第12話‐大英雄の卵・後編

※前書き

一話にまとめると少し長いので、前後編に分けます。

今回は最初はカルロ視点。途中からウィータ視点です。

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 「下ががら空きだぞ、小娘ぇ!」

 「っ!!」


 小剣ショートソードにばかり意識を割いていた為か、ウィータはジャンの足払いに気付けなかった。すっ転ばされるようにして空中にフワリと浮いた彼女の隙を、当然、歴戦の戦士は見逃さない。


 次の瞬間、一際鋭く振り下ろされた小剣ショートソードの袈裟斬り。


 ウィータは空中で身体を捻りながら、小盾パルマで半ば強引に剣の腹を打ち払い、何とか横に往なす……が、地面にしゃがむ体勢で着地した彼女を、すぐさま返す刃が責め立てる。


 真横から抉り込むように来た水平切りを、上体を逸らして躱した彼女だったが……その回避を・・・・・予測していた・・・・・・のだろう・・・・——。

 バランスの取り辛い体勢になったところを狙い澄ましたように、ジャンが再び武器を入れ替えた。


 ——二振りの小剣ショートソードから、最初に使っていた鈍重そうな大剣ツーハンデッドソードへと。


 「っ……、シーちゃん……っ!! へんしん!!」

 「おうっ!」


 優に五キロは超えていそうな刀身にも関わらず、ジャンはその凄まじい膂力りょりょくと体捌きにより、ウィータが回避する間もない程の速度で大剣を素早く振り上げた。


 回避不能、そして小盾パルマでも防げないと判断したのだろう。

 ぶわり、と。冷や汗を額から噴き出し、焦燥感一色になった表情で、シーを大盾スクトゥムへと変身させたウィータ。

 遠目からでも分かる程に全身全霊で身体を力ませ、体幹を強める為に思いっ切り息を吸い込み腹圧を高める。ウィータは、これまで受けたジャンの攻撃の中で、間違いなく『最強』となる一撃を受けきる為に、両足を踏ん張った。


 そして、次の瞬間。


 「耐えるぞウィータぁぁぁぁっ!!」

 「あいっ、さぁぁぁぁーー!!」


 ゴォッッン——ッッ!! と。

 自身の身体を襲った凄まじい衝撃を、ウィータは大盾スクトゥムで受け止めた。


 「「んぎぎぎぎぎぎ……っ!」」

 「ガッハッハ! なかなか耐えるな小娘! やはり見くびり過ぎていたか!?」


 ウィータの身体を通じて地面にひびが入る程の強大な一撃。

 全身の毛を逆立たせ、大盾スクトゥムで受け止めた大剣の刃を耐える、耐える、ひたすら耐え続ける。

 だが——拮抗は長くは続かない。膂力の差がもろに出ている。

 大剣と大盾の拮抗は数秒とたず、ジリジリと圧し込まれた刃がウィータに膝を着かせる。このままではあと二十秒耐えられるかどうかすらも分からない。


 「シーちゃぁぁん!」

 「おうっ!!」

 「ぶんしん・・・・、アンド、へんっしぃぃん!!」

 「任しとけぇ!!」


 決着か——。正に、カルロがそう思った瞬間だった。

 刃に圧し潰されようとしたウィータが契約精霊に何かを指示する。


 次の瞬間。

 力強い返答とほぼ同時に、五体の魔獣——分身したシーの変身体が出現した。


 「な——なにぃ!?」「魔獣!?」


 さしものジャンとカルロもこの変身には驚き、素っ頓狂な声を上げる。

 魔獣に変身できた事は勿論のこと……何よりも驚いたのは、突如として出現した魔獣が、この地域には生息しないはずの魔獣だったからだ。


 でっぷりと太った腹と寸胴な全身を覆うようにビッシリと生えた鱗。

 大きな顎はワニを思わせるがシルエットとしては蛙。だが、蛙にしては長い胴体と幾つもの尖った背ビレが蛙の弱々しいイメージを打ち消している。


 『大型肉食魔獣ギュスターヴ』。

 その大顎と爪の一撃は岩をも砕き、鈍重そうな見た目とは裏腹に蛙のように飛び跳ねながら襲い掛かって来る凶悪な魔獣である。

 

 『ゴェッ、ゴェッ!』『グゥッフッ、ゲェ~~!』『ギィヤァッフゥ~!!』

 「ぐぬぅっ……!? 何なんだその精霊は……っ!」


 気色の悪い鳴き声で迫って来る五匹のギュスターブ。


 二匹がピョンピョン飛び跳ねつつ頭上から、もう二匹がジャンの正面から、最後の一匹が背後から迫る。回避の為に一度、大剣ツーハンデッドソードを異空間内にしまい、彼は唯一の逃げ道である真横へと飛び跳ねた。

 ようやく解放されたウィータは「ふぅーっ——!」と呼気を吐くと、五匹のギュスターブと共にジャンを追撃する。

 そして、大盾スクトゥムの形態からシーを変身させる。


 先程の意趣返しのつもりか、彼女が選んだ武器ジャンの大剣と同じ位に巨大な刀——古代の戦士が愛用した大刀ロンパイアと呼ばれる武器だった。


 「キモキモ・シーちゃん部隊とつげきぃー!」

 『『『『『ゴゲゴゲェェェェ~~~っっ!!』』』』』


 ウィータの指示に合わせ、ギュスターブ達がジャンへと飛び掛かる。

 ただし。真正面から一斉に突っ込むのではなく、陽動として、前後左右頭上からギュスターブを向かわせる。

 勿論、出来るだけジャンの隙を誘う為に、時間差でだ。


 だが——『百腕のジャン・フローベル』の異名は決して伊達ではない。


 前後から来るギュスターブをヒラリと躱すジャン。

 左右から迫った大顎の一撃は、異空間内から取り出した二つの大盾カイト・シールドでガードする。

 身体をコマのように旋回し、回し蹴りでその四体を蹴り飛ばすと——『ゴゲェェェェーー!!』と、頭上から大爪を振り被りった最後のギュスターブが、ジャンへと迫った。


 「甘いわ——っっ!」


 その最後の一匹を、まるで当然のように。

 ジャンは再び異空間内から入れ替えた大剣ツーハンデッドソードで斬り上げる。技と膂力によって振り抜かれた刃は、頭から尻尾にかけての全身を、綺麗に二枚へとおろした。


 「甘いのはっ——」「——そっちでしょっ!?」


 正しくそれを待っていたとばかりに——ニヤリ・・・、と。

 不細工な口元を歪めたギュスターブは『ゲ~ゲッゲッ!』と、不気味な笑い声を響き渡らせながら、青い粒子の光となって消えて行く。

 ——弾けるように青い光が霧散すると、その背後から現れたのは、大刀ロンパイアを振り被ったウィータだった。


 そう。五体のギュスターブによる陽動を利用した隠れ蓑作戦である。


 「「うぉぉぉぉぉぉぉぉ——っっ!!」」


 落下の勢いそのままにジャンの頭蓋へと刃を振り下ろさんとする。

 タイミングは完璧・・大剣ツーハンデッドソードを振り下ろした体勢を狙ったその一撃は、見事と言わざるを得ないだろう。彼女は間違いなく、あの齢にして一流の戦士に迫る実力を有している。

 勝利への確信を孕んだ二人の雄叫びが訓練場内に響き渡った。


 「——いいや、貴様らの方さ?」


 だが。

 その一撃をジャン・フローベルは。


 ——紙一重で躱し切った・・・・・・・・・


 本当に数センチ——。偶然による回避では無い。

 完璧な間合いの見切り・・・・・・・・・・による達人技である。


 「そんな……っ」

 「これを躱すのかよ……っ!」


 衝撃が言葉となってウィータとシーの口から漏れる。

 しかし。彼らの衝撃はそこでは終わらない。

 これ程の見切りを披露した武人が、そこで終わるわけがないのだ。


 驚きも束の間——。

 「くっ——!」と、渾身の一撃を躱された事を憤る暇さえ惜しみ、歯を食い縛ったウィータは地面に振り下ろしたままの大刀ロンパイアを振り上げようとする。


 しかし——ジャンはその巨大な刃・・・・・・・・・・を思いっ切り・・・・・・踏みつけた・・・・・


 「……っ!?」「ヤベぇっ!?」


 次の攻撃に繋がる行動の出端でばなくじかれた事から生まれる、意識の隙間・・・・・

 達人とは。

 ——その一瞬にすら満たない刹那の一跨ひとまたぎを見逃さないものの総称である。


 「——くっそ……っ! 避けろウィータ!」


 踏みつけられたことにより、ウィータの手から離れ地面に転がった大剣ロンパイア——変身したシーが叫ぶ。小さな狼の姿へと戻り、自ら相棒の盾にならんと飛び跳ねた。

 彼の叫びに合わせ、まだ消滅していなかった四体のギュスターブ達が同様の動きを見せるも——間に合わない・・・・・・


 既にジャン・フローベルは左拳を腰溜めに構えている。

 タイミングは完璧。

 次の瞬間、ウィータのみぞおち目掛けて、その拳は振り抜かれていた。


 ゴォ——ッ、という鈍い音。


 体の芯を突き抜けるような重い拳の一撃だ。

 ガードすら間に合わないその攻撃を、丸腰のウィータはもろに受けてしまう。身体がくの字に折れ曲がり、胃液が無理やりに吐き出された。


 「……がっ、ぁぁ……」

 「ウィータ……!」


 ダメージは甚大だった。相棒の呼び声に言葉を返す事も出来ない様子だ。

 しかし、試験という事でジャンも手加減はしたのだろう。意識までは失っていないようだった。

 ギリギリで耐えたウィータは、そのまま歯を食い縛りながら、倒れそうになる身体に鞭を打って踏み止まった。


 (素晴らしい精神力と胆力……やはり、子供と言えど天狼族か——。思った以上では無かった……でも、なかなかの見物でしたぜ? お嬢ちゃん)


 だが・・それでも・・・・——。


 顔を上げたウィータの視線の先にあったのは、既に大剣ツーハンデッドソードを上段に振り上げたジャン。間違いない。先ほどウィータが大盾スクトゥムで防いだ上段からの振り下ろしだ。

 しかし、先程とは明確に違う事が一つ——その振り下ろしが、素人でも分かる程に、ウィータが回避も防御も無理な状態であるという事である。


 「敬意は評そう。大したガッツだった……だが——これで終わりだ」


 偉大なる小さな戦士に内心でエールを送ったカルロの視線の先では、彼と同じく賞賛の言葉を送ったジャンが、今まさに止めを刺そうとしていた。

 大きく振り上げられた巨大な刃は、過度なダメージを与えないように刃の方ではなく、腹の部分で殴りつけるような角度に傾けられている。だが、その重量で殴られれば、さしものウィータといえど、その意識は刈り取られるだろう。


 そして、次の瞬間。

 ——静かに大剣ツーハンデッドソードが振り下ろされた。





 (……こんなところで、負けてたら……ダメだ……)


 今まさに。振り下ろされんとするその一撃を。

 朦朧とする意識の中、ウィータは緋色の瞳の奥に映していた。


 (……この位で負けてるようじゃ——アイツ・・・に勝てない……っ)


 心臓が早鐘を打つ。

 全身を駆け巡る血の熱さは怒りに似ている。

 その怒りの正体は、他でもない——弱い自分自身に向けられた克己心だ。


 (……それだけはっ、ぜったいに——)


 故に、拳を握る。強く、強く、歯を食い縛る。

 緋色の瞳を飛び出さんばかり見開いて、自身に迫る大剣ツーハンデッドソード間合いを完璧に見切る・・・・・・・・・・


 「——イヤだ……っ!!」


 そして。

 自らの頭蓋に迫った刃が接触する刹那——ジャン振り下ろした大剣ツーハンデッドソードの一撃を、紙一重で躱し切った・・・・・・・・・


 「「「……っ!?」」」


 シー、ジャン、カルロが驚きのあまり息を呑んだ。

 偶然の回避ではない。完璧な間合いの見切りによる達人級の回避・・・・・・

 先ほどジャン自身が見せた技と全く同じものである。

 ならば……この回避に続く次の行動は——。


 「……なるほど。どうやら本当に見くびり過ぎていたらしいな……っ!」


 ジャンは無意識の内に大剣ツーハンデッドソードを振り上げようとするも、先程のお返しだと言わんばかりに、全体重をかけて刀身が踏みつけられた。それにより、ジャンの攻撃の出端が挫かれてしまう。

 まさかの一手により生まれた刹那にすら満たない、その意識の間隙。

 たった一度見ただけで己の技を盗んだ天才・・に対する畏怖と驚愕により、限界にまで見開かれた両の瞳でもって、ジャン・フローベルは目撃する。


 紛れも無い才能の片鱗。

 戦いの寵児ちょうじの、その潜在能力の一端を。


 「うぉぉぉぉぉおおおおお——っっ!!」


 ジャンの頬に小さな右拳が突き刺さる。

 子供らしからぬ強靭な一撃、腰の入った強力な拳だ。霊体アニマによって強化された膂力だけではない。たった数度の攻防で、ジャンの体捌きさえ学び取ったのだろう。


 気合の乗った叫びと共に降り抜かれた小さな拳を甘んじて受け入れたジャンは、二、三歩ほど後ろに後退する。口元から血を流しながら彼はウィータを睨みつけた。

 同様の驚愕に染まった視線を、シーとカルロも彼女へと向ける。


 「——ようやく一発・・・・・・っ! 負けた時のいいわけ考えといた方がいんじゃないっ……おじさん……っ?」


 三人の視線の先。

 大英雄の卵たる天狼族の少女は、自らの凱旋がいせん寿ことほぐが如く好戦的に笑った。

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※後書き

次回も引き続きバトル回です!

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