第17話‐ギルド間闘争
カルロに連れられること数十分。
オレ達が向かっているのは、どうやら東区に居を構えるとある
何でも、そこにウィータの後ろ盾になってくれる議会員がいるらしく、結構な身分の人の為、今回はお忍びで会うようである。
「「ギルド間闘争??」」
そこへ向かう道すがら。場所はギルド街から少し離れた東区の二番街。
露店が多く建ち並ぶ市場通りには、道行く人々の雑多な足取りと話し声に溢れている。耳朶を打つその騒がしさの中で、オレ達はカルロの口から出た聞き慣れない単語に反応した。
「……えぇ。実は今このラッセルでは、多くのギルドが、エドモンド商会の商会長エドモンド・オズワールを中心とした『商会派閥』と、これから会うラッセル議会の議長ディルムッド・ラッセル殿を中心とした『職人派閥』に分かれて、大きく対立しているんでさ」
神妙な語り口のカルロの表情は、何時もの柔和な笑みを浮かべていそうな彼のイメージには似つかわしくないものである。
どうやら、オレが思う以上に大きな問題のようだ。
「……事の発端は、エドモンド商会が地下で密かに運営している違法な賭博事業の拡大の為に議会員の数名を抱き込んだ事に起因します……お二人なら多分、ご存じなんじゃないですかい?」
「違法な賭博事業……? って、まさか!」
「……わたしがいたあのコロッセオ?」
ウィータが聞き返すとカルロはコクリと頷いた。
「エドモンド・オズワールは強欲な男でしてねぇ……。違法賭博の事業拡大に飽き足らず、奴は議会員を抱きこんだ事にかこつけて、自分達の商会が有利になるように、ラッセルの法や税を好き放題してるんでさぁ。おかげで、職を失ったまま浮浪者になってしまう職人や、潰されてしまうギルドが後を絶たない始末なんです」
……しかも——と。一度言葉を区切ったカルロは言葉を続けた。
「エドモンドが都市での地位や議会での発言権を維持する為に、仕事を失った職人やギルドを支援し始めましてねぇ……。行く当ても無い彼らからすると、砂漠に降る雨みたいなもんでさぁ。怨敵に尻尾を振るどころか、彼ら、ついにエドモンドを支持するようになってしまったんです」
溜息交じりに肩を竦めるカルロは若干呆れ気味である。
話を聞いている限り、その『支持をしている職人たち』が問題の種なのだろう。
だが——なるほど。
そのエドモンドを支持する商会派閥の職人と、そうでない職人派閥の職人たちの間で起きようとしているのが、つまり……『ギルド間闘争』という事だろう。
原因は、
彼らの間で発生した現状への満足感と不満、その間の葛藤が、商会派閥と職人派閥それぞれに帰属する職人たちの間で対立構造を形成している——という事である。
「……時代が変わっても上手くはいかねぇもんなんだな」
話を聞き、自然とオレの口を突いて出て来たのは、そんな言葉だった。
「……はは。時代が変わっても——ですかい……。やっぱり、長い時間を生きる精霊の目から見ても、人間は変わってはいないように見えますか」
「いや……変わりはしたよ。本当に大きく成長した。……期待したほどじゃ無かったってだけだ。気を悪くしたならすまん」
「いえ、いいですぜ。気にしちゃぁいません。実際、精霊殿の言う通りでさぁ」
——やはり、圧し潰されてしまう人間はいる。
そして、置いて行かれてしまう人間は
「はぁ……
ふと、オレ達を先導する足を止めたカルロが、呆れたように溜息を吐く。
その理由を何となく理解したオレ達も足を止め、彼の視線の先にある広場に出来た大きな人だかりへと意識を向ける。
その人だかりの中央から滲み出て来るピリついた殺気を感じ取ったのだろう。
オレの隣を歩くウィータが表情を険しく歪めた。
「……みんなが、シーちゃんみたいにすぐへんしんできるわけじゃないんだね」
広場ではどうやら喧嘩が起きているようだった。
近寄って見ると、人だかりの中心にいたのは職人の風貌をした十一人の男達だった。五人のグループと、六人のグループに分かれている。
しかも、それぞれのグループに一人ずつ顔中を痣だらけにした男が、それぞれのグループの仲間に支えられながら立っていた。
見たところ、彼ら二人が喧嘩をしていたところを仲間が仲裁していた、という状況だったのだろう——
一触即発といった状況に周囲も安易に手が出せないのか、ただただ見守るしか出来ないようだった。
「……この裏切り者共が! 俺達を
怒鳴り声を上げたのは、六人グループにいるナイフを持った青年である。
彼が、まるで威嚇でもするように五人グループへ向けて怒りのままナイフを投げつけると、青年の仲間と思わしき他の男達も、彼と同様、怒声を張り上げた。
彼らと相対する五人グループも、自分達の仲間が傷つけられた事に憤りを覚えているのだろう。やはり、その表情を怒りで歪め臨戦態勢に入っている。
「……おい、ロブ爺さんっ。アンタまでどうしたんだ!? 彫刻ギルドのギルマスやってたアンタまで、エドモンドのクソ野郎に飼い慣らされやがって……アンタなら、彫刻彫らなくたって、靴でも
青年の怒りの矛先は、血を流す男から熟練の職人といった風貌の老人へと向く。
五人グループの代表格と思わしき老人は、「ふんっ」と。青年を小馬鹿にしたように鼻を鳴らすと、一歩前に出て、六人グループの全員を睨みつける。
「……黙れ、貴様のようなガキには分からん。儂のような爺に新しい事など出来るものか……。そもそも、もう貴様らは次の仕事場が決まったのだろう? 貴様らの方こそ、儂らの事など放っておいて黙って靴でも鞣していればいいじゃないか」
「……~~っ——!! この頑固爺が……っ!」
皮肉交じりに嘲笑を浮かべた老人——ロブ爺さんと呼ばれていた彼の言動に業を煮やした青年。激昂した青年は怒気の混じった足取りで老人に近付いて行く。
それが引き金になったのか、老人を守るように青年の前に立った五人グループの男たち。腕から血を流していた男も、服をビリビリと割き、布で無理やりに止血すると拳を握り締めた。
「……あの爺さんは、ここいらではロブ爺さんって言われてましてねぇ……彫刻ギルドのギルドマスターを務めていた腕利きの職人だったんでさぁ」
次の瞬間。
乱闘になってしまった彼らを見て、少し悲しそうにカルロが語り始めた。
「——もともと彫像のお得意様だった教会と貴族の影響力が無くなった事で、仕事を失いかけていたんですが、そこへエドモンドの身勝手が重なって、古巣の彫刻ギルドを潰されてしまったんです」
「……なるほど、な。どうりであの爺さんがエドモンドを支持する訳だ。話の流れからして、あの爺さんは商会派閥の職人なんだろ?」
「えぇ、まぁ。勿論、ロブ爺さんがエドモンドの事を内心でどう思っているかは別にしてですが——」
「——ねぇ。ちょっとマズそうだよ」
と、オレの疑問に答えたカルロの声を遮ったのは、ウィータだった。
声に釣られて振り向くと、ヒートアップした二つのグループ——特に青年と老人が、喧嘩の域を超え始め、殺し合いに発展しそうな程の怒気を放ち始めていた。
オレとカルロが焦燥感に表情を歪め、流石に間に入ろうと一歩を踏み出そうとする——が。それよりも早く、唐突に人混みを掻き分けてウィータが走り出した。
「おいっ、ウィータ!」と、オレは制止の声を掛けるも彼女はそれを無視する。
「お前らがエドモンドを支持するから、こんな事になってんだろうが……!」
「……若造が! 正論だけで世が回っていると思うなよ……っっ!」
老人が杖の先で青年の何度も叩く。やはり相手が老人という事で手加減をしているのか、青年はあまり手を上げていないようだったが、ついに堪忍袋の緒が切れたのだろう——「……このクソ爺がぁ——っっ!!」、と。
老人の杖が目元に当たり、怒気を滲ませた青年。
彼は、先ほど自身が投げたナイフを拾い上げ、そのまま振り上げる。老人は驚きで尻もちを着き、咄嗟に両腕で顔を覆い蹲った。
「おい、やめろって!」「やり過ぎだ!」と周囲から声が上がるが、青年は怒りで我を失っているようで、そのまま老人へ向けてナイフを振り下ろした。
「……っ!!」
そのナイフを、突如として割って入って来たウィータに受け止められ、青年の顔が驚きで歪む。ウィータはジャンとの戦闘で進化した
小さな体躯に似合わない怪力に度肝を抜かれたのか、我を取り戻した様子の青年は、正体が判然としない少女を前に、少しだけ動揺したように冷や汗を流す。
「何だクソガキ……大人の話に割って入ってくんじゃねぇ。ママの所に帰れ」
「お母さんが言ってた」
「あぁん?」
「『何事にも超えちゃいけない一線がある。
「……はぁ? なに言って——」
青年の言葉を待たずして、ウィータは自身の顔を覆っていたフードを脱ぐ。
幻惑の尾飾りで変化した灰色の髪と瞳が露わになり、彼女は露わになったその両目で真っ直ぐと青年の眼を見つめる。
「……っ」
——曇りのない真っ直ぐな瞳だった。
闘技場の時にも見た意志の火が灯った強い瞳である。
揺れない子供の瞳孔に射貫かれ、自身の今の行いに対して後ろめたさが爆発したのか——「ちぃ……っ」と。青年はバツが悪そうに視線を逸らし、舌打ちを一つしてその場を後にする。
彼の仲間も周囲の反応を少し気にしながら青年の後を追う。
事の成り行きを見守っていた野次馬たちも同様に、日常へと戻って行った。
「そこのおじいちゃん達!」
「……ぅぇっ!?」「「「……っ?」」」
ビシィ! と。どう反応していいか分からないように固まっていた四人グループへ向けて、ウィータは振り向き様に指を差した。
「コワくても進まなきゃダメ! 大事なものがあるなら、もっと進まなきゃダメ!」
まるで子供を諭すようにウィータは言い放った。
「
そう言ったウィータは、むふぅ~! と鼻を鳴らす。まるで、『言ってやった!』と言わんばかりである。そのまま彼女は呆気を取られて固まっているオレ達の方にズンズンと歩いて来た。
「行こ! シーちゃん、カルロおじさん!」
スッキリとした笑顔を見せると、一人道の先へと歩いて行ってしまうウィータ。
オレとカルロは二、三度だけ目をパチクリとさせると互いに目を見合わせる。
「豪胆な子だ……アレは大物になりますよ、精霊殿」
「あぁ、そうだな……」
思い出したように言ったカルロがウィータの背中を追って行くと、オレもそれに続き足を進める。だが、少しだけ内心に引っかかった後ろ髪を引く思いのせいで、はたとオレの足取りは進まなかった。
足だけは止めないように注意して後ろへと視線を向けると、そこには、腰を抜かして動けない様子の老人に寄り添う彼の仲間達がいた。
“コワくても進まなきゃダメ。大事なものがあるなら、もっと進まなきゃダメ”。
“時間はもどらないよ”。
先ほど彼らに言ったウィータの台詞が脳内に蘇る。
彼らからすれば、子供が何を言っているんだ——と、煩わしい限りなのかもしれない。けれど、ウィータの言葉ほど、今の彼らに刺さる言葉は無いだろう。
——そう。彼らは未来が怖いのだ。いや……過去に置いてきてしまった大事なものに執着していると、そう言った方がいいかもしれない。
「シーちゃ~ん! カルロおじさ~ん! は~や~く~!」
両手をブンブンと振ってオレ達の名を呼ぶウィータ。
先程の豪胆さなど微塵も見せない彼女は、人目も気にせず子供らしい笑顔を浮かべいる。オレ達は急かされるままに、目的地である公職ギルドのロッジへ向けて、少し足早に駆けて行くのだった。
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