第15話‐特別試験合格……?

※前書き

前半部はシー視点、後半部はテメラリア視点です。

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 既に時刻は夕暮れ時を過ぎた頃。

 特別試験を終え、旧兵舎からの長い帰路から戻って来たオレ達は、現在、冒険者ギルドの拠点ロッジ内の応接室にいる。中には豪奢な調度品やインテリアが幾つか置いてあり、案外、冒険者稼業が稼げている事が伺えた。

 大きな一人掛けソファに座るジャン。

 長テーブルを挟んで、彼と相対するように同じく一人掛けソファに座るウィータは、何故かオレを膝の上に乗せて肉球をぷにぷにしている……。正直やめて欲しいのだが、ジャンとの世間話に意識を割かれ注意が出来ない。


 「——ほぅ? つまり、貴様が『四大英雄のサーガ』に出て来る変身の大精霊シー本人……小娘はその契約者だと?」

 「あぁ、そう言う事だ。昨日のワイバーン騒動の時に成り行きで契約しちまってな? 事情は話せないが、ワケ有ってこれから旅に出なきゃならない。悪いな」

 「構わん。詮索はしない。貴様等にのっぴきならない事情があるのは、通行証目的で冒険者登録に来た事も含めて理解している。……なにせ、こんな手配書が発行される位だからな?」

 「「……」」


 オレ達をからかうように指で摘まんだ例の手配書をペラペラと振るジャン。ヤケに見覚えのあるそれを見て、オレとウィータは苦虫を噛み潰したような表情で固まる。

 そして、「うぉっほん……っ」と。

 その手配書に関する事で確認しなければならない事を思い出したオレは、話題を変える為に咳払いを一つ。「あー、一つ弁明しておきたいんだが——」と口を開く。


 「——昨日のワイバーン騒動に関しては、誓ってオレ達は無実だって事は覚えておいてくれよ? オレ達だって、そんな手配書もん作られて困ってるんだ」


 こくりこくり! と。オレの言葉に同意したウィータが頷く。


 ——そう。それこそが、オレ達が最優先で確認しなければならない事。


 ジャン達は間違いなくオレ達の正体を知っている。

 ならば何故、オレ達の正体を知っていながら特別試験なんてものを行ったのだろうか? 彼らが修道騎士会を起源とした組織である事は知っている。もしかしたら純粋な善意でオレ達を助けてくれた可能性もあるが、失礼ながらそうは見えない。


 おそらくだが、彼らにはオレ達を助けた何らかの打算的な目的がある筈である。


 「あぁ、その点に関しては安心するがいい」


 そんなオレの内心を察したように、ジャンはそう言った。


 「貴様らに非がない事は諸事情で重々承知している。昨晩の鳥竜種ワイバーン騒動に関しても、あの鳥竜種ワイバーンの出所が地下の闘技場である事もな」

 「……! ……おいおい。そこまで知ってるなら、何でオレ達を合格にしたんだ? 自分から厄介事に首を突っ込むようなもんだろ?」

 「……まぁ、こっちにも事情があってな。色々理由があるんだ」

 「「理由……??」」

 「あぁ、そうだ」


 オレの問い掛けに溜息交じりでそう言ったジャン。

 何か突かれたくない部分を突いてしまったのか、悩みの種が発芽したように、目頭を押さえた彼は、「はぁ~……まぁ、今この場で話してもいいのだがな」と、大きく溜息を吐いた。


 「——この件に関しては後日にしよう。……ちょうど・・・・来たところだ・・・・・・

 「「……?」」


 その時だった。応接室の扉を開けて二人の人物が入って来る。

 扉の開く音に釣られて振り向くと、カルロと、ギルドカウンターで受付嬢をやっていた無表情がトレードマークの女性——フィーネがそこに立っていた。

 おそらくはウィータの冒険者登録が終わったのだろう。

 ——随分と時間が掛かっていたが、何か問題でもあったのだろうか?


 「ご歓談のところすいませんねぇ……ウィータちゃんの冒険者登録が終わりましたんで、装身具ブローチを渡してもいいですかい?」

 「「……!」」


 カルロがそう言って後ろに控えていたフィーネに視線を合図すると、その手に小さな小箱を持った彼女が前に出て来る。

 小箱の中には『善悪を謀る正義の天秤ユースティア・エンブレム』が刻まれた小さな装身具ブローチが入っており、すぐに、あれこそが冒険者として認められた事を証明する万能登録証なのだという事が伺えた。


 待ちに待った登録証の授与という事で、反射的に眉頭を上げたオレ達。

 当のウィータはウキウキしているのか、オレの肉球ぷにぷにを止め、ソファを立ち上がる。落ち着きなく動く尻尾が、彼女の内心のワクワクを表していた。


 「本当は自分と同じDランクに認定したいところなんですがねぇ……ポっと出の新人にランクを追い越されることを嫌がる冒険者もいる手前、その一つ下のEランクスタートになるんですが、大丈夫ですかい?」

 「だいじょーぶ! すぐ上げるから! ね? シーちゃん!」

 「おう! 当ったりめぇよ!」

 「ははは、そりゃぁ頼もしい限りでさ」


 冒険者になれた事が余程に嬉しかったのだろう。

 満面の笑みを浮かべるウィータの言葉に、オレは前足を上げた。


 「細々こまごまとしたギルドの規定は後で説明する。今日は流石に疲れたであろうからな……善なる証ユースティア・ブローチだけ渡しておこう」


 善なる証ユースティア・ブローチ——おそらくはフィーネが持っている冒険者の登録証の正式名称だろう。ジャンの目配せにより、ウィータの前に立ったフィーネが、小箱の中から善なる証ユースティア・ブローチを取り出した。


 「これも『善悪の天秤』と同じで、持つ者の心を測る恩恵となっています。女神ユースティアの御告げに背くような事があれば、自動的に消滅して冒険者資格が剥奪されますので、お気を付け下さい」


 そう言い含めたフィーネは、「では……どこにつけますか?」、と。

 どうやら服にピン留めするタイプらしく、彼女はウィータに聞いて来た。


 「えと、えと……じゃあ、ここで!」


 自身の体のあちこちを見回したウィータは、結局、自分の左胸の辺りを指差した。

 迷ったにしては無難な位置だが、格好をつけて変な位置を飾り付けるよりはマシだろう。戦いの中で邪魔になるかもしれない。

 「分かりました」と、短く言ったフィーネはブローチを手に取って前屈みの体勢になった。どうやらつけてくれるらしい。


 「——では、冒険者登録おめでとうございます……ウィータ様」

 「……!」


 こういう格式ばった儀礼は初めてなのだろう。

 気分が良くなったのか、少し口元を緩ませピンと背筋を張るウィータ。

 ケモミミと尻尾を忙しなく動かす彼女の胸へ、善なる証ユースティア・ブローチが飾りつけされ……ようとして・・・・・——ばさっ! と。


 「「え?」」

 「あー、どうやら本当に指名手配中の天狼族の少女に間違いないようですねー」


 ウィータのケモミミを隠していたフードをフィーネが取ってしまい、その下の髪の毛が露わになる。勿論、幻惑の尾飾りにより髪色は灰色だが……何故かフィーネは、わざとらしい口調でウィータが天狼族である事を言い当てていた。


 「「え、え、え?」」

 「……試験を合格したとはいえ、流石に指名手配犯を当ギルド内で雇用する訳にはいきませんね……どうしましょう? ギルマス、サブマス?」

 「うぅむ、それは困ったなぁ~? 手配書が取り下げられれば、何とかなるのだが……カルロ? 何かいい案はあるか?」

 「……おい、コラ、何言ってんだ? オマエ、オレらの正体知ってるだろ」


 フィーネの相談に、ジャンも同様にわざとらしい口調でそう答える。

 オレは思わず額をピクリとさせ、怒りを滲ませた。未だに状況が把握できていないのか、ウィータは頭上にはてなマークを浮かべて固まっている。


 「手配書はたしか議会が発行したものでしょう? それも不備があるのだとか何とか……。何か、裏があるようですからねぇ……後ろ盾になってくれる議会員でもいれば、手配書を取り下げて貰えるんじゃないかと思いますぜ」

 「ほぅ! それはいいな! ちょうどいい心当たりが俺にはあるぞ! いやぁ~、良かった! 良かった! ガッハッハ!」


 芝居がかった口調で話を進めて行く三人組。

 フィーネまでもがニッコリと満面を笑みで会話をしているところを見るに、どうやらこのトリオ、完璧にグルである。何が目的かは分からないが、この手のノリで迫って来る輩は大抵たいていロクでもない事を企んでいると相場が決まっているのだ。


 「——という訳で、だ! これから少し後ろ盾になってくれそうな議会員に話を通しに行こうと思う。今日は特別試験で疲れたであろう? この建物ロッジ内に寝泊まりするといい」

 「他の冒険者には、もう話を通してありますんで……。後ろ盾が得られるまでは軟禁のようになりますが……ギルド内の施設なら、自由に使ってくれて構いませんぜ?」

 「……他の冒険者に話通してるって——あっ、まさか! だから手続きに時間掛かってたのか! オマエらウィータの正体バラしやがったろ!?」

 「え゛っ」


 やたらと手続きに時間を掛けているとは思っていたが、どうやら他の冒険者連中に、ウィータの正体をバラしていたらしい。驚いたウィータが、ダラダラと冷や汗を流し始め、焦ったように俯いた。


 「さてさて——」「——何の事か分かりませんねぇ?」

 「ぐぬぬぬぬぬぬ……何が目的だっ、オマエら!」


 白を切るジャンとカルロ。オレは全身の毛を逆立てて「がるるるるるぅ~……っ!」と、まんま狼さながらに低く唸り声を上げて威嚇する。


 「ね、ねぇ……?」


 ふと。ゆっくりと顔を上げたウィータが口元を引き攣らせた。

 彼女の呼び掛けに、ジャンたち三人が反応する。プルプルと震える指で正義の証ユースティア・ブローチを指差したウィータは、不安気な声音で問い掛けた。


 「その正義の証ブローチ……ホントに、くれるん……だよね?」

 「「「……」」」


 その問い掛けに、何故か三人はニッコリと笑った。不気味なその笑みに薄ら寒い何かを感じたオレは、ウィータと共に口元を引き攣らせる。

 三人を代表するように、不意に無表情へと戻ったフィーネが口を開いた。


 「——ダメです」

 「「なんでぇ!?」」


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 『……ケケッ、ほら見ろお前ら? 俺様の見立ては正しかったろ?』


 藍の色が濃くなり始めた上空から見下ろすラッセルの街並みは、霊石灯マナ・ランプの少し頼りない灯が彩っている。テメラリアが視線を向ける冒険者ギルドのロッジもそれは変わりなかった。


 『霊体アニマの大きさや色だけじゃ分からねェ強さがある。間違いない——嬢ちゃんは本物だ・・・・・・・・

 『まだわからないよー』

 『やっぱり、ほかのけいやくしゃこうほのほうがいいとおもうー』

 『あのこよりつよいけいやくしゃこうほ、いっぱいいたー』


 テメラリアと共に冒険者ギルドのロッジを見下ろす精霊達。

 掴みどころの無い口調と変化の分からないその表情のせいで、感情の読み取り辛い彼らだが、今の彼らには何故か、どことなくテメラリアを責める空気があった。


 『……おいおい、全員で話し合って決めた事だろ? ——“シーの契約者は・・・・・・・嬢ちゃんにする・・・・・・・”ってな。もうアイツらの契約を手引きしちまったんだ……今さら後悔するなよ』


 溜息交じりに言ったテメラリアは、少し呆れたように言葉を続けた。


 そう——。種明かしをするのであれば。

 シーとウィータの契約は単なる偶然ではなく、仕組まれたものである・・・・・・・・・・

 彼らが出会いやすいようにシーの目覚める場所を調整したり、シーを自然な流れで地下闘技場に連れて行ったり……と。やった事と言えばその程度ではあるが、彼らの契約が偶然ではない事の証明としては十分過ぎるだろう。


 ——他でもない。

 彼らの契約は、テメラリアを中心とした精霊達の手によって手引きされた……『計画的な精霊契約』である。


 『……どの道、他の契約者候補はウルの眷属が見張ってる。のこのこシーに契約なんて行かせたら、待ち伏せされて返り討ち……そのままシーは消滅まっしぐらだ。何らかの形での妥協は必要だったさ……』

 『『『……』』』


 その言葉に共感してしまった部分があるのだろう。少し言葉に詰まったように黙った精霊たち。そんな彼らを見て、テメラリアは大きく溜め息を吐いた。


 『……まァ、私情を挟んでるのは認める。嬢ちゃんを推薦したのはオレだからな。実際、嬢ちゃんより優れた契約者候補は幾らでもいた。でも——分かるだろ・・・・・? あのまま救いが無いのは、嬢ちゃんがあまりにも不憫だ』

 『『『……』』』

 『一人目の生還者・・・・・・・は変わっちまった。三人目はもう現れないだろう。だから、嬢ちゃんが最後の生還者だ。俺様たちは母なる大いなる精霊グラン・ルヴナンの代行者であり、世界の秩序と恒常の担い手たる精霊だ——なら、その世界の為に戦った大英雄であるベオウルフの偉業に報いる義務がある』


 先程までの軽い空気を崩し、強い語調で精霊達を諭すテメラリア。

 まるで懺悔するように語られるその言葉に、思い当たることがあったのか、精霊達の表情が暗く沈んで行く。


 『千年、千年だ。千年間……俺様たち精霊は見ている事しか出来なかった。人間たちの事なんて精霊である俺様たちにとっちゃ関係ねェ事かもしれねぇが……それでも・・・・、だよ。報いがなくちゃいけねェ……』


 “だから、せめて——”、と。テメラリアは言葉を続ける。


 『——何もしなかった罪滅ぼしくらいは、しなければ駄目だ』


 自分に言い聞かせるかのような物言いである。一拍の間を置いて、テメラリアはまるで神に赦しを乞う罪人のように表情を曇らせると、精霊達にも言い含めた。


 『……お前らも準備しておけ。嬢ちゃんとシーの契約を手引きするのに、少し派手に動き過ぎた。おそらく……この都市にウルが来る・・・・・・・・・・。シーを殺す為に、相当の眷属こまを用意して来るだろう』

 『『『……』』』


 無言で頷きどこかに消えて行く精霊達。

 テメラリアは彼らから視線を移し、シー達の歩いて行った方角に向け呟いた。


 『……本当に——本当に頑張れよ、シー。嬢ちゃんは多分……ワケありだぜ・・・・・・


 テメラリアの脳裏に浮かぶのは、初めてウィータを見た時の記憶である。


 人倫大陸ロディニアの北方・デネ帝国領。

 エースヴィア地方のワーデン湖にある『干潟の扉』。


 その扉の前で、狂ったように泣き叫ぶ痩せ細ったウィータの姿を覚えている。

 血だらけの身体、ボロボロの手で干潟の砂泥を鷲掴みにしては、嘲笑うように立つ『干潟の扉』へ向けて力いっぱいに砂泥を投げつけているウィータは、何度も、何度も、何度も——。

 何度も・・・……こう叫んでいた。


 ——“返せっ、みんなを返せっ……!”、と。

_____________________________________

※後書き

『第二章・冒険者ギルド登録編』は終了となります。

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