第12話‐大英雄の卵・後編
※前書き
一話にまとめると少し長いので、前後編に分けます。
今回は最初はカルロ視点。途中からウィータ視点です。
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「下ががら空きだぞ、小娘ぇ!」
「っ!!」
次の瞬間、一際鋭く振り下ろされた
ウィータは空中で身体を捻りながら、
真横から抉り込むように来た水平切りを、上体を逸らして躱した彼女だったが……
バランスの取り辛い体勢になったところを狙い澄ましたように、ジャンが再び武器を入れ替えた。
——二振りの
「っ……、シーちゃん……っ!! へんしん!!」
「おうっ!」
優に五キロは超えていそうな刀身にも関わらず、ジャンはその凄まじい
回避不能、そして
ぶわり、と。冷や汗を額から噴き出し、焦燥感一色になった表情で、シーを
遠目からでも分かる程に全身全霊で身体を力ませ、体幹を強める為に思いっ切り息を吸い込み腹圧を高める。ウィータは、これまで受けたジャンの攻撃の中で、間違いなく『最強』となる一撃を受けきる為に、両足を踏ん張った。
そして、次の瞬間。
「耐えるぞウィータぁぁぁぁっ!!」
「あいっ、さぁぁぁぁーー!!」
ゴォッッン——ッッ!! と。
自身の身体を襲った凄まじい衝撃を、ウィータは
「「んぎぎぎぎぎぎ……っ!」」
「ガッハッハ! なかなか耐えるな小娘! やはり見くびり過ぎていたか!?」
ウィータの身体を通じて地面に
全身の毛を逆立たせ、
だが——拮抗は長くは続かない。膂力の差が
大剣と大盾の拮抗は数秒と
「シーちゃぁぁん!」
「おうっ!!」
「
「任しとけぇ!!」
決着か——。正に、カルロがそう思った瞬間だった。
刃に圧し潰されようとしたウィータが契約精霊に何かを指示する。
次の瞬間。
力強い返答とほぼ同時に、五体の魔獣——分身したシーの変身体が出現した。
「な——なにぃ!?」「魔獣!?」
さしものジャンとカルロもこの変身には驚き、素っ頓狂な声を上げる。
魔獣に変身できた事は勿論のこと……何よりも驚いたのは、突如として出現した魔獣が、この地域には生息しないはずの魔獣だったからだ。
でっぷりと太った腹と寸胴な全身を覆うようにビッシリと生えた鱗。
大きな顎はワニを思わせるがシルエットとしては蛙。だが、蛙にしては長い胴体と幾つもの尖った背ビレが蛙の弱々しいイメージを打ち消している。
『大型肉食魔獣ギュスターヴ』。
その大顎と爪の一撃は岩をも砕き、鈍重そうな見た目とは裏腹に蛙のように飛び跳ねながら襲い掛かって来る凶悪な魔獣である。
『ゴェッ、ゴェッ!』『グゥッフッ、ゲェ~~!』『ギィヤァッフゥ~!!』
「ぐぬぅっ……!? 何なんだその精霊は……っ!」
気色の悪い鳴き声で迫って来る五匹のギュスターブ。
二匹がピョンピョン飛び跳ねつつ頭上から、もう二匹がジャンの正面から、最後の一匹が背後から迫る。回避の為に一度、
ようやく解放されたウィータは「ふぅーっ——!」と呼気を吐くと、五匹のギュスターブと共にジャンを追撃する。
そして、
先程の意趣返しのつもりか、彼女が選んだ武器ジャンの大剣と同じ位に巨大な刀——古代の戦士が愛用した
「キモキモ・シーちゃん部隊とつげきぃー!」
『『『『『ゴゲゴゲェェェェ~~~っっ!!』』』』』
ウィータの指示に合わせ、ギュスターブ達がジャンへと飛び掛かる。
ただし。真正面から一斉に突っ込むのではなく、陽動として、前後左右頭上からギュスターブを向かわせる。
勿論、出来るだけジャンの隙を誘う為に、時間差でだ。
だが——『百腕のジャン・フローベル』の異名は決して伊達ではない。
前後から来るギュスターブをヒラリと躱すジャン。
左右から迫った大顎の一撃は、異空間内から取り出した二つの
身体をコマのように旋回し、回し蹴りでその四体を蹴り飛ばすと——『ゴゲェェェェーー!!』と、頭上から大爪を振り被りった最後のギュスターブが、ジャンへと迫った。
「甘いわ——っっ!」
その最後の一匹を、まるで当然のように。
ジャンは再び異空間内から入れ替えた
「甘いのはっ——」「——そっちでしょっ!?」
正しくそれを待っていたとばかりに——
不細工な口元を歪めたギュスターブは『ゲ~ゲッゲッ!』と、不気味な笑い声を響き渡らせながら、青い粒子の光となって消えて行く。
——弾けるように青い光が霧散すると、その背後から現れたのは、
そう。五体のギュスターブによる陽動を利用した隠れ蓑作戦である。
「「うぉぉぉぉぉぉぉぉ——っっ!!」」
落下の勢いそのままにジャンの頭蓋へと刃を振り下ろさんとする。
タイミングは
勝利への確信を孕んだ二人の雄叫びが訓練場内に響き渡った。
「——いいや、貴様らの方さ?」
だが。
その一撃をジャン・フローベルは。
——
本当に数センチ——。偶然による回避では無い。
「そんな……っ」
「これを躱すのかよ……っ!」
衝撃が言葉となってウィータとシーの口から漏れる。
しかし。彼らの衝撃はそこでは終わらない。
これ程の見切りを披露した武人が、そこで終わるわけがないのだ。
驚きも束の間——。
「くっ——!」と、渾身の一撃を躱された事を憤る暇さえ惜しみ、歯を食い縛ったウィータは地面に振り下ろしたままの
しかし——
「……っ!?」「ヤベぇっ!?」
次の攻撃に繋がる行動の
達人とは。
——その一瞬にすら満たない刹那の
「——くっそ……っ! 避けろウィータ!」
踏みつけられたことにより、ウィータの手から離れ地面に転がった
彼の叫びに合わせ、まだ消滅していなかった四体のギュスターブ達が同様の動きを見せるも——
既にジャン・フローベルは左拳を腰溜めに構えている。
タイミングは
次の瞬間、ウィータのみぞおち目掛けて、その拳は振り抜かれていた。
ゴォ——ッ、という鈍い音。
体の芯を突き抜けるような重い拳の一撃だ。
ガードすら間に合わないその攻撃を、丸腰のウィータは
「……がっ、ぁぁ……」
「ウィータ……!」
ダメージは甚大だった。相棒の呼び声に言葉を返す事も出来ない様子だ。
しかし、試験という事でジャンも手加減はしたのだろう。意識までは失っていないようだった。
ギリギリで耐えたウィータは、そのまま歯を食い縛りながら、倒れそうになる身体に鞭を打って踏み止まった。
(素晴らしい精神力と胆力……やはり、子供と言えど天狼族か——。思った以上では無かった……でも、なかなかの見物でしたぜ? お嬢ちゃん)
顔を上げたウィータの視線の先にあったのは、既に
しかし、先程とは明確に違う事が一つ——その振り下ろしが、素人でも分かる程に、ウィータが回避も防御も無理な状態であるという事である。
「敬意は評そう。大したガッツだった……だが——これで終わりだ」
偉大なる小さな戦士に内心でエールを送ったカルロの視線の先では、彼と同じく賞賛の言葉を送ったジャンが、今まさに止めを刺そうとしていた。
大きく振り上げられた巨大な刃は、過度なダメージを与えないように刃の方ではなく、腹の部分で殴りつけるような角度に傾けられている。だが、その重量で殴られれば、さしものウィータといえど、その意識は刈り取られるだろう。
そして、次の瞬間。
——静かに
(……こんなところで、負けてたら……ダメだ……)
今まさに。振り下ろされんとするその一撃を。
朦朧とする意識の中、ウィータは緋色の瞳の奥に映していた。
(……この位で負けてるようじゃ——
心臓が早鐘を打つ。
全身を駆け巡る血の熱さは怒りに似ている。
その怒りの正体は、他でもない——弱い自分自身に向けられた克己心だ。
(……それだけはっ、ぜったいに——)
故に、拳を握る。強く、強く、歯を食い縛る。
緋色の瞳を飛び出さんばかり見開いて、自身に迫る
「——イヤだ……っ!!」
そして。
自らの頭蓋に迫った刃が接触する刹那——ジャン振り下ろした
「「「……っ!?」」」
シー、ジャン、カルロが驚きのあまり息を呑んだ。
偶然の回避ではない。完璧な間合いの見切りによる
先ほどジャン自身が見せた技と全く同じものである。
ならば……この回避に続く次の行動は——。
「……なるほど。どうやら本当に見くびり過ぎていたらしいな……っ!」
ジャンは無意識の内に
まさかの一手により生まれた刹那にすら満たない、その意識の間隙。
たった一度見ただけで己の技を盗んだ
紛れも無い才能の片鱗。
戦いの
「うぉぉぉぉぉおおおおお——っっ!!」
ジャンの頬に小さな右拳が突き刺さる。
子供らしからぬ強靭な一撃、腰の入った強力な拳だ。
気合の乗った叫びと共に降り抜かれた小さな拳を甘んじて受け入れたジャンは、二、三歩ほど後ろに後退する。口元から血を流しながら彼はウィータを睨みつけた。
同様の驚愕に染まった視線を、シーとカルロも彼女へと向ける。
「——
三人の視線の先。
大英雄の卵たる天狼族の少女は、自らの
_____________________________________
※後書き
次回も引き続きバトル回です!
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