第13話‐戦いの天才・前編

※前書き

一話にまとめると少し長いので、前後編に分けます。

前回はカルロとウィータ視点でしたが、今回からシー視点に戻ります。

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 (——ははっ。これは流石に予想外と言わざるを得ないな……っ!)


 ウィータの特別試験が始まってから既に三十分以上。

 彼女の隣で戦いを見守るオレは、眼前に広がる光景を信じられずにいた。


 「——フゥゥゥゥ……っ」


 体勢を低く構え、気合タップリに呼気を吐いたウィータが、猛獣染みた眼光をギロリと覗かせている。そのかたわららでオレは、その変身体であり分身体でもある四体のギュスターブ達を近くに置いていた。


 「……シーちゃんっ、<足場><小型弩弓スコルピウス>! あとは突撃!」

 「よっしゃぁっ、任しとけぇ!!」

 『『『『ゴゲェェェェェ——ッッ!!』』』』


 ウィータが叫ぶと同時、四体のギュスターブ達がジャンへと一斉に突撃する。そしてオレは、小型弩弓スコルピウス——クロスボウに似た形状をしている小型の弩弓バリスタへと変身する。


 同時に、突如として空中に現れた複数のレンガブロックが自由落下を始める——と、ウィータは、次々と現れるそれらへ器用に跳び移って行った。

 そのままギュスターブ達との連携で出来た隙を狙い澄ますように、空中というアドバンテージを利用した小型弩弓スコルピウスの射撃によって、じわりじわりとジャンを追い詰めて行く。


 (……距離を取ったか。まぁ、そりゃ近接戦を避けるか)


 獣人ゆえか——。若干、猪突猛進的な部分があるウィータだが、流石さすがに先程の攻防で近接戦闘での自身の不利を理解したのだろう。


 彼女が持つ小型弩弓スコルピウスは、その考えに適した武器だ。

 発射したそばからオレが矢弾へと変身し、絶え間なく次弾が装填されている為か、下手なクロスボウよりも連射性能が高いのである。自身の契約精霊の能力を上手く利用し、装填時間の長さという欠点を見事に克服していると言えるだろう。


 ——普通の相手ならば、これ程やり辛いものは無い。

 しかし。少し見ただけだが……分かる・・・。このジャン・フローベルという男は、それを許してくれるほど甘い相手ではないと。


 千年前の英雄達に比べれば経験の浅さが目立つが、才能と技術はピカイチ……。

 平和な時代ゆえの妥当な強さなのだろうが、それでもジャンは間違いなく、ウィータ以上の研鑽を積み、技術を学び、自身で考え、長い時間を自らの洗練に費やして来た『戦士』である事に違いはない。


 「あまり図に乗られるのも気分が良いものでは無いな!」


 そんなオレの賞賛を的中したのか、そう言ったジャンはトポスの布手袋から二つの武具を取り出した。大盾カイト・シールド斧槍ハルバードである。

 いかにも重戦士といった戦闘スタイル。

 だが——そのスピードは勿論、重戦士のそれではない。


 獣の特徴を人体に受け継いだ獣人種の中においても、ジャンの種族である原獣種ベオルヘジンは、一際パワーとスピードに優れた種族だ。


 ジャンはその持ち前のパワーとスピードを活かし、飛来する矢弾を大盾カイト・シールドで弾き返すと、ギュスターブ達の攻撃を当り前のようにしのいでは、返す斧槍ハルバードの一撃で次々とほふって行く。


 その結果、『『『『ゴゲゴゲェ~~ン……』』』』と。

 ものの数秒でギュスターブ達が断末魔を上げながら消える事となり、状況はジャンvsウィータの一騎打ちへと戻されてしまった。


 「どうした小娘っ、いきなり距離など取りおってからに! 降りて来いっっ——この臆病者めぇぇぇーー!!」

 「っ!」


 叫ぶや否や、ジャンは斧槍ハルバードを投げ槍の如く投擲・・

 予想外の強襲に反応が遅れたウィータは、何とか躱すもバランスを崩しレンガの上から落ちてしまう。「うべ……っ」と潰れた蛙のような呻き声を上げながら、周囲に散乱するレンガ片と共に地面へ転がった。


 間を置かず次撃じげきがんとするジャンは、いつの間にかトポスの布手袋の中から騎槍ランスを取り出し、大盾カイトシールドと共に真っ直ぐと構えながら、突撃して来ていた。

 本職の騎馬兵も真っ青な、見事な槍突撃ランス・チャージである。


 おそらくは、このまま一気に仕留める気だろう……。


 オレの時代には無かったが、攻守共に優れた攻撃手段である事は分かる。

 だが、この状況で防御にも意識を割いたのは、普通に考えれば悪手と言わざるを得ない。ここは速度と威力を突き詰めた攻撃一点に絞るべきだろう。


 それでも彼が、もしも・・・を想定して防御にも意識を割いたのは、きっと——今のウィータには・・・・・・・・このままでは・・・・・・終わらないと・・・・・・思わせるだけの・・・・・・・何かがある・・・・・から・・、だ。


 「——そこ、あぶないよ?」

 「……っ!!」


 ぐんぐんと縮まる彼我の距離が、二メートルを切った直後——ニヤリ・・・、と。

 ウィータが不敵な笑みを浮かべた。

 ジャンも笑みに何か不気味な寒気を感じたのだろう。右足で急ブレーキを掛けると、彼の足にレンガの破片・・・・・・——変身したオレ・・・・・・が当たった。


 「シーちゃんっ、くしざし!!」


 喜々としてウィータが叫んだと同時。

 霊体アニマを通じて、彼女のイメージが俺の頭に送られて来る。

 そして次の瞬間、ジャンを取り囲むようにして散乱したレンガ片が、一斉に青い輝きを放ち出した。


 「ぐぬぅっ、次から次へと……っ!」


 ウィータの言葉に弾かれたように、忌々し気にジャンは大きく跳躍した。

 原獣種ベオルヘジンの驚異的な身体能力をフルに活用し、レンガ片が散乱していない場所へと行われたその大跳躍——だが・・、一歩間に合わず。


 次の瞬間。

 オレはレンガ片の全てを、槍のように尖った岩石へと変身させた。


 「ぐぬぉおおおぉぉおぉ——……っっ!!?」


 大小様々な岩石槍がジャンへと襲い掛かる。

 身動きの取れない空中でもろに受けてしまった彼は大盾カイト・シールドで何とか岩石の槍による串刺し攻撃を防御するも、そのまま槍にぐんぐんと押され続け、ついには天井へと激突してしまう。


 「ご——はぁ、ぁっ……!」


 背中から走った衝撃により、無理やり肺から空気が吐き出された。

 岩石の槍が青い光と共に消滅すると、ジャンと一緒にパラパラと天井の破片が落ちて来る。トン——、と。まるでダメージなど感じさせないような軽い足取りで、地面に着地した彼は、「ぐぬぅ……!」と腹立たし気に唸り声を上げた。

 再び武器を大剣ツーハンデッドソードに入れ替えたジャンが顔を上げると、その足取りとは裏腹に、彼の表情には余裕の色が感じ取れなくなって来ていた。


 「……おのれ、小娘っ。奇に奇ばかりをてらいおって……!」


 額に青筋を浮かべながら突っ込んで来るジャン。

 怒りを露わに、凄まじい速度で迫って来る強敵を前にして——しかし、オレは興奮のあまり内心で呟いていた。


 (おいおいっ、もしてかしてテメラリアあのハト野郎っ、とんでもない逸材を見つけて来やがったんじゃないか……っ!?)


 先程、ジャンとの攻防により盗んだ『間合いの見切り』は勿論のこと、特筆すべきは、ウィータの戦闘知能の高さである。刻一刻と変わる戦況の流動性を読み切り、自身が取れるカードの中から、最適な一手を繰り出して来る。

 先程のレンガ片を利用した串刺しトラップが、その最たる例だ。


 ——おそらくは、そうなるように・・・・・・・ウィータが誘導したのだろう。


 レンガ片は乱雑な配置だったにも関わらず、ジャンの立っていた位置は、まるで何者かに誘導されたかのように、逃げ場のない立ち位置だった。

 ……間違いない。先程の小型弩弓スコルピウスとギュスターブ達を利用した攻防は、ジャンをあの立ち位置に誘導し、串刺しトラップを回避できない状況を造り出す為の布石だったのだ。


 無謀な特攻ではなく、純粋に己の力量を正しく把握し、計算された戦況を作り出しながら、偶然の勝利ではない必然的な勝利を産み出す戦い方——。


 (間違いない……この子は——戦いの天才だ・・・・・・……っ!)


 戦いの真っ最中である事も忘れ、オレは内心で興奮したように呟いた。


 「むかえうつよシーちゃん! 長槍スピクルムっ、あと大盾スクトゥム!」

 「おうよっ、相棒!」


 オレはウィータの要求に従い、長槍スピクルム大盾スクトゥムに変身した。


 おそらくはジャンの大剣ツーハンデットソードの一撃に対抗する為だろう。

 やはり最初は手加減していたのか、試験時間の経過に比例して、ジャンの動きの一つ一つにキレが増している。……勿論、キレだけではない。先程とは違って、彼の纏う空気感も真剣なものとなってきている。

 おそらくここからの戦いは、剣撃の速度と重さが段違いとなるのは間違いない。


 「ふん——っ!!」

 「くぅっ……!」


 そんなオレの予見が的中したのか、ウィータを襲った大剣の振り下ろしが、ブゥオン——ッ! と。まるで空気を殴りつけるような音を鳴らしながら、迫って来る。

 ウィータは息を止め腹に力を入れながらそれを大盾スクトゥムで受け止めた。あまりの一撃に、ウィータの全身を伝って地面へと伝わった衝撃が、地面に罅を入れた。


 ——しかし。耐えられる事は分かっていたのか、ジャンは追撃の手を緩めない。


 「「ぅ、ぅぅぅぅぅぅ~~……っ!」」


 もう一度、振り上げては振り下ろす。更にもう一度、振り上げては振り下ろす。

 まるで杭でも打ちつけるような動作の連続。ただの単調な動作だ。

 だが、ジャンの強靭な膂力と鞭のように身体をしならせながら行われるその動作は、何ものにも勝る恐怖でしかない。一撃一撃を大盾スクトゥムで受け止める度、空気が震え、ウィータの身体を通じて駆け抜けた衝撃が地面にひびを入れた。


 「……ここっ!!」


 そして——。

 何度目か分からない大剣ツーハンデッドソードの振り下ろし。


 完璧に間合いとタイミングを読み切ったウィータが、攻撃のヒットポイントをわざとズラし、その一撃を横に受け流した。

 逸れた大剣ツーハンデッドソードの刃が、地面にめり込む。

 上手く攻撃を受け流した為か、ジャンに一瞬の隙が生まれた。


 「お返しだよっ、おじさん……っ!」


 ——その隙を、今のウィータは逃さない。

 大盾スクトゥムの横から顔を出し、突きの態勢で長槍スピクルムを構える。


 「……っ!?」


 正に。その隙を狙おうとした刹那。

 ——ギロリ、と。ジャンの眼光が揺らめく。

 ウィータの背に冷たい怖気が走るのを、オレは敏感に感じ取った。


 次の瞬間。

 ジャンはめり込んだ大剣ツーハンデットソードを振り上げるのではなく、身体を寝そべらせるように前方に倒しながら跳び上がる・・・・・

 身体の心を中心に捻り、その場で一回転したジャンは、回転の遠心力をそのまま乗せるように大上段に振り被った大剣ツーハンデットソードを、抉り込むように振り下ろした。


 ゴォォォ——ッ! と。

 耳の奥を殴りつけるような金属同士の衝突音。一瞬にして訓練場の床全体に亀裂が走り、凄まじい衝撃がウィータの全身へと駆け巡った。


 身体能力と体捌きにものを言わせた、所謂いわゆる——縦の回転斬り・・・・・・である。

 虚を突かれたという事もあってか、十分な体勢で受け止める事も出来なかった。


 「……。……まさか……これも受け切るとはな」


 ——万事休す。そう思っていただろう。さっきまでのオレならば。


 「……先程よりも力が上がっている。頑丈さも、俊敏性もだ。魔法によるものではない……純粋に、素の身体能力が・・・・・・・向上している・・・・・・……いったいどういうカラクリだ、それは?」


 おそらくは、ジャンの最強とも呼べる一撃だったのだろう。

 賞賛の奥に見え隠れする畏怖の感情が、自身の攻撃を・・・・・・受け止めた・・・・・目の前の少女に対する異質さを、如実に引き立たせていた。


 「ふぅー……っ!」

 「……っ!!」


 短く呼気を吐いたウィータが、構えた長槍スピクルムで、ジャンの左目を突く。

 驚きで呆けていた為か、ジャンの反応が一瞬遅れた。咄嗟に顔を横に逸らし、長槍ハスタの穂先を回避するも、僅かに目元の皮膚が切れ血飛沫が舞った。


 「ボーっとしてると、両目ともなくなったちゃうよっ、おじさん!」


 挑発的に言ったウィータは、一度距離を取り二振りの短闘剣プギオへと武器を変える。

 後手に回る事が多かった戦況を変えるつもりなのだろう。ジャンも彼女の思惑を理解している為か、武器を二振りの小剣ショートソードへと入れ替え、双剣による真っ向からの高速戦闘に臨もうとしている。


 「……そうだな。慢心は捨てよう」


 先程までのジャンならば激昂して怒鳴り散らしていシーンだった——……今は違う。目の前の少女が自身を脅かすだけの実力者である事を理解しているからこそ、その言葉は静かだった。


 そして、言葉の応酬を終え。

 後は剣で語り合おうとばかりに。

 二人は同時に地面を蹴り、その剣戟をもって語り合い始めた。


 (はははっ、あぁ……そうだっ・・・・そうだったなぁ・・・・・・・!)


 そんな語り合いの真っ只中。

 ジャンと同等に渡り合い始めた相棒を見て、オレは、かつて共に駆けたベオウルフとウィータを重ね合わせ、天狼族とはいったいどういう存在なのかを思い出した。


 ——ジャン・フローベルは言った。

 “純粋に、素の身体能力が・・・・・・・向上している・・・・・・”……と。


 全くもってその通りだ。彼は目が良い。

 ジャンの言葉通り、比喩ではなく、本当にウィータという少女が持つ肉体の能力は、凄まじい速度で飛躍……いや——進化している・・・・・・


 他でもない。

 彼女の持つ『天狼族の霊体アニマ』によって。


 (そう。これこそが、かつて天狼族が最強と呼ばれた理由——。天狼族が持つ強大な霊体アニマが持つ力……異常とも呼べる・・・・・・・急成長能力・・・・・——戦いの中で・・・・・進化する・・・・……天狼族の真骨頂……っ!)


 霊体アニマは困難な経験を学習、蓄積し、その情報を肉体に還元する事によって、宿主の肉体を強化して行く——という性質を持った魔力マナの集合体であり、個々人の肉体に備わった危機への適応能力である。

 その個々人が持つ全ての霊体アニマの中においても、天狼族の持つ霊体アニマは、“異質”と形容するしかない程に、群を抜いてその『性質』が強かった。


 それこそ——戦えば戦う程・・・・・・戦いの最中に・・・・・・強くなって行く程に・・・・・・・・・

 ——つまるところ。

 ウィータは、今この瞬間。現在進行形で強くなっているのだ。


 「でやぁぁ!!」

 「ぐぅ——っ!?」


 その進化がジャンに追いつきつつあるのだろう。

 もはや速度ではまさっているのか、先程の煽り文句を体現するかのように、鋭く右目を狙ったウィータの一撃をジャンは完全に躱しきれず、ギリギリで顔を逸らした彼頬を再び浅く切り裂く。


 ——そして、振り下ろすと同時にウィータは武器を大刀ロンパイアへと入れ替えた。


 「——んなっっ!!?」


 言葉にならない衝撃がジャンの表情に現れた。

 何故ならウィータが取った次の行動は、信じ難いものだったからである。


 大刀ロンパイアを振り下ろした体勢のウィータ。そのまま刃を振り上げるかと思いきや——何と、身体を寝そべらせるようにして前方に倒しながら跳び上がった・・・・・・ではないか。

 身体を捻り、その場で一回転すると、回転の遠心力をそのまま大上段に振り被った大刀ロンパイアに乗せ、叩き下ろすようにして振り降ろす。


 ——そう。それはジャンが先ほど見せた技。

 身体能力と体捌きにものを言わせた縦の回転斬り・・・・・・である。


 「うぉぉぉおおおおおおおおぉおお——っっ!!」

 「ぐぬぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおお——っっ!?」


 交差した二振りの小剣ショートソードで、それを受け止めたジャンは一瞬で膝を着かされた。凄まじい衝撃音と共に、訓練場の床全体に広がった亀裂がいっそう深くなる。


 次の瞬間。

 繰り広げられたのは、大刀ロンパイア小剣ショートソードの拮抗。

 二人の雄叫びが木霊し、両者の間で鍔競つばぜり合いならぬ、打ち合わせた刃と刃が火花を散らせる強烈な刃競はぜり合いに発展する。


 そして。

 技と技、力と力、意地と意地がぶつかり合うような数秒の後、勝利したのは——。


 「っっ、ぐぬぅぅぅぅ——っっ!」


 ——大刀ロンパイアだった。


 粉々に砕け散った二振りの小剣ショートソード

 力でも、技でも、まだ・・ジャンが勝っている。

 しかし、武器だけがそこについて来れなかった。


 それを見て歯を食い縛って悔し気に呻くと、彼は大刀ロンパイアの一撃が自身の身に降り掛かるよりも早く、咄嗟に地面を蹴って後退した。

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※後書き

作中に登場したウィータが使う武器の元ネタと詳細を【ケモペディア‐元ネタ‐武器・防具について‐古代ローマ、及び周辺国家】に掲載しておりますので、もし気になる方がいらっしゃいましたらご覧ください。

こちらが【ケモペディア‐元ネタ‐武器・防具について‐古代ローマ、及び周辺国家】のURLです→https://kakuyomu.jp/works/16817330669418776735/episodes/16818023212600931313

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