータは陣形をグルグル回りながら常に戦況を把握し、的確にギュスターヴの配置を繰り返すことで、陣形の中で空洞になった部分から少しづつレジーナ・アセルペンピスに近付いているのだ。


 間違いない。

 これはさっきの戦闘でオレがペチャクチャ喋っていた時の内容——局地戦、一騎打ち、接近戦、一点集中、陽動作戦の五つを利用した弱者の戦略だ。

 つまりウィータは、さっきの舌が回らぬような高速戦闘の中で、相手を倒しながら、同時にオレの話に耳を傾け、しかも平行して作戦の立案を行っていたという事になる。


 (おいおいウィータ! オマエはどこまでオレを楽しませてくれるんだよ!?)


 自然と笑みが零れる。


 前線で戦うだけならば、それなりにこなせる者はいる。有効な作戦を立てるだけならば、勿論それも出来る者がいる——、その二つを両立し……尚且つ、平行して行える者はそうはいない。

 ウィータはその数少ない一握りの天才——その天才達の中においても、本当に一しずく僅かな上澄み・・・・・・なのだろう。


 ——この子なら、本当に届くかもしれない。


 千年前。世に災厄と混沌を撒き散らした史上最悪にして史上最強の神——邪神ウルと渡り合った大英雄達と同じ高みに!

 

 『——ィィィアァァァアアアァァァァァァ……ッッ!!』


 一際、大きな絶叫が響き渡った。空気をつんざくような金切り声である。

 おそらくはレジーナ・アセルペンピスだ。ウィータの作戦が上手くはまり、こまであるアセルペンピス達が思い通りに動かず苛立っているのだろう。


 「——見えた……っ!」


 それとほぼ同時に、ウィータがそう言った。

 彼女の視線の先、屈強な体格をしたアセルペンピスの上位種——エクエス・アセルペンピス達に守られるようにして、その巨体を巣から出した女王蜂がこちらを睨んでいる。

 火花を散らした二つの視線。陣形をグルグル回っていた足に急ブレーキを掛けたウィータは、こじ開けた陣形の穴へ向けて一直線に突き進んだ。


 『キヤァァァァァァァ——ッ!!』

 『『『ビギギィィィィ.....ッ!』』』

 「シーちゃん! 透明マント!」

 『『『……ギィっ?』』』


 レジーナ・アセルペンピスが指令を出すと、獰猛な叫び声を上げたエクエス・アセルペンピス達が突撃して来る。しかし——遅い。ウィータの指示により、すかさずオレが透明マントに変身すると、一瞬で彼女の姿が見えなくなった。


 右往左往するエクエス・アセルペンピス達。

 標的の姿が見えなくなった事でどうしていいか分からなくなった彼らは、突撃を止め辺りを見回し始める。

 そんな彼らを嘲笑うかのように、ウィータはレジーナ・アセルペンピスの背中側へと向けて全速力で回り込んで行く。


 『イアアァァァァァァァァ……ッッ!!』


 配下の情けなさ故か、それとも思い通りには行かせてくれない敵への憤り故か、レジーナ・アセルペンピスが苛立ったように叫び声を上げた。


 (シーちゃん、一応おとりで十体くらいあのワニガエルおねがい! わたしたちは後ろから回り込むよ!)

 (分かった!)


 抜け目がないとは正にこの事だ。

 おそらくはレジーナ・アセルペンピスとの一騎討ちに持ち込みたいのだろう。次の一手、その次の状況を予想し、エクエス・アセルペンピス達を引き離す為の囮役を要求してきたウィータ。

 オレが分身体を出現させ、『ゴッ、ゴッ、ゴッ!』『ゴゲゴゲェ!』と、エクエス・アセルペンピスを挑発する。レジーナ・アセルペンピスがいる場所とは別の場所に向けて一斉に分身体たちを走らせた。


 「ここだ——っ!」

 『キァッ!?』


 小さく呟いたウィータが、勝利を確信したように地面を蹴る。

 大木の幹を器用に足場にして枝葉に飛び移った彼女は、瞬く間にレジーナ・アセルペンピスの背後に肉薄した。

 空中で透明マントを脱ぎ捨て、逆手に構えた闘剣を女王の外殻に突き立てんと、切っ先に殺意を込める——が、詰めが甘いぜ・・・・・・、相棒?


 『『『ビギギィィィィゥゥゥゥ.....ッ!』』』

 「——ウィータ、避けろ!」

 「っっ……!!?」


 その時だった。

 エクエス・アセルペンピス達の大きな影がウィータの頭上から迫って来たのは。


 空中という回避の取れない状況。

 何故を考える間もなく迫って来た女王の騎士達による決死の毒針攻撃を避ける為に、オレは咄嗟にレンガブロックと透明マントに変身する。

 オレの意図を察したのか、レンガブロックを蹴って大木の幹に飛び移ったウィータは、そのまま透明マントを羽織り姿を消した。エクエス・アセルペンピス達から距離を取る為に、太い枝葉を飛び移って行く——なのに・・


 『ギギィィ……ッ!』『『ビギイィゥ……ッ!』』

 「……っ、……何でっ!?」


 エクエス・アセルペンピス達の追跡が終わらない。あちらからは見えていない筈なのに、明らかにこちらの位置を認識した動きでオレ達を追って来ている。


 (忘れたのか、ウィータ? レジーナ・アセルペンピスには鋭い五感でこっちの位置を正確に把握するスキルがある。アイツに奇襲は効かない)

 「……あ、そっか——ってっ! 気付いてたなら何で教えてくれなったの!?」

 (教えたら訓練にならないだろ?)

 「ぐぬぅっ、シーちゃんいじわる……!」

 (何とでも言うがいい)


 ——これは、シーちゃん先生の多対一戦闘訓練スパルタ・コースである。

 一から百まで教えていたら本人が成長できない。これが生き残るための戦いならばまだしも、強くなる為の戦いである以上、ウィータには自分で考えて戦うという事に慣れて貰わなければならないのだ。


 (さて——気付いているか、ウィータ? 奇襲は効かず、相手は自分よりも格上の状況……しくもこれは、ジャンと戦った時と・・・・・・・・・似た状況だ・・・・・

 「……」


 オレの静かな問い掛けに、ウィータは無言で肯定した。


 ——そう。これは言わばジャン戦の復習であり、あのとき得た経験の応用である。

 敗北のイメージは早い内に拭ってしまった方がいい。

 この戦闘でオレが目指す最大の目的はそこだ。

 負け癖をつけず、尚且つ、勝ち方のレパートリーを増やす為には、やはりウィータを追い詰めた状況に再び追い込み、彼女自身に『どうすれば勝てるのか』を考えさせる事が一番手っ取り早いのである。

 

 (……付け加えて言えば、足止めしていたアセルペンピス達の部隊が、もう少しで・・・・・オレの分身体を・・・・・・・全て倒して・・・・・こちらに・・・・向かって来る・・・・・・

 「っ……!!」


 だからこそ、オレはどんどんウィータを追い込んだ。

 危機的な状況を把握したのか、ウィータの表情が一瞬で焦燥感に染まった。


 「何でもっと早く教えてくれなかったのっ!?」

 (タイムリミットは多く見積もってあと三分——さぁ、どうするウィータ?)

 「……何でちょっと楽しそうなのさぁぁぁぁぁぁ~~~……!?」


 唇を尖らせながら恨めしい視線を向けて来るウィータに向けて、オレは「ふっふっふ……」と意地悪く笑う。

 だが、仕方がない。ウィータの言う通り、実際に楽しいのだから。

 可能性の塊である相棒を前にして、興奮を抑えきれないのはオレの性だ。


 そんなオレの心情を察してか、苦虫を噛み潰したような表情で「ぐぬぬぬぬぬ……!」と唸ったウィータは、遠くの方で徐々に聞こえ始めたアセルペンピス達の羽音に意識を釣られながら沈黙した。

 十数秒ほどの時間を熟考に費やしたウィータは、その後——「ふぅー……っ」と。

 呼気を一つ吐き、静かにオレへ問い掛けて来た。


 「……シーちゃん。シーちゃんのへんしんするまほうって、必ずわたしがえいしょうしないとダメなの?」

 (いや? オレが詠唱しても魔法は発動はする。ただ、オレたち精霊の身体は霊力マナで出来てるからな。少しなら大丈夫だが、使い過ぎると消滅ちまう)


 だから——と、一度言葉を区切りオレは言葉を続けた。


 (基本的にオレの変身で使う霊力マナは契約者であるウィータの霊力マナだ。許可なしで勝手にウィータの霊力マナを使う事になるが……それでもいいなら、可能だぜ)

 「……」


 少し考えたように間を空けたウィータは、再び聞いて来た。


 「シーちゃんは、まほうなら何でもへんしんできるんだよね?」

 (この世に存在していて、オレかウィータの知識にある魔法ならな)

 「じゃあ、相手の感覚をさえぎるまほうとかはある?」

 (オレは知らない)

 「じゃあ、まちがえさせる・・・・・・・まほうは?」

 「——!」


 ニヤリ、と。オレは内心で笑みを浮かべた。


 「……あぁ・・あるぜ・・・?」

 「っ! じゃあそれで!」


 オレの返答に満足いったのか、ニコリと笑ったウィータ。

 次の瞬間、急ブレーキを掛けた彼女はくるりと一八〇度の方向転換を行い、透明マントを脱ぎ捨てる。エクエス・アセルペンピス達の追跡の向こう側——その直線状で優雅に佇むレジーナ・アセルペンピスと視線の火花を散らせる。


 「——つっ込むよっ! あとはお願いねっ、シーちゃん!」

 「……あぁ、何時でもいいぜ! 相棒!」


 『キィァァァァァアアアアアアアア——ッッ!!』と。

 掛かって来い! とでも言わんばかりに上げられたレジーナ・アセルペンピスの甲高い叫び声。雄叫びにも似たそれに弾かれて、ウィータは地面を蹴り上げた。


 『ギ、ギ、ギィ!』『ギギギィゥゥ!』『『ィィィィイイィ!』』

 『『『ビギギィィィィゥゥゥゥ.....ッ!』』』

 「……シーちゃん! へんしーん——っ!!」


 一斉に向かって来たエクエス・アセルペンピスとアセルペンピス達。

 ウィータは霊体アニマを通じてイメージと霊力マナを送って来る。同時に、狼の姿へと戻ったオレはウィータの方にしがみ付き、分身体を二本の短闘剣プギオに変身させた。


 向かって来る蜂達を倒すのではなく、攻撃を捌き回避する為の武器の選択。


 次の瞬間、あっとう言う間に四方八方から襲い掛かって来た敵の攻撃を、ウィータはギリギリのギリギリで掻い潜りながら、真っ直ぐとレジーナ・アセルペンピスの元へと進んで行く。


 「ぐぅ、ぅぅぅぅぅ……っ!」

 (踏ん張れよ、ウィータ! 今、詠唱を始める!)


 レジーナ・アセルペンピスまでの距離——約、三〇メートル。

 近付けば近づく程に増えるエクエス・アセルペンピスと、囮のギュスターヴ達を倒し、チラホラとこちらに戻って来たアセルペンピス達の猛攻。

 ウィータの肩から振り落とされないよう必死にしがみ付いたオレは、静かに瞑目し、集中、集中、集中、集中、集中——っ!

 何呼吸かの間を置き、静かに魔法の詠唱を始めた。


 「——【渾々こんこんと鳴く森の狐、異名は海峡にて欺く霧の魔女、ここは彼女の腹の中】……っ!」


 選択した魔法は幻影魔法・・・・

 蜃気楼の中に閉じ込めた者全ての五感の惑わし、存在しない幻影を見せ、海峡を通った船全てを座礁させるという伝承持つメシナの狐と呼ばれる精霊が使う魔法である。


 「っぅ……っ! シーちゃん、早く……!」

 「【横柄おうへいに惑う霧中むちゅうの影、うそぶき、いななき、メシナの狐は虚言をささやく】——っ!」


 あと少し、あと一節の詠唱。

 僅か数秒の時間が数十倍にも感じられる程の猛攻。徐々に激しくなる攻撃の密度に比例して、ウィータの声に隠し切れない焦燥感が滲み始めた。

 霊体アニマを通じて伝わって来るその焦りに背中を押され、オレの詠唱も加速して行く。


 「【旅人は虚言それを聞き入れた——故に、誰も背後を振り返らない】……」


 詠唱文が完成し、オレは小さな肉球を前に突き出す。

 次の瞬間、辺り一帯にもやがかかり始めた。


 『『『『『ギュィィィィィィィイイイイィ——ッッ!!』』』』』

 『『ギギギ——ッ!』』『ビィィァァァ——ッ!』

 『——キィィィァァァァァアアアアアアアア——ッッ!!』


 それとほぼ同時に、森全体に響き渡る程の大絶叫が連なって響き渡る。

 理由は分かっている。ここら一帯のアセルペンピス達の全てが、今この瞬間、敵であるオレ達を仕留めんと一斉に襲い掛かって来たのだ。


 視界一杯を覆い尽くす程のアセルペンピス達の大群。

 どこに隠れていたのか、百と少し程度の群れだと思っていたアセルペンピスの群れは、明らかに二百は居ようかという数に膨れ上がっていた。


 ここで仕留めるつもりなのか——。アセルペンピス達は息を合わせて、仲間もろとも巻き添えにしながら、一斉に溶解毒を吐き出す。

 回避のしようもない程の酸の雨。

 肉の一片どころか、骨片さえ溶かし尽くさんとする死がウィータに襲い掛かった。


 「——【森で見た狐の虚言シルウァヌス・モルガーナ】」


 ——だが・・あと一歩遅かったな・・・・・・・・・


 直撃した溶解毒の雨。刺激臭と共に地面から立ち昇る煙が、濃くなり始めた靄に混じって空へと昇って行く——しかし・・・

 その靄の中に、黒い影が一つ……いや、二つ・・……三つ・・

 正体の知れない何者かが靄の中を動き回っている。

 草むらを踏む足音、石鹸に似た香り、明確な実体を得て何者かがそこにいた。


 『『キ、キァ……!?』』『ギー、ギィィー……!』『ビィィィィ!!』


 突如として現れた敵を前にして驚きと戸惑いが先行したのか、アタフタし始めたアセルペンピス達が、少し迷いながらも新たな乱入者の背中を追って行く。


 (——上手くいったな)

 (……みたいだね)


 混乱の中を掻き分けながら、先程の攻防で疲れた表情のウィータは真っ直ぐと走っていた。

 その視線の先にいるレジーナ・アセルペンピスは、存在しない幻影に惑わされているのか、『キヤァッ、キェァァアア……!』と、自信に襲い掛かって来る実体の無い幾つもの黒い影を攻撃している。


 (……さて、ウィータ。シーちゃん先生のレクチャーその四もそろそろ佳境だ。あとは思う存分ブチかましてやれ……!)

 (あいさぁー……!)


 一拍の間を置き気を引き締めるようにオレは発破をかけると、ウィータは好戦的に笑みを浮かべ、獲物を前にした狼のように瞳孔を細めた。

 幻影に注意を引かれ、レジーナ・アセルペンピスがオレ達に背を向けた瞬間、オレはウィータが動きやすいように彼女の肩から飛び降りる。

 それと同時、弾かれたようにウィータは地面を蹴り上げた。大木の幹を足場にして器用に跳び上がり、一瞬にして敵の背後に迫る。


 『キアァ……ッッ!?』


 そして、六枚の薄羽を一気に刈り取ると、ウィータは両手に持った短闘剣プギオを上空に投げる。次の瞬間、『キィィィィ~~……!』と、悲鳴を上げながら自由落下を始めたレジーナ・アセルペンピスが地面に打ちつけられた。


 薄っすらと掛かる靄の中を一緒に落下していたウィータは、そのままレジーナ・アセルペンピスを羽交い絞めにする。両足で胴を抑え、左手で頭を抑えた。そして……右手だけはフリー。

 ——上手い。毒針も、上顎の攻撃も、溶解毒も届かない場所からの完璧な・・・マウントポジション・・・・・・・・・である。


 『キシィィッ、イァァァァアアア——ッッ!!』


 必死に暴れるレジーナ・アセルペンピス。

 しかし、巨体の割にはそれほど力が無いのか、いくら暴れ回っても逆に力で抑え込まれ、返す事が出来ても上手く往なされてしまう。

 どんなに暴れても逃れられない事を理解し、死への秒読みが始まった実感がレジーナ・アセルペンピスの恐怖心を狩り立てのか、奴は、ただただ悲鳴染みた金切り声を周囲に響かせる事しか出来ない。


 「——あばれてもダメ。もうはなさないよ」


 無慈悲な言葉が告げられたと同時、上空から二つの影が降って来る。

 サクリ、と。

 ちょうどウィータの右手が届く距離の地面に刺さったそれは、さっきウィータが投げた短闘剣プギオだった。その内の一本を逆手に取った彼女は、静かにレジーナ・アセルペンピスの首元へと刃を当てる。


 ——勝負あり。あとは首を掻き切るだけの簡単な作業だ。


 『キイィィアアッ——ァ……』


 次の瞬間、ス——ッ、と。

 鋭利に斬り落とされた頭がコロリと地面に転がると、レジーナ・アセルペンピスの悲鳴がピタリと鳴り止む。一拍の間を置いた後、一仕事を終えたように「はぁぁ~……」と、大きな溜息を吐いたウィータは物言わぬ死体を退け空を仰ぐ。


 「お疲れ——と、言いたいところだが……まだ一息吐くには早いぜ?」

 「……分かってるよぉ」


 そんな彼女の元へトコトコと歩いて行ったオレは、もう一本の短闘剣プギオを咥えて引き抜きウィータへ渡す。

 まだまだ終わらない戦闘訓練に嫌気が差しているのだろう。

 オレの言葉に苛立ち交じりの声で答えた彼女は、オレの投げた短闘剣プギオをキャッチし軽快に跳ね起きる。「ふぅー……よしっ!」と、気合を入れ直し、煩わしく鳴り響く羽音はおとの方へと振り返った。


 「あとはアイツらだけ……とっととたおしてギルドもどるよ、シーちゃんっ!」

 「おうっ、その意気だ! 行くぜっ、相棒!」


 羽音の主であるアセルペンピス達は、未だ幻影の中。

 女王バチが死にパニックになっているのか、統率を失い、靄の中を乱雑に飛び回る黒い影たちは、ただの有象無象である。

 ただただ数が多いだけの雑兵ならば、今のウィータには敵では無いだろう。


 「——でやぁぁぁぁぁぁ~~っ!!」


 その後、気合の乗ったウィータの叫び声が木霊する。

 続いて森全体に響き渡った断末魔の数々がいったい誰のものだったのか——。


 『『『『キィ~~ヤァァァァァァァ~~~……!!?』』』』


 それは最早、言うまでもない事である。

_____________________________________

※後書き

今話に登場した魔法【森で見た狐の虚言シルウァヌス・モルガーナ】の詳細を【ケモペディア‐魔法‐古代魔法一覧】の項目に掲載しておりますので、もし気になる方がいらっしゃいましたらご覧ください。

こちらが【ケモペディア‐魔法‐古代魔法一覧】のURLです→https://kakuyomu.jp/works/16817330669418776735/episodes/16817330669439465357

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