ケモミミのサーガ

幕間‐暗澹

　——冒険者ギルドのロッジ内部で、シー達の悲鳴が響き渡っていた頃。

　エドモンド商会のロッジ内では、エドモンド・オズワールの怒号が響いていた。

　「まだ例の天狼族は見つからんのか！」

　私室にて怒声を張り上げたエドモンドは、握り拳を机に叩きつける。

　媚（こ）び諂（へつら）う数人の部下たちの顔が怯えで歪む事さえ気にせず、彼は自身の怒りが半ば八つ当たりである事を理解しつつも、苛立ちをぶつけた。

　「天狼族など目立ってしょうがないだろうに……っ！　なぜ貴様らは未だに子供の一人も見つけられんのだっ、無能共め！　製紙ギルドの連中にも大量に手配書を刷らせたのだぞ！　捜索にも大人数を割いているっ……これだけの金と人員を投資していながら、なぜ未だに手掛かりの一つも見つけられん！？」

　「そ、そうは仰られましても……エドモンド様、まだ鳥竜種（ワイバーン）騒動から二日と経っておりません。この広大なラッセルの街中から、目立つ見た目とはいえ、人一人を見つけるには時間が——」

　「——黙れ！！　私は言い訳を聞く為に貴様らを呼びつけた訳ではないぞ！　下らん弁明を並び立てる暇があるならっ、とっととこの小憎たらしいクソガキを見つけて来い……っ！！」

　「……は、はいっ。申し訳ありませんっ、エドモンド様……っ！」

　件の天狼族の少女が描かれた数枚の手配書を部下たちを投げつけ、まるで行き場のない怒りをぶつけるかのように、荒々しく立ち上がるエドモンド。

　逃げるように私室を飛び出して行く部下たちへ向け、彼は言い放った。

　「何としてで見つけて来い……っ！　見つけられなかったら貴様等を魔獣のエサにしてやるから覚悟しておけ！」

　部下たちの足音が聞こえなくなった頃、彼は「くそっ……！」と、行き場の無い怒りをぶつけるように悪態を吐く。

　倒れ込むように椅子に座った彼は、荒くなった呼吸を整えた。

　「——おや、お困りのようだ。何か手伝える事はありますかな、オズワール殿？」

　「……。……はぁ～……ハンスか」

　タイミングを見計らっていたかのように、私室に男の声が響き渡る。

　聞き覚えのある声の登場に憂鬱そうに鼻頭を揉んだエドモンドが振り返ると、そこには西方の山岳部民族に見られるタータン柄の服に、鎖帷子、それと幾つかの簡素な防具を身に着けた兵士に似た格好の男である。

　乱雑に整えられた髪と、拘りの強そうな髭が特徴的だ。

　——彼の名はハンス・シュミット。

　西方山岳部の戦闘部族ハイランダー出身の戦士であり、エドモンドが金で雇っていた（・・・・・）傭兵団シャーウッドを纏め上げる団長である。

　「……白々しい奴め。手伝えるも何もない……これは貴様等から買ったあの天狼族の小娘がしでかした損失だぞ。こんな所で私に絡む暇があるなら、とっととあのクソガキを捕まえに行って欲しい位だ。……勿論、無償（・・）でな」

　「おいおいオズワール殿！　それは良くない。俺たちは『傭兵（・・）』だ。有志で働く傭兵なんていないさ？　傭兵（おれたち）が仕事を受けるか受けないかは、常に金次第だ。……それに、アンタとの契約はもう切れてる」

　「……分かっている。だから、とっとと失せろと言っているのだ。貴様等のような死に損ないの無能に払う金など無い。私の視界から消えろ、二十年戦争の亡霊め……！」

　激昂した様子で言い連ねられた事に対し、ハンスはニヤケ面で肩を竦めた。

　どこ吹く風といった彼の態度に腹が立つも、相手は傭兵……しかも、ほんの十年程の前に終わった二十年戦争と呼ばれる大戦争を生き残った腕利きの傭兵である。

　下手に掴み掛かろうものなら、落ち目の商人の首などいつ飛んでもおかしくはない。

　「まぁまぁ、そう言わないでくれ。俺も少しは悪いと思ってるんだ。まさか出先で魔獣と一緒に捕まえた天狼族のガキが、こんな大事（おおごと）をしでかすなんてな？」

　「……」

　「勿論、買ったのはアンタだが……それでも、売ったのは俺達だ。そこでどうだろう？　あのガキに掛けてるスヴェリエ大金貨の他に、大金貨を七枚追加で俺達をもう一回雇わないか？　勿論、即金で！」

　「……ほぅ。悪名に名高いシャーウッド傭兵団が、たったスヴェリエ大金貨十枚で引き受けるというのか？　……随分と破格だな。裏がありそうだ」

　エドモンドが皮肉交じりにそう言うと、ハンスは「はははっ」と軽薄に笑った。

　「俺たちは善良な傭兵さ？　そんな事は無いから安心してくれ。俺たちはただ、世間が平和になっちまって食い扶持に困ってるだけなんだよ。俺達を継続して（・・・・・・・）雇ってくれるなら（・・・・・・・・）、スヴェリエ大金貨十枚で十分過ぎる位さ！」

　「……。……ちぃ。それが狙いか……だから嫌なんだ、傭兵という連中は」

　二十年戦争が終わってからというもの、世間はすっかり厭戦（えんせん）ムードが漂っている。どこの国も戦争をしたくないのだろう。

　つまり、彼ら傭兵には仕事が無いのだ。だから、こうして金をせびりに来ている。

　——『俺達を継続して雇ってくれるなら』という部分を強調して言ったのも、今後の活動の為の資金欲しさ故だろう。非常に面倒な事だが、断ってもハンスはしつこく交渉して来るはずだ。

　なにせ……今後の生活がかかっているのだから。

　「……はぁ～、分かった。雇ってやる」と。

　数秒の逡巡（しゅんじゅん）の後、諦め気味にエドモンドは溜息を吐いた。

　「……だが、例の天狼族の事はいい。お前たちは別件で動け」

　「別件？」

　「議長（ディルムッド）の奴が何やら企んでいるらしくてな。私の派閥（商会派閥）に属する職人にやたらと仕事を回しているのだ。大方、商会派閥（こちら）の職人たちを職人派閥に抱きこんで、議会での私の発言権を削ぐ算段だろう」

　「ハハッ、あの腹黒議長さんか！　なかなか切れ者だぜ、アイツは？　少なくとも議会のタヌキジジイよりは頭が切れる」

　「……」

　軽薄に笑ったハンスは、面白そうに肩を竦めた。

　不快そうに眉を潜めたエドモンドだったが、ちぃ、と小さく舌打ちを一つして言葉を続けた。

　「……お前たちは、ディルムッド達を妨害しろ（・・・・）。奴ら、いま必死になって魔獣やら何やらの素材収拾に躍起になっている。おそらく、今度の生誕祭で何かをするつもりだろう」

　「へぇ？　殺してもいいのかい？」

　「……ダメだ。目立つな。私は今、非常に不味い立場にいる。これ以上の騒ぎ立ては致命的だ。ある程度（・・・・）までなら構わんが……絶対にバレないようにやれ」

　「OK——なら、ある程度（・・・・）までは痛めつけよう！　期待していてくれよ、オズワール殿？」

　調子よく両腕を広げたハンスは、何かを期待するようにエドモンドを見る。

　まるでお菓子を待つ子供のようにも見えるその態度を見て、エドモンドは苛立たし気に溜息を吐くが、仕方ないとばかりに机の前に手を翳（かざ）した。

　すると、次の瞬間。青い光——霊力（マナ）の光が彼の手から溢れた。

　その光が次第に黄金色の淡い光に変改して行き、すぐにスヴェリエ大金貨の形へと収束して行く。ジャラジャラ、と。次々にエドモンドの手から現れたスヴェリエ大金貨が机の上に転がった。

　「おぉ～……こいつが『奇跡』ってヤツか！　本物の金貨より純金に近いんじゃないのかよっ、これ！？」

　「……もういいだろ。とっとと失せろ、クズめ……！」

　「あぁ、勿論。いただく物はちゃんといただいた……ちゃんと失せるさ？」

　おどけたようにポーズを取ったハンス。

　机に散らばった大金貨を集めると、大事そうにそれを抱えて私室を後にした。

　一人になったエドモンドは忌々しそう舌打ちをすると、行き場を失くした鬱憤と苛立ちをぶつけるように、ある場所へと目を向ける。

　「くそっ、ミーダスとの契約（・・）さえ無ければ……！」

　その恨めし気な視線は、窓の外にある白亜の塔に向いていた——。

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　余程に件（くだん）の天狼族を捕まえる事に躍起になっているのだろう。

　エドモンドの私室を出たハンス達が歩く廊下には、指名手配中の天狼族の少女がデカデカと描かれた手配書が散らばっている。

　おそらくは商会内部の誰かが、運んでいた紙束を落とした際のものだろうが、片付けられずにそのままなところを見るに、どうやらエドモンドを始めとした商会の上の連中は、今回の鳥竜種（ワイバーン）騒動をかなり重く受け止めているようだ。

　「本当にいい金づるになりそうだなぁ、オズワール殿は？」

　——だが、だからこそそこに金を稼ぐ大きなチャンスが生まれる、と。

　指先でスヴェリエ大金貨の一枚を弄びながら、ハンスは邪悪にほくそ笑んだ。

　「おぉ、結構な量の金貨っスねぇ、団長……！」

　「分け前は公平で頼んますよ～？」

　「金の切れ目が、縁の切れ目って言う位だ……独り占めなんてケチな真似はしないさ。安心しろ……金の分配だけは公平にするのが団のルールだ」

　——団長の俺がそれを破ったら、示しがつかないだろ？　と。

　廊下で待っていた部下たちに不敵な笑みを浮かべたハンスは、彼らにスヴェリエ大金貨を持たせた。チリン……と、一枚だけ持った大金貨の親指で弾き、落ちて来た大金貨をキャッチする。

　「それより——」と言葉を続け、ハンスは部下たちに問い掛けた。

　「——副団長（マックス）には連絡行ってるんだろうな？　これから人間狩り（マンハント）だって時に、アイツいつまで油売ってんだ？」

　「さぁ？　まぁ、副団長のことですし……小金欲しさに何かやってんでしょ。例のガキをオズワールの旦那に売りつけたのも副団長ですし……。ほら？　あの人、お金が一番好きだから」

　「へへっ……確かにな。まぁ、いいさ——ここに大金があるって分かったら、すぐにスッとんで来るだろ」

　喉を鳴らすように笑ったハンスは、指先で弄んでいたスヴェリエ大金貨の親指で弾き部下の方へと飛ばす。「おっと……っ」と部下が金貨をキャッチすると、ハンスは床に散らばった手配書の一枚を拾った。

　「しっかし——まさか……出先で拾った天狼族のガキが十枚のスヴェリエ大金貨に化けるとはなぁ～……世の中、何が金になるか分からないもんだ……」

　まるでプレゼントの入った箱を開ける前の子供のように、どこかウキウキした声音で言葉を続けたハンスは、薄っすらと目を細めながら呟いた。

　「名前はたしか……ウィータ（・・・・）、だったか？」

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※後書き

次回から第三章・ギルド間闘争編‐前編が始まります。