第18話‐依頼

 喧嘩のあった広場から二十分ほど歩くと、千年前にも見たような造りの建築物がチラホラと見え始めて来た。

 おそらくは、テメラリアが言っていたルネサンス期に造られたものだろう。優雅でエレガントな曲線が特徴的な現代の建築様式の中に、白亜を基調とした荘厳な雰囲気の建築物が交じり始める。

 カルロはその中でも一際に巨大な建物の前で立ち止まった。


 「着きましたぜ?」


 そう言って笑みを湛えた彼の言葉を合図に、オレとウィータは揃って「「ほぇ~~……」」と。少し間の抜けた声を上げながら、建物を大きく見上げた。


 「おっきいね……お城みたい」

 「……議会主導のギルドっていうだけあって、やっぱ豪奢だな」

 「えぇ、建築と運営の出資元の大半が議会ですからねぇ。やっぱり、議会の権威を示す象徴的な意味合いもあるんだと思いますよ」


 なるほど。それを聞いて納得した。

 千年前も自身の権威を示す為に豪奢な建物を建てさせた権力者はいたものだ。そういった人間の子供染みた見栄と意地は、千年やそこらじゃ変わらないという事だろう。


 「……わ、わたし……これ、入ってもダイジョブかな……? 入ったらいきなりおこられたり、ろうやとかに連れて行かれたりしない……?」

 「ははは、安心して下さい。見てくれと、あと他のギルドより働いている人数が多いってだけで、実際に働いているのは一般階級の市民でさぁ。実態は他のギルドと何ら変わり無い職能団体ですよ、公職ギルドは」


 ——とりあえず着いて来て下さい、と。言葉を続けたカルロ。

 おどおどするウィータの反応が面白かったのか、少し可笑しそうに笑みを浮かべながら言った彼に連れられ、オレ達は中の建物に入って行く。

 扉を開け、まずオレ達の瞳に入ったのは広々としたエントランスと、高い天井だった。カルロの言う通り建物の中を行き交っている多くの人々は、見慣れた服装に身を包んでおり、彼らの大半が一般の市民である事が伺える。


 「おぉ、やっと着いたか……待っていたぞ!」


 と、場違いさに落ちつかずそわそわしていると、聞き慣れた声が響き渡る。

 カツカツと靴音を鳴らしながら近付いて来る二つの足音。一つは冒険者ギルドのギルドマスターであるジャン・フローベルだ。


 「——そちらのフードのお嬢さんが、例の少女であっているでしょうか?」


 そして、もう一人。どこか狐に似た狡猾さを思わせる笑みと、鼻眼鏡パンスネの奥から覗く切れ長の瞳が特徴的な痩身長躯の男である。

 身なりから察するに高貴な人物である事が伺えるが、ジャンと一緒にいるところを見ると、おそらくは彼こそが、カルロの言っていたウィータの後ろ盾になってくれる議会の重鎮——ディルムッド・ラッセルで間違いないだろう。


 「初めまして。今回、ウィータさんに協力させていただきます。このラッセルの代表を務めております。ディルムッド・ラッセルです」

 「……うぇっ!?」


 丁寧な自己紹介を受けウィータも彼の正体を察したのか、途端に緊張した面持ちでオロオロとし出す。とりあえず、とばかりに……ペコリ! と。

 指名手配の件で口添えをしてくれた事に対してだろう。

 勢いよく頭を下げたウィータは、慣れない言葉遣いで御礼を口をした。


 「……え、えと、えと……ウィータ、です! こ、この度はかばってくれてアリガトゴザイマス……!」

 「あはは、そうかしこまらないで下さい。何も無償で・・・・・議会の方に口添え・・・・・・・・しようという訳・・・・・・・ではありませんからね・・・・・・・・・・? こちらも打算ありきで、ジャン殿のお願いを聞き入れましたから」

 「……え?」

 「……含みのある言い方だな。オレの相棒をどうする気だ、議長殿?」


 どこか不穏な物言いにオレは警戒を露わにする。ウィータの後ろ盾を頼む辺り、ジャン達は彼を信用しているようだが、腹の内では何を考えているかは分からないのが、権力者というものだ。


 「取って食おうという訳ではありませんよ、精霊殿。ご安心下さい……私は邪神の眷属になるくらいなら、必ず・・首無しになって・・・・・・・復活するような人間ですので」

 「……っ。……そうか、ならいい」

 「……?」


 ——まずは見極めねばなるまい、と。ウィータの前に一歩出るオレであったが、明らかにオレが大精霊シーである事を察した上で口にされた言葉を聞き、すぐに、彼には害意が無い事を察した。

 どうやら少し警戒し過ぎたらしい。

 言葉の意味が分からず頭上にはてなマークを浮かべるウィータにチラリと視線を遣りつつ、オレは逆立てた毛を落ち着かせると、そのまま後ろへ下がった。


 「——さて。今回、ウィータさん達をここへ呼んだのは、貴方にある『依頼』をお願いしたかったからです」


 一拍の間を置いて歩き始めたディルムッドの後ろをオレ達四人はついて行く。

 お忍びという事だったが、多分この公職ギルドのロッジに彼は良く訪れるのだろう。すれ違う人々は、彼がこの都市の最高権力者である人物であるにも関わらず、気軽に軽い会釈をしながら仕事に戻って行く。


 ディルムッド本人も慣れているのか、軽く手を振ったり笑顔を見せたりしながら、話を続けた。


 「ギルド間闘争の話はカルロ殿の方から聞いていると思いますが……私が率いる『職人派閥』は現在、何とかエドモンドを神の恩恵を利用した神明裁判にかけるべく、幾つかの策を打っております」

 「……神明裁判? そんな事して大丈夫なのか? エドモンドが失脚すれば、奴を支持してる職人たちから反感を買いそうだけど……」

 「えぇ、正しくそこ・・に対してです……我々が打っているは」


 ふと、一つの扉を開けたディルムッドは「どうぞ」とオレ達に一声掛けて、入って行く。オレ達も後ろに続くと、中には多くの人々が何らかの装飾や大道具や小道具を造っているようだった。


 「それ、三番街の鉄器ギルドに運んで!」

 「おいっ、この依頼書どこのギルドだっ?」

 「当日、フリードル大聖堂で店出すギルド早く決めとけ!」


 何やらあちこちから慌ただしい声が鳴り響いている。


 「……何か——」「——すっごくいそがしそう……?」


 中の光景にオレとウィータは唖然とした。皆、まるで何かに突き動かされるようにして労働に勤しんでいる。……何やってんだ、これ?


 「これは、サンク・フィニスの生誕祭っていう祭典の準備なんでさぁ」


 オレの内心に浮かんだ疑問に答えたのはカルロだった。


 「「サンク・フィニスの生誕祭……??」」

 「あぁ。今からちょうど二か月後くらい……六番目フレイアの月の第二週に、ラッセルの創始者であるフィニス・ラッセルの生誕を祝う祭典が開かれるのだ。何百年も続く伝統ある大きな祭典でな……多分、お前たちが想像している数十倍はデカい祭りだぞ」

 「おまつり! 楽しそう!」

 「……ちょっと興味はあるな」


 オレがいた時代も運動競技を主とした祭典があったっけ……懐かしい限りである。

 ジャンの説明に興奮し、ブンブンと尻尾を振ったウィータに釣られ、自然とオレの尻尾もフリフリと動いた。そんなオレ達が微笑ましかったのか、ディルムッドが僅かに笑みを浮かべながら言葉を続ける。


 「サンク・フィニスの生誕祭は、祭典が行われる一週間の間、ラッセルの関税と通行税を大幅に下げるのが恒例となっているのですが……この間、都市の出入りが非常に激しくなるのです。我々はこれを機に、ギルド間闘争に関わる都市全ての零細ギルドに対し無償の資金援助と幾つかの支援を行う事を決定しました」

 「無償の資金援助と幾つかの支援……? そりゃまた何で??」

 「単純ですよ。この外から中に入って来る物見人需要を狙って、エドモンド商会から自立するギルドや職人を少しでも増やす為です。ラッセルに来た商人や諸侯がギルドの職人が造る品々を気に入り、定期的に購買する契約を結ぶのは、毎年の風物詩となっていますからね」

 「……あぁ、なるほど。だから支援をして、少しでも定期契約を至るギルドを増やそうって思惑か……。そうすりゃ、わざわざエドモンドから仕事を貰う必要ないもんな」


 そういう事になります、と。オレの呟きをディルムッドは肯定する。


 ——つまるところ、エドモンド商会のお株を奪ってしまおうという魂胆だろう。

 ギルド間闘争の一番の問題は、エドモンド商会を摘発し、神明裁判に掛けても、エドモンドを支持する職人達が暴走してしまうという事である。暴走の理由は単純だ。彼らの『生活と仕事』を支援しているのが、エドモンド商会だからである。


 だからこそ、ディルムッドはこの『生活と仕事』の支援役を奪うつもりなのだ。


 その方法として、サンク・フィニスの生誕祭の開催中に起きる『各ギルドと諸侯や商会との定期契約』を後押しする為に、議会直々に資金援助と幾つかの支援を行うという事だろう。

 彼の思惑が上手く行き、定期契約に至るギルドが少しでも増え、商会派閥の支持を削ぐ事が出来れば、エドモンドの神明裁判を行う事が出来る。神の恩恵を利用した神明裁判ならば、まず間違いなくエドモンドを蹴落とす事が出来る筈だ。


 勿論、全ての職人の『生活と仕事』を保障しきる事は出来ないだろうが、少なくとも商会派閥の暴走を抑え切れる程度まで力を削ぐ事が出来れば、少なくともギルド間闘争が起きる事は無くなるだろう。


 「……う~ん。まぁ、定期契約のとこまでは理解できたんだが……議長さんからの『依頼』ってのと、ここにジャン達が一緒にいるのは何か関係があるのか?」

 「えぇ、勿論です。なにせ今回、議会が依頼した先が冒険者ギルドですからね」

 「「??」」


 この三人の関係がいまいち掴めない、と。オレの内心の疑問を察したディルムッドがそう答える。しかし、いまいち話が見えず、オレとウィータは頭上にはてなマークを浮かべた。

 すると「——そこから先は俺達が説明しよう」、と。ジャンが口を開く。


 「議長殿からも話があったが、現在、議会から都市全ての零細ギルドに対して資金援助が行われている。そして、この援助金なのだがな……大半の使い道は、各ギルドが自ギルドの製品を造る為に使う素材の代理購入に使われているのだ」

 「そざい……って、まじゅうの皮とか、鉱石、とか……?」

 「えぇ、そうでさぁ。問題はこの代理購入された素材の供給・・・・・なんです」


 ウィータの問い掛けにカルロが答える。


 「……この素材の供給源は幾つかの商会と、自分ら冒険者ギルドが担っているんですがねぇ……正直に白状すると、供給スピードが間に合っていない・・・・・・・・んです・・・

 「間に合ってないって言うと、職人たちが使う素材が足りてないって事か?」

 「あぁ。エドモンド商会が扱え切れず放逐した魔獣が商会の通商ルートを塞いだり、実力のある冒険者でなければ入手できないような素材もあったりしてな……いろいろ不測の事態があり過ぎて、素材の供給が難航しているのだ」

 「……議会の見立てが甘かった結果です。いやはや面目ない……」


 気難しそうに言うジャンと、申し訳なさそうに謝罪するディルムッド。

 カルロも彼らと同様に少し疲れたように溜息を吐いた。


 三者三様の反応を見るに、どうすればいいか分からない手詰まり状態なのだろう。サンク・フィニスの生誕祭は二か月後との事だが、職人達が品を造る為の製作期間も合わせると、かなり切迫した状況なんじゃないだろうか?

 ……それこそ、猫の手——いや、指名手配中とはいえ、単騎で鳥竜種ワイバーンを討伐してしまうような実力者の手も借りたいんじゃないだろうか?


 「……なるほど。依頼はそれ・・か」


 ディルムッド達の依頼が何なのか察したオレは言葉を続けた。


 「ようはその素材収集を手伝えって事だろ? ……どうりで正義の証ユースティア・エンブレムを渡さなかった訳だ。納得だぜ」

 「渡せば高飛びされるのは分かっていたからな。人員にも資金にも限界がある。優秀な人材を引き留める為ならば、多少は強引な手を使うのもやぶさかではない」

 「まぁ、ぶっちゃけた話……受けてくれるのであれば、冒険者登録の手数料も免除、勿論、正義の証ユースティア・エンブレムと一緒にギルドの方から多額の報奨金も出します。……何とか受けてくれないですかい?」

 「私の方からも、何とかお願いします」

 「「……」」


 懇願するようなカルロとダメ押しとばかりに言って来たディルムッド。カルロ達はまだしも、ラッセル一の権力者である人物にまでへりくだられ、オレ達は少したじろぎながら、口をへの字に曲げた。


 (……まぁ、悪い話では無い……か?)


 当初の経緯とは違うものの、指名手配の件を何とか出来るのであればオレとしては別に構わない。正義の証ユースティア・エンブレムも今後の事を考えれば必要になるし、一緒に報奨金も出してくれると言うのなら、受けるのもいいだろう。


 ただし、どれだけ大精霊を自称しようとも——オレは所詮、ただの精霊である。

 契約者がいなければ何もできないオレに最終的な決定権は無い。

 それに、どの道ラッセルを出たところでオレ達の最終目標は邪神ウルの討滅だ。その為の修行先に当てがある訳ではない以上、ここで多少の立ち往生をしながら、今後の事を考えるのもアリだろう。


 (——だ、そうだが……どうする? オレはいいとは思うが、ウィータがダメなら断っても大丈夫だぜ)

 (……)


 念話を飛ばして決定権をウィータに委ねると、少し考えたように沈黙した。

 数秒程の黙考の後、(シーちゃん——)と、再び念話を飛ばして来た彼女は、何か思い至ったように、視線だけオレに向けて来る。


 (——わたしさ……強くなりたいんだ。誰にも負けないくらい。心も、体も)


 そして、真意の分からない念話を飛ばして、僅かに微笑みかけて来る。

 オレはキョトンとした表情で固まってしまうも、ウィータはお構いなしに、再びディルムッド達へと向き直り口を開いた。


 「お父さんが言ってたんだ」


 決意のこもった力強い表情でそう言った彼女は、最後にこう言葉を続けた。


 「——『天狼族は英雄の一族、困っている人は見捨てない』」

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