第14話‐戦いの天才・後編

※前書き

一話にまとめると一万文字を超えてしまうので、前後編に分けます。

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 「決めに行くぞっ! ウィータ!!」

 「あいさぁー!!」


 ここが決め時だ、と。オレの直感が告げていた。

 次の瞬間、霊体アニマを通じて頭の中に伝わって来たウィータのイメージ。

 その姿は——、だった。すぐさまオレは濃い霧へと変身する。


 「目晦めくらましのつもりかっ、小娘! 俺には効かんぞ!」


 一瞬にして濃い霧が充満した訓練場内。

 視界すら定まらない空間の奥から、ジャンの声が聞こえて来る。そのまま受け取ると負け惜しみに聞こえかねない台詞だが、おそらく彼の言葉に嘘は無いだろう。


 何故ならジャンは獣人種。

 そして。獣人種は皆、すべからく五感が優れているからだ。


 訓練場内に鳴り響くウィータの足音を利用して、間違いなくジャンはこちら側の正確な位置を割り出している事だろう。勿論、それは裏を返せばこちらの次の一手を警戒しているという事でもある。

 いつの間にやら、如何なる攻撃が来ようとも対応できるように、ジャンは片手には、大盾カイト・シールドが握られていた。


 「——【胡乱うろんなる影、愚鈍ぐどんなる光。の目の狭間はざまで、流浪るろうわし聖火せいかを浴びた】」

 「「——っ!?」」


 ——だが、しかし……! だからこそ、後手に回ったのは悪手だぜ? と。

 オレは内心でほくそ笑んだ。


 「魔法かっ!!」

 「ちょっ、こんな狭い所で魔法とか止めてくださいって!!?」


 霧の向こう側から聞こえた魔法の詠唱文を聞き、これまでで最大の驚愕を声に乗せてジャンが叫ぶ。……カルロが焦った様子で制止を促して来るが、当然、ウィータはコレを無視。


 「させんぞ!!」


 間を置かず、バタン! と。

 カルロが訓練場内から飛び出して行く扉の音が響くが、そんな事はどうでもいいとばかりに、ジャンは魔法の発動前にウィータを仕留めんと、足音を頼りにこちらへ突撃して来る。


 『『『『『ゴゲェェェェェェ~~~~~ンっっ!!』』』』』

 「ぐぬぅ!?」


 勿論、そう来るのはオレもウィータも分かっている。


 彼の行動を読み、そうはさせぬとばかりにウィータが打った手は、十数体はいようかというギュスターブの大群だった。

 足止めと、それと足音の攪乱かくらん。そして、ギュスターヴの視野を通して、この霧の中にいるジャンの正確な位置の把握も兼ねてである。

 憎々し気にギュスターブ達を睨むジャンは、大盾カイト・シールドを利用した体当たりでギュスターブ達を屠りながら、ウィータを探した。


 「【死者のべよ、焦げ果てた羽の一片、老いたその羽こそが最上さいじょうまき】」

 「おのれ、おのれ、おのれぇ~……!!」


 見つからない、見つけられない、早く見つけなければ、と。

 叫び声からでも読み取れる程にジャンには焦りが募っている。

 そんな彼を嘲笑うように、詠唱文は加速して行った。


 「【く燃えがらより飛べ、火をもって爆ぜよ、鳥葬ちょうそうの送り火】——っ!」

 「おのれぇぇぇぇぇ~~~~~~っっ!?」


 そして、詠唱文が完成する。


 同時に自身の後方で輝いた緋色の輝きを見て、ジャンは嘆きの叫び声を上げた。

 だが、それもそのはずだ。

 弾かれたように振り向いた彼の視界に映るもの——ボンヤリとした霧の向こうにあったそれは、鳥のような形をした炎の塊だったのだから。


 そう——ウィータが選択したのは、広範囲火炎魔法・・・・・・・


 ジャン・フローベルという一人の達人に最大の敬意を払ったが故の、魔法の選択チョイス

 ——避けられる事の無いよう……渾身の霊力マナを込めた必殺の一撃!


 「——【炉に焼べた鷲羽の送り火エルプティオ・アクイラ】……っっ!」


 燃え盛る鷲に照らされた訓練場内で、ウィータの声が響く。

 その一瞬、霧の中で驚きの表情を浮かべていたジャンは、不意に「フッ」——と。

 何かを悟ったように笑みを浮かべた。


 「認めよう……天狼族のウィータ。貴様は——強い・・……っ!!」


 自身目掛けて飛んで来た炎の鷲が直撃する瞬間、ジャンはウィータを讃えた。

 しかし、すぐにその言葉は爆発音に掻き消されてしまう。

 炎の奔流がギュスターブ達ごとジャンを呑み込み、訓練場内を熱波で満たす。

 爆風で消滅したシーによる霧の代わりに、チリチリと焦げた臭いと煙が充満した。


 「……」


 数秒の静寂。その中で、ポツリ、と。


 「……ガッハッハ! 間合いの見切り、縦の回転斬り、俺の体捌き、剣術、槍術、体術……あぁ、まったく——たった小一時間の戦いで、どれだけ俺の技を盗んだのだ、小娘め! 驚嘆に値する観察眼だな! 笑いが止まらん!」


 ジャン・フローベルは立っていた。


 「急激に身体能力が向上したのは……あぁ、そうか——霊体アニマの力か! なるほどっ、噂に違わぬデタラメっぷりだなっ! 天狼族の成長能力というものは!」


 ボロボロに砕けた大盾カイト・シールド

 ジャンの全身を覆う獣毛は焦げている個所が少しあるが、彼の豪快な笑い声から察するに、どうやら彼自身はほぼ無傷に近いらしい。凄まじい頑丈さタフネスだ。

 周囲を見渡しながら、ウィータの姿を探すジャンはおもむろに武器を斧槍ハルバードへと変える。しかし、周囲には凄惨な訓練場内の光景が広がるばかりで、人っ子一人見当たらない。


 「——だが……最も特筆すべきは、貴様の契約精霊と戦闘知能の高さだな?」


 そう言ったジャンは、唐突に自らの足元の地面へと斧槍ハルバードを突き立てた。

 そして、カァン・・・! と。

 斧槍ハルバードが突き立てられた音と同時に、まるで金属同士がぶつかり合ったような甲高い音が鳴り響いた。


 「……そん、な……っ」


 足元から聞こえた声はウィータのものだった。

 そこに姿はない。しかし、そこに何か・・がいる事だけは、ジャンはしっかりと感じ取っている。その何か・・は、心底から驚いた空気を漂わせながら後ろへ飛び跳ねた。


 すると——ハラリ、と。

 ウィータを覆っていた透明マント・・・・・が落ち、彼女の姿が露わになる。

 驚きに表情で固まった彼女の右手に握られていたのは、古めかしいデザインの鎚鉾メイスだった。


 「ほぅ……透明になる魔道具か何かか、それは? そんな物をどこにしまっていたのやら……いや、それもその精霊の力なのか? 全く……本当にメチャクチャな力だな」

 「なん、で……今の不意打ちが分かったの……?」

 「む? あぁ……そういう事か。貴様も獣人なら分かるだろう?」


 そう言って、ジャンは自らの鼻をツンツンと指で叩く。そのジェスチャーでピンと来たオレは思わず叫んでいた。


 「鼻……。っ! ニオイ・・・か!」

 「そういう事だ……言ったであろう? 俺には効かんぞ・・・・・・・、とな?」

 「「~~……っ!」」


 答え合わせが終わり、自らの作戦が失敗した事を理解したオレ達は心底悔し気に表情を歪めた。

 ——そう。相手は獣人。耳も良いなら、鼻も効く。

 五感に優れた獣人相手に不意打ちの成功率は低い……だからこその陽動作戦だったというのに……。


 「スピードでは既に貴様の方が勝っていたようだったからな……機動力を奪えば後はどうにでもなると考えるのは当然だ。途中からやたらと俺の目を狙ってきたのは、本命の足への攻撃……下からの攻撃・・・・・・を意識させない為だったのだろう?」

 「っ……そこまで、分かってたの……?」

 「まぁな。実際、見事であったぞ? その攻撃個所のミスリードは勿論、霧と魔獣による陽動……あの派手な魔法を選択したのも、俺に魔法を警戒させ、少しでも不意打ちの成功率を上げる為——違うか?」

 「「~~っ——……!!」」


 ジャンの言う通りである。

 ——ウィータが狙っていた決定打となる必殺の一撃は、魔法ではなく、足への不意打ちだ。


 その為に彼女は、途中から目への攻撃を織り交ぜ、上段への攻撃を意識させるだけではなく、派手な魔法で注意を引き、透明マントで隠密性を高めた下からの不意打ちの成功率をこれでもかと高めていた。

 霊体アニマを通じて、大体は彼女の思惑を理解していたオレだったが……正直、ジャンがコレを完璧に見抜き対応してきた事が驚きでしかない。


 ——どうやら、オレ達は少しジャン・フローベルという男を侮っていたようだ。


 「っ! シーちゃん!」

 「あぁ……分かってる!」


 ハっ! と、思い出したようにウィータはオレへと呼び掛けた。

 そうだ。呆けている暇など無い。こちらにも譲れない目的があるのだから。

 先手を打たなければと身構えた彼女に呼応し、オレも戦闘態勢に入る。


 「……あ、れ……?」


 だが……ふっ——、と。

 唐突に膝からくずおれたウィータは、地面に手を突いて四つん這いの体勢になった。その顔には油汗が滲んでおり、色も青白い。

 見るからに全身に力が入っておらず、立ち上がれないといった様子だ。


 「……すまん……ウィータ——霊力マナ切れだ……」


 過度な霊力マナの使用による一時的な肉体の脱力——つまり、霊力マナ切れだ。

 これでは変身が出来ない。とうとう今の変身状態を維持する為に必要なウィータの霊力マナも底を尽き、鎚鉾メイスから小さな狼の姿へとオレは戻ってしまう。


 「さて——そちらも限界のようだ。そろそろ・・・・終わりに・・・・するとしよう・・・・・・

 「「……っ!!」」


 斧槍ハルバードを肩に担いだジャンが首をコキコキと鳴らしながらこちらに歩いて来る。……間違いない。決着をつける気だ。

 オレ達は何とか抵抗しようとするも、霊力マナ切れではどうにもならない。

 ほんの数秒でジャンが目の前に立ち、巨大な影がオレ達を覆う。


 ——もう駄目だ。倒される。

 もはや成す術なく次に来るであろう一撃を予測したオレ達は、咄嗟に目を瞑った。


 「「……え?」」


 ポン、と。

 二人に頭に振り下ろされた——否、置かれたのは斧槍ハルバードによる一撃では無く、ジャン・フローベルのモフモフした大きな手だった。

 訳が分からず顔を上げたオレ達。

 その眼に映ったのは、満面の笑みを浮かべたジャンである。


 彼は大変満足いった様子で、こう告げるのだった。


 「——合格・・だっ……ようこそ、冒険者ギルドへ!!」

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※後書き

魔法の詠唱文を考えている時が一番楽しいのは、自分だけでしょうか……? もし、自分の他にも好きな方がいらっしゃいましたら、コメント頂けると嬉しいです!

今話に登場した魔法【炉に焼べた鷲羽の送り火エルプティオ・アクイラ】の詳細を【ケモペディア‐魔法‐古代魔法一覧】の項目に掲載しておりますので、もし気になる方がいらっしゃいましたらご覧ください。

こちらが【ケモペディア‐魔法‐古代魔法一覧】のURLです→https://kakuyomu.jp/works/16817330669418776735/episodes/16817330669439465357

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