第6話:変身の大精霊②
「振り落とされるなよ!」
「だいじょぶ!」
凄まじい速度で通路を駆け抜けて行く。
右へ、左へ。上へ、下へ。狭い通路を器用に飛び回りながら、シーと
すぐに
『ゥルルルルゥ……!』
「……っ!」
低く唸り声を上げる
まるで、空中は俺の領域だ! と言わんばかりに鋭い眼光を飛ばして来る
「シーちゃん、足場お願い……!」
「任しとけっ!」
ウィータがそう叫ぶと同時、シーはウィータから送られて来たイメージ通り、彼女の足元と空中のあちこちに小さな石材を幾つか出現させた。
——しかし、流石は空の王者と言ったところか。
『ルォォ!』と、嘲笑うように声を上げた
「ぐぅっ……、くそ……!?」
「ウィータ……っ!」
「だいじょぶ!」
咄嗟に
そのまま壁を蹴って、「でやぁぁ!」と。
再び
「くそっ、また……!」と、苛立たし気に歯噛みしたウィータは、流石に二度目の着壁をする余裕はなかったのか、体勢を崩し気味に何とか地面に着地した。
牙を剥き出しにしながらこちらを一睨みした
「大丈夫かっ、ウィータ……!」
「うん、なんとか……っ。でも、もうちょっとだよ……!」
「おうっ、分かってる! 急ぐぞ!」
「うん!」
通路に降りウィータの身を案じるが、その心配は要らなかったらしい。シーが彼女の前まで降りると、すぐに地面をぴょいっとシーの背中に飛び乗る。ダメージを感じさせない身のこなしに安心したシーは、再び空中へと飛び上がり加速する。
意気揚々と曲がり角を曲がり、少し進んだシー達の目に出口が映り——そして。
『ゥルルルル……』
「「うげぇぇっ!?」」
出口の前で待ち構えていたように四つん這いになった
完璧に
おそらくは追いかけっこの最中で、攻撃の隙を伺っていたのだろう。
場所は十数メートル先に出口が見え始めた一本道の通路。
当然、回避は——
「シーちゃん、もどってもどってぇ~~……!!」
「分かってるぅぅ~~……っ!!」
バサバサバサバサっ! と、勢いよく両翼を羽搏かせてブレーキを掛けたシーは、身を翻して、さっき曲がって来た角へと戻った——。
次の瞬間だった。
今までで最大の
「「ヤバいヤバいヤバいヤバいっ、ヤバい~~……!!」」
火の弾なんてレベルではない。全てを焼き焦がさんとする炎の波が、通路の壁、天井、地面、その道中にある全てを……そして、シー達の命までを燃やし尽くさんと迫る。
——だが……何とかギリギリで、曲がり角まで間に合いそうだった。
あと少し、あと少し……! と。ブツブツとシー達は内心で呟きながら、炎の奔流から逃げる、逃げる、逃げるっ! 全力で逃げ——
「助けてくれぇ……!!」
「「っっ!!」」
——ようとした、正にその瞬間だった。
目と鼻の先まで曲がり角に迫ったシー達の耳朶を妙に癇に障る声が響いた。
一瞬だけチラリと視線を遣ると、円形闘技場で司会役を務めていた男の姿が映った。おそらくは逃げ遅れたのだろう。心底、怯えた表情で助けを求めるようにシー達を見ている。
……ちっ、誰が助けてやるかよ。報いってヤツだ……っ! と。
内心でそう毒づいたシーは、すぐに視界の男から視線を外した。
「シーちゃん……っ! でっかいカベに変身して……っ!!」
「な……っ!?」
だが、しかし。
通路を曲がる瞬間、
「わたしたちは天狼族! 天狼族はえいゆうの民族! だから見すてない!」
「——っ!!」
視界の男を守るように炎の奔流の前に立ち塞がった彼女は、そう言って何かを訴えるような瞳でシーを見た。
強い瞳。有無を言わせない、揺るがない意志の籠った瞳孔。
——シーの良く知る天狼族の……
あぁ、くそっ……迷ってる暇はないな……!!
「ったく……!」と。呆れを通り越して楽しくなってきたシーは、既に眼前まで迫った前に大きな岩の壁を出現させる。ウィータ達の前に近寄り、豪快に笑みを浮かべながら叫んだ。
「ハハっ、このお人好しめ!! 言ったからには耐えろよ、相棒……!」
「あいさぁぁぁぁぁぁぁ——っっ!!」
どこかで聞いた事があるような独特なウィータの返事がシーの耳朶を打った、次の瞬間——特大の炎の奔流がシー達に襲い掛かった。
レンガ越しに轟々と鳴り響く炎の音。
あまりの高熱にドロドロに融ける感触が伝わって来た。
シーは岩壁に頭をくっ付け
「シーちゃんっ、これあっついよぉ……!!」
「我慢しろ! こういうのは根性だ……!!」
「……せーしんろん……っ!」
炎の奔流が続く事、数秒——。
永遠にも感じられる我慢比べを征したのは……シー達だった。
『グゥルゥゥゥゥゥゥァァアア……!!』、と。自身の最大の攻撃を防がれた事が、心底から腹立たしいのか……涎と共に怒りの咆哮を上げた
「……」
「……あ、え……と……」
まさか、助けてくれるとは思わなかったのだろう。
何が起きたか分からないような様子で固まる司会の男は、責めるようにジト目を作って睨んで来るウィータの真意が掴めず、アタフタと視線を泳がせた。
少し呆れたように短く溜息を吐いたウィータは、そのままシーの背中に飛び乗る。
「……わるい事したらダメだよ、おじさん!」
ウィータがそう言い残すと同時、シーは出口へ向けて飛び立った。
すぐに遠ざかって行く司会の男の姿。呆けたように固まる彼の眼には、驚き以上に、畏敬の念——過去、幾度となく見て来た民衆たちが英雄へ送る賛美の感情が込められていた。
それを一瞬だけチラリと見たシーは、「やっぱ気分がいいな、こういうのは」と口を開く。「……?」と首を傾げるウィータへ向けて、言葉を続ける。
「いや、なに……英雄譚の王道っぽくてワクワクしてさ? それに——」
「それに……?」
耳を傾けるウィータへ向けて、シーは歯を見せてニヤリと笑う。
——かつて、シーは何度も見て来た……『英雄』というものを。
彼らは強かった。力だけではなく、その心の器も。
そう。正に、今のウィータのように。
「——やっぱり、こうでなくっちゃな! 英雄って奴らは!!」
心が躍る。シーは打ち震えるような笑みを浮かべながらそう思った。
大きな才覚、偉大なる素質。新たなる英雄譚の一幕の生き証人として……シーは今、その最初の一ページに立ち会っている——そんな気がした。
自らの感情に突き動かされるままにスピードを上げると、「んなぁっ!?」と、驚いたウィータがシーの背中に強く掴まる。更にスピードを上げたシーは、出口を抜け、メディストス大峡谷の崖壁を沿うように飛んで行く。
『オォォォォォオオオオ——ッッ!!』
そして、既に完全に夜の帳を降ろした空の上……そこには、忌々しそうにこちらを睨みながら旋回する
その姿はとても痛々しく、かなり傷ついているようだった。逃げてしまえばいいのに、奴はそうしない。寧ろ、シー達を逃がすまいと傲慢な目つきで睨んできている。
だが、それもそうだろう。
ここまでやられて逃げ出すなんて、魔獣の本能が許すわけが無い。魔獣というのはそういうものだ。戦いに酔い、悪戯に命を弄ぶ
逃げ出す位ならば死を選ぶ——。
幼竜といえど、その戦いの本能が陰る事は無いだろう。
「決めるぞっ、相棒——」「——りょーかい!!」
まるで睨み合いの均衡を破るように、シー達はほぼ同時に動き出した。
「うおぉぉぉぉおおおおぉぉぉぉお——っ!!」
『ルオォォォォオオオオォォォォオ——ッ!!』
直後、咆哮を轟かせたシーと
衝突の衝撃によりウィータが空中に投げ出される。
ちょうど
「シーちゃん! 足場!」
指示に合わせ、シーはウィータの足元に白っぽい石材の分身体を出現させる。
ウィータはそれを足場として思いっ切り踏みつけると、手に持っていた
『ルォォ……っ! オォォ!』
背中に突き立てられた
苛立った様子の
「おいおいっ、寂しいじゃねーか! よそ見するなよ!」
——その一瞬の隙を待っていた。
シーは
『ルォォォォォォオオオオォオォォ~~~ン……ッッ!!』
その目論見が上手く行ったのか、これまでとは明らかに一線を画す程の悲鳴が夜空へと響き渡る——が、まだ終わりではない。
まだ、その瞳の奥に宿る闘争心は消えてはいない。
既に満身創痍。
片眼は潰れ、片脚は抉られ、その身体のあちこちから血が流れている。
それでも、空の王者たる竜種の血が
地へ落ちる位ならば死んだほうがマシだと言わんばかりに、その両翼で力強く羽搏きながら、
『ゥルルルルル……ッ!!』
「ハハっ、大した奴だぜ。まだ倒れないか! ……オマエの健闘ぶりに敬意を表する。これはその証拠だ。存分に受け取ってくれ」
シーは
同時に。遥か上空を指差した。
それに釣られて空を見上げた
だが、その瞳の奥を釘づけにしているのは、きっと石材ではない。
——その瞳が映すのは、石材を足場に空高く跳び昇っていたウィータである。
「ウィータ! レクチャーその三だ! よぉ~く覚えとけ?」
ふと、シーは不敵に笑みを浮かべながら、空へ向けて叫んだ。
「オレはあらゆる存在に変身する事が出来る——それは、
その笑みの意味を理解したわけでは無いのだろう。
「【死と沈黙を
そして。ウィータの凛とした声が——
彼女が掲げた
「——【いざ、不義を裁け火の池の王、さんざめく谷底にて罪ある者の
詠唱が完成し
重力に従って
……そう。何を隠そうコレこそが、シーが
『ルォォォォォ……っ!?』
マズい、と。一目で理解したのだろう。
突如として焦ったように
きっと、
徐々に近づいて来る死の感覚。その気持ちはシーにも良く分かった。かつて彼も邪神との戦いで何度となく味わった最悪の感覚だからだ。だが、だからこそ分かるはず……。
——もう、勝負は決しているという事を。
『オォォォォォォォオオオオオオオオオォォォォ——ッッ!!!』
空の王者たる怪物は、最後の力を振り絞り、今できる渾身の
断末魔にも似たその雄叫びが鳴り響き、そして——。
「——【
その
一瞬で絶命した
その黒煙の中から石材を幾つも出現させ、「よっ、よっ、よっと!」と、器用に跳び上がって来たウィータは、最後にシーの背に跳び乗ると「ふぅ……」と一息を吐いた。
「——ハハっ、ちんちくりんって言ったのは謝らなきゃいけないみたいだな? どうやらウィータは、オレが思う以上に大した奴らしい」
「……! わたし……ちゃんと強かった?」
一拍の間を置いて、シーは新たなる相棒の強さを評価した。
「あぁ、言うまでもない……想像以上。百点満点オーバーだ!」
「……~~っ! えへへ……そうかなぁ?」
シーに誉められたのが嬉しかったのか、ウィータは照れ臭そうに頬を緩ませた。
『——あ~あ、やっちまったなぁ~……』
「「……!」」
と、その時だった。シー達の耳朶を震わせる声が一つ。
心底呆れたような声音に釣られ振り向くと、そこにいたのは責めるような半眼をシーに向けて来る斑模様の鳩——テメラリアがパタパタと飛んでいた。
『……シー。テメェこの野郎……俺様の忠告を無視しやがって……』
「シーちゃん、シーちゃん。スゴイよ……ハトがしゃべってる……」
「あぁ、コイツはオレと同じ精霊だよ。ウィータは精霊と契約したからな……ある程度の感覚をオレと共有してるんだ。そのおかげで霊体化してる精霊でも見えるようになったんだよ」
「へぇ~、便利だね! シーちゃん!」
「だろ~?」
『おいっ! ナチュラルに無視すんじゃねェよ! ……あと嬢ちゃん。俺様は鳩だが、ただの鳩じゃねェ。冒険と伝聞をこよなく愛する詩人精霊——テメラリア様だ。今度からはちゃんと名前で呼べよ?』
——もちろん『様』付けでな? と。ニヒルな笑みを浮かべて言うテメラリア。
恰好をつけたつもりなのだろうが、その可愛らしい見た目のせいで全くキマッていないのはご愛嬌だ。
「分かった! じゃあ、テメラリアだから……テラちゃんで! これでいい?」
『……おいシー。今からでも遅くねェ。契約を考え直せ。俺様の灰色の脳が告げてる。この嬢ちゃんポンコツだぞ。
「ムチャ言うなって。もう契約終わっちまったよ」
『……うぐ……ぬゥゥ……』
ウィータの素っ頓狂な言動に呆れたのか、それとも癇に障ったのかは分からないが、眉間の皺を濃くしたテメラリアは頬をヒクつかせながら無言になった。
『……はぁ~。ったく、もういい……好きにしろ!』
しかし、すぐに呆れが怒りを追い越してしまったのだろう。
テメラリアは大きく溜息を吐いた。
『……とにかく契約しちまったもんは仕方ねェ。とりあえず俺様について来い。お前ら気付いてねェみたいだが……下は大騒ぎだぜ?』
「「え」」
『エドモンド商会の奴ら、何やら不穏な動きを見せてやがる。『議会の方に使いを出せー!』とか言ってたしな……。こりゃァちょっとマズい状況かもしれん」
「マ、マジかよ……旅にも出てないのに、
「……」
確かに、街中で魔獣が現れたというだけでも普通は大騒ぎである。
しかも、その魔獣を故意に都市内へと連れ込み、金稼ぎを行っていたと広く知れ渡ってしまえば、何かと都合の悪い連中が出て来るのは当然だろう。
シーはまだ現代の社会風潮や、この都市の政治事情などは全く詳しくないが、昔も今も、都合の悪い事は隠したがるのが世の常というのは、千年前からの来訪者ながらに理解している。
エドモンド商会にとっては、喉の奥に少し大きい魚の骨がつっかえたようなもの——ならば、早めに手を打って来るのは何ら驚く事ではない。
「ど、どうしよ……っ、どうしよっ、シーちゃん……!?」
「落ち着け落ち着け、何とかなるさ?」
「ホントに……?」
「あぁ、勿論!」
「……。……わかった!
ここはテメラリアに大人しくついて行った方がいい。
そう判断したシーは、ひとまずテメラリアの不穏な言葉を聞いて、あわあわオロオロとするウィータを安心させようと、力強くそう言った。
一瞬だけ間があったが、すぐに満面の笑顔でシーへと笑いかけて来る。
パタリ、と。ウィータは半ば倒れ込むように
『……ケケッ、成り行きでなったにしてはいいコンビになれそうじゃねぇか』
その微笑ましい新米コンビの遣り取りを見て、テメラリアは
遠い日の記憶。
何時の日だったかも思い出せないが、まだシーが大英雄ベオウルフとコンビを組んでいた時の姿と、今の彼らの姿が少しだけ重なる。
まだまだあの頃のシーとベオウルフにまでは遠く及ばないが、数多の伝聞と冒険を詩的に紡いできたテメラリアの直感が告げていた。
——彼らは、きっと強くなると。
_____________________________________
※後書き
『第一章・精霊契約編』はここまでで終了となります。
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