第16話‐リングア・フランカ
※前書き
今話からが『第三章・ギルド間闘争編‐前編』のスタートです。
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——オレ達の軟禁生活が始まってから、ちょうど三日目。
太陽が高くなり始めた昼前の事だった。
場所は、冒険者ギルド・ロッジ内部の一室にある図書室。
やはり冒険者という決まった
知識の修学に努めさせる為か、客人を招く応接室とは異なり、簡素な机と椅子だけが並べられたその部屋の一ヶ所——入口に近い椅子に座るウィータは、何やら一冊の書物を手に取り、熱心に読み
意外にも読書家なようである。
相棒の新たなる一面に目を丸くしたオレは、隣の椅子の上で丸くなりながら「なに読んでんだ、ウィータ?」と問い掛けた。
「『リングア・フランカ』のお勉強だよ。わたしが持ってた『しなんしょ』は取られちゃったから」
「りんぐあ・ふらんか……? しなんしょ……?」
「うん。シーちゃんが生きてた千年前に使われてた言葉に、ラティウム語っていうのがあったでしょ?」
「……あぁ、確かにあったけど」
「それとは別の言葉なの。たしか、せかいきょーつーげんご……? なんだって。今の人は、全員これを使ってるだろうってお父さんとお母さんが言ってた」
「せ、世界共通言語!? ……マジかよ。今そんなのあるのか! 言われてみれば確かに、いま使われてる言語って昔と違うな……」
驚きの単語がウィータの口から飛び出した事により、オレは椅子から跳ね起きる。
言われて気付いたが、ウィータの言う通り現代の人間たちが使っている言語は、千年前の主流であったラティウム語とは異なる言語だ。
思念というものを言葉ではなく、そのまま意思として知覚できるオレたち精霊にとって、言語というものは効率の悪いコミュニケーション方法である。が、その
「……すごいな。まさか、たった千年で世界中で同じ言語が使われるようになるなんて」
「じゃしんウルのせいで、住む所をなくした人がたくさんいたから、色々な所に人が移住したんだって。でも言葉が通じなくて困ったから、カインのまつえいっていう人たちが自分たちが使ってた言葉をかんたんにして広めてるのが、『リングア・フランカ』だってティトゥスおじさんが言ってたよ」
「……あ~、なるほど。確かに、千年前はウルのせいで沢山の難民が出たからな……。橋渡しの言語は必要になるのは当然だよな……納得だよ」
数日前、このラッセルに来て感じた孤独感と違和感は、おそらくこの言語の変化も関係しているのだろう。馴染みの無い言葉に囲まれて暮らすという事——それは、異世界に迷い込むようなものだからだ。
「ん? じゃあ、何でウィータは『リングア・フランカ』を勉強してるんだ? 世界中で使われてるんなら、ウィータの故郷でも使われたんだろ?」
ふと、脳裏に浮かんだ疑問を口にすると、本を読みながら少し困ったような表情を浮かべたウィータが、「……ん~」と唸り声を上げた。
「……わたしの村はいなかだったから、まだラティウム語を使ってたんだ。でも、ちょっと村をはなれなくちゃいけない理由があって、みんなで『リングア・フランカ』を勉強してたの」
「理由……?」
「うん。白狼族っていう悪いヤツらにおそわれたの。……
「……っ」
少し疲れたような愛想笑いを浮かべながら。
唐突にそう言ったウィータの言葉に衝撃を受け、オレは息を呑む。
——
天狼族と同じ
やはりオレが眠っていた千年の間に、変わった事は色々あるのだろう。
テメラリアとのラッセル観光でほとんどの事を分かった気になっていたが、まだまだ知るべき事は多いを痛感させられる。
自分達が何を守れて、何を守れなかったのか——。
多分オレがこの時代で知らなくちゃいけないのは、後者なのだろう。
「……悪い、ウィータ。聞いちゃいけないことだった」
無遠慮に聞いてしまった事を猛省する。
ウィータは見たところ、まだ十五にもなっていないような子供だ。文字通り一心同体、これから旅を共にする立場としては、過去を打ち明けて欲しいとは思うが、それはもっと自然に、ウィータの口から話して貰う事だろう。
「シーちゃんならいいよ。いつかは話さなくちゃと思ってたから」
「……」
「……。……お父さんとお母さんの
少し気まずい空気感にオレが黙ると、ウィータが気遣ったように口を開いた。
「……そっか。しっかりした親御さんだな。言語の大事さを分かってる」
「うん。お父さんもお母さんもよく言ってた。『言葉は大事にしなさい』って……『いつかそれが運命になるから』って」
『遺言』——。
何となく分かっていた事だが、やはりウィータの両親は亡くなっているらしい。
オレは彼女の過去についてよく知らないが、現代での天狼族の扱いは酷いと聞く。
ウィータが地下闘技場にいたのも、それなりの事情があってそこにいた事に疑いようの余地はないだろう。
白狼族による迫害から逃げた先で誘拐された事も考えられるし、オレが知らないだけで、もしかしたら魔女狩りと似たような感じで天狼族狩りなんて事も、世界のどこかでは行われているのかもしれない。
悪い想像をすればキリがない程、オレはウィータと天狼族の事について知らないのだ。
「……」
——聞くべきだろうか。一瞬、そんな思考が脳裏を
オレの内心を知ってか知らずか、指南書を読み耽るウィータの横顔はどこか楽し気だ。その横顔を数秒
「——おぉ。勉強とは関心ですね、ウィータちゃん?」
と、正にその時だった。いいタイミングで図書室に入って来た人物の声が、オレの言葉を遮る。視線を向けると、扉の前に立っていたのはカルロだった。
オレ達に何か用でもあるのか、冒険者ギルドの外を指差した彼は「……あー、せっかくお勉強中のところ申し訳ないんですけどねぇ——」と、少し言葉に言い
「——後ろ盾になってくれる議会員に話を通し終わったんで、ちょっと来てくれますかい? 道すがら、少し説明したい事もありますんで……」
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