第19話‐シーちゃん先生のレクチャーその四・前編
大自然の中において、高濃度の
ラッセルから数十キロ離れたここブラーオ大森林もまたその例に漏れず、高濃度の
動植物などは勿論のこと、体内に取り込んだ金属分を結晶化したりする特殊な体質を持った魔獣などが数多く生息しているこの大森林は、ラッセルの職人たちにとっては無くてはならない素材の原産地なんだとか。
「でやぁぁぁぁ——っ……!」
『ギギィィィ~……っ』
——公職ギルドのロッジで依頼を引き受けてから二日。
多くの採取者や狩り人、そして冒険者が多く訪れるこの場所に、オレとウィータもサンク・フィニスの誕生祭に必要な素材収集の為に訪れていた。
オレ達の現在地は、ブラーオ大森林を少し進んだ入り口付近である。
鬱蒼と木々が生い茂る周囲には、この場には似つかわしくない剣戟の甲高い音が高く鳴り響いていた。音の発生源——少し開けた場所で、
「今だっ、ウィータ! 振り下ろせ!」
「あいさー!」
気合の乗った一閃が振り下ろされる。
——魔獣の名前は『アセルペンピス』。
『蛇を真似た蜂』を意味する南方の暖かい地方を中心に分布する魔獣らしく、網状に小さな穴の空いた外殻が、胡椒などの香辛料を粒度ごとに振り分ける際に使われる事で有名な魔獣だ。
七〇センチはありそうな巨体ゆえだろう。その身体を宙に浮かせる為の羽は六枚ほど生えており、通常のハチと比べると異常な程に巨大である。
その巨体を持ち上げたウィータが、腰から提げた小さな布袋に近づけた瞬間——スゥ~、と。まるで巨大な魔獣にでも呑み込まれるように、布袋の中へと吸い込まれて行く。
一息吐くように、「ヨシっ!」とウィータが笑顔を作った。
「便利だなぁ、その袋?」
「ジャンおじさんの手ぶくろと同じまどうぐなんだよね?」
「あぁ。トポスの布袋って言ってな? 『空間の悪魔トポス』っていうオレたち精霊の親戚みたいな奴が使う空間魔術を応用した魔道具なんだ。——ホント、カルロの奴はいい物くれたよ……」
トポスの布袋を見てオレは沁み沁みと呟いた。
『素材回収に役立ててくれ』とカルロの方から預かるのではなく、貰い受けた代物だが、本当に良い物をくれたものである。かなりの貴重品との事だが、それをわざわざ無償でくれる辺り、本当に今回の依頼は期待されているのだろう。
ならば、その期待に応えねばなるまい——。
だが、彼らの依頼をこなすと同時に、オレにはやらねばならない事がある。
「——さて、ウィータ。今日ここに来た理由を、ちゃんと分かっているな?」
「……! はいっ、強くなるためです! シーちゃん先生!」
「うむ。ちゃんと分かっているな」
そう。今日、この魔獣
ディルムッドからの依頼もある為、差し当たっては素材収集と並行してオレとの修行を行う事になったのだ。
「早速だが……まず、強くなる為に必要な三つのモノがある。それは……一に『知識』、二に『身体作り』……そして三に——『
「ひ、ひっさつわざ……!」
やはり子供心を擽るワクワクなワードなのか、必殺技という言葉を聞いた瞬間、ケモミミとケモシッポをピンと立てて瞳を輝かせ始めたウィータ。
「まぁ、必殺技に関してはまだ大丈夫だとして……。今日はその三つの内、『知識』と『身体作り』を平行して伸ばす為に多対一の戦闘を
「……はい! シーちゃん先生!」
「その為にまずは……ウィータ、オマエに
「し、しんわざ……っ!」
再び瞳を輝かせたウィータに向け「よしっ! ついて来るんだ、ウィータ訓練生!」と、オレは足早に駆け出す。
——ここら一帯はアセルペンピスの縄張りである。
色素の薄い土はアセルペンピス達の排泄物により酸化した土が変色したものだ。今はエサを求めて巣を出払っている為か、数が少ないようだが——
点々とする木々の物陰に隠れて移動するオレ達。すると、数分ほど移動した先に、一際に大きな大木の枝にぶら下がる巨大な蜂の巣と、巣の中から顔を出す巨大な蜂が目に入った。
周囲には先ほど倒した個体よりも一回り大きな屈強な働き蜂が飛び回っており、身を
オレ達は気づかれないように、アセルペンピス達の巣から少し離れた場所にある木陰に隠れた。
「(——これから教えるのは、『
「(……ぶんげんまじゅつ??)」
オレは人差し指を立て口元に近付けながら、ウィータに『慎重に』というジェスチャーを送ると、小声で話し始めた。
「(まずは使ってみるぞ)」と前置きし、オレは目を閉じて集中する。
対象は巣の中から顔を出す巨大な蜂——おそらくは女王蜂だろう——と、その周囲にいる屈強な蜂、そして離れた位置を飛び回っている一回り小さな蜂の三種類だ。
オレは
「(——【分限魔術】)」
次の瞬間、オレの目の前に琥珀色の水晶玉のようなものが三つ現れる。
フワフワと空中に浮くそれを興味津々に覗くウィータと一緒になって、オレも水晶玉の中を、少し安堵した表情で見つめた。
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——やはり、千年以上前に作られた魔術ゆえか、オレが眠りにつく前にも使われていたルーン文字で表記されている。千年も使っていなかった為、ちゃんと使えるかどうか不安だったが、どうやらしっかりと使う事が出来たらしい。
まずは一安心、と。
内心でホッとしたオレが覗いた三つの水晶玉には、アセルペンピス達の個体情報が記されていた。
「(これは俗に『ステイタス』って呼ばれるモノでな? ここには、対象の名前なんかの他に、個体の身体能力とか
そう……何を隠そう、これこそがステイタス。
対象の能力を数値化し、言語化する分限魔術の力——『相手の能力に関する情報が、赤裸々に具現化されたモノ』である。
「(……きおくまでのぞけるの?)」
「(あぁ。分限魔術は、こんな風に対象の
——だから、悪用厳禁だぞ? と。
オレが茶目っ気を込めて言い含めると、ウィータは「(うん、わかった!)」と笑顔で返事をした。
「(ところでシーちゃん……このスキル? ってなに?)」
「(対象が身に着けている技能や技術なんかに名前をつけたモノだな。
そう。一つのスキルを極めるには、長い時間が掛かるのである。
何故ならこの場におけるスキルというのは、一般的に誰しもが持ち得ている極々当たり前の料理や裁縫、掃除などといった家事の技術や、職人などかが持つ鍛冶技能などの『長い経験を積んで習得された高度な能力』の事だからだ。
凡そ教養や訓練を経て個々人が獲得したものは、身体が覚えると同時に、その者が持つ
だからこそ、これらのスキルには熟練度というものが存在する。
例えば剣術の腕前を、ただの心得から極致に至るまで洗練しようとすれば優に数十年の時間が掛かるだろう。この長い年月を掛けて極められたスキルの極め具合——それこそが、『心得』『達者』『至妙』『極致』、という四段階の言葉なのだ。
特に極致にまで至ったスキルを持つ者はそう多くは無い。
あのベオでさえ、持っていた極致スキルは片手で数えられる程度だった。
「(——っと……ちょっと話は逸れたが、本題に戻るぞ?)」
いつの間にか逸れた本題にハッとなったオレは、話を戻す為に咳払いを一つした。
「(これまでの戦いは一対一の一騎打ちだったけど……これからの戦いは、多対一の状況も増えて来るだろう。ウィータにはこれから、分限魔術で分かったこの断片的な情報を上手く活用して、あのアセルペンピスの群れを
「(……え゛)」
オレが三つの水晶玉をコンコンコンと叩きながらそう言うと、ウィータは、まるで苦虫を噛み潰したような表情で固まった。
しかし、それもその筈だ。
この場所に来る前、オレ達はアセルペンピスは勿論、このブラーオ大森林に生息している魔獣に関しての情報を叩き込んで来ている。
今オレ達が討伐しようとしているアセルペンピスは、単体ならばFランク冒険者一人でも討伐できる魔獣だが、女王蜂——レジーナ・アセルペンピスがいる群れとなれば、Cランク冒険者が複数人いなければ手こずるような魔獣である。
つまり、ウィータが敗北を喫したジャンでさえ持て余す可能性のある魔獣という事だ。……まぁ、あの毛だるまおじさんなら、余裕で倒しそうなものだが。
「(わ、わたしはDランクのぼーけんしゃだし……あれはちょっとムリじゃないかなぁ……なんて……? あ、あはははは……)」
「(無理かどうかはこれから分かる事だから大丈夫だ)」
「(え)」
——が、そんな事などお構いなしに、オレはそこら辺に転がる石っころを拾う。
意図の掴めないその行動。だが、何となく察したのか——「(な、何してるの……シーちゃん……?)」と、頬を引き
オレはそんなウィータに一度だけ微笑みかけた。
そして、レジーナ・アセルペンピスのいる巨大な蜂の巣に狙いを定め——。
「そぉいっ!!」
「んなぁぁぁぁぁぁぁぁ~~……!!?」
——思いっ切り石っころを投擲した。
ウィータの珍妙な叫び声も虚しく、石っころは巣に命中。すぐに怒り狂ったレジーナ・アセルペンピスが『キシャァァァァァァァァァ~~——ッッ!!』と、叫び声を上げた。
一帯に叫び声が響き渡ると同時、巣の周囲にいる働き蜂たちの羽音がブンブンと煩くなり始め……同時に、
そう。何を隠そうこれこそが、レジーナ・アセルペンピスのいるアセルペンピスの群れがCランク冒険者が複数人で討伐に当たらなければならない理由である。
巣の周囲にいる見張り役のアセルペンピス達は、群れのほんの数割程度だ。大半のアセルペンピス達は、エサを求めて巣の半径数十キロに渡って放浪している。
彼らは巣に外敵が迫った時だけレジーナ・アセルペンピスの呼び声に応えて集まって来る習性を持っており、その時に集まる群れの総数は、最低でも八十は余裕でいると言われているのだ。
この数による暴力——それこそが、アセルペンピスの群れがCランク冒険者が複数人で討伐に当たらなければならないと言われる
「さぁて、ウィータ! シーちゃん先生のレクチャーその四——多対一戦闘訓練スパルタ・コースの始まりだぁ~~!! 楽しんで行こうぜっ、相棒!」
「シーちゃんのおにぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ~~~!!」
『『『キシャァァァァァァァァァァァァ~~!!』』』
襲い掛かって来るアセルペンピスの群れ——ざっと
(——へこたれるなよ、ウィータ? これから先、オマエに降りかかる試練は、もっと過酷なものばかりなんだから)
送られて来たウィータのイメージに合わせ、オレは
_____________________________________
※後書き
今話に登場した分限魔術の簡単な詳細を【ケモペディア‐魔法・魔術・真なる法術‐悪魔の法術一覧】の項目に掲載しておりますので、もし気になる方がいらっしゃいましたらご覧ください。
こちらが【ケモペディア‐魔法・魔術・真なる法術‐悪魔の法術一覧】のURLです→https://kakuyomu.jp/works/16817330669418776735/episodes/16817330669484515493
今話に登場した古代文字の詳細を【ケモペディア‐文字と言語‐ルーン文字・コモン文字の対応表】の項目に掲載しておりますので、もし気になる方がいらっしゃいましたらご覧ください。
こちらが【ケモペディア‐文字と言語‐ルーン文字・コモン文字の対応表】のURLです→https://kakuyomu.jp/works/16817330669418776735/episodes/16818093074077900990
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