第11話‐大英雄の卵・前編

※前書き

一話にまとめると少し長いので、前後編に分けます。

今回は最初はフィーネ視点。途中からカルロ視点です。

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 「……おい。あの獣人の嬢ちゃん達、マスター達と別館に行っちまったぞ?」

 「マジかよ……。ギルマスとサブマス直々じきじきに試験とか……何者だ、アイツら?」


 十数分後。

 大広間ロビーは正体不明のケモミミ少女と小さな狼の話題で持ちきりだった。

 この拠点ロッジとは別の館にある訓練場へと向かった彼らが仕方ない様子の冒険者たちは、何人かがそわそわしながら外の方を見ている。

 ジャンが言っていた『特別試験』とやらが気になって仕方がないのだろう。


 “仕事など手につかない”——。

 まるで、そう言いたげな態度の彼らへと向けて「皆さん」、と。

 手を叩いて注意を引いたフィーネは、相も変わらず無表情で告げた。


 「るお方より依頼頂いた魔獣討伐、及び、捕獲、それと素材収集——その他諸々の依頼が五〇〇件近く入っていますので、これからその依頼の振り分けを行います。途中で抜け出そうなどとは考えないように」

 「そう言うなよ、フィーネちゃん! ちょっと位サボったっていいだろー?」

 「ダメです。ボロ雑巾のようになるまで働いて下さい」

 「「「……えぇぇ~~」」」


 “そりゃないぜぇー……”、“……こき使い過ぎだろー”、と。

 無表情で毒づくフィーネに強面こわもての冒険者達からそんな不満の声を飛び交うも、そんな事でいちいち気圧けおされているようでは冒険者ギルドの受付嬢など務まらない。

 腕に抱えた『るお方よりの依頼』に関する説明資料の紙束をパンパンと叩く彼女に、渋々と冒険者達は従った。


 「……フフ、まぁ気持ちは分かりますがね」


 渋々といった様子で大広間ロビーへと戻って行く冒険者達の背中を見送り。

 自身も彼らの後ろへと付いて行ったフィーネは、薄っすらと楽し気に笑みを浮かべ、チラリと外にある別館の方へと視線を遣った。


 あの少女が何者かは分からない。

 しかし、相手は『百腕のジャン・フローベル』の異名を取るあのギルドマスター。


 知識力、生存能力、戦闘能力の三つの評価基準で決まる冒険者等級ランクの内、G~Aまである中のCランクという中堅のランクに位置するジャンは、純粋な近接戦闘能力だけでCランクに昇り詰めたゴリゴリの武闘派冒険者である。


 先程のクレーム対応で苦労させられたフィーネは、若干の恨みを込めて、ここにはいないウィータ達へと向けた同情を、内心で独りちた。


 ——“全くもってついていない”、と。


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 同時刻。

 冒険者ギルドの拠点ロッジから少し離れ、シー、ウィータ、ジャン、カルロの四人はギルド街の端っこにある冒険者ギルドの別館に来ていた。


 別館、といっても。ここは別に冒険者ギルドが所有する建物ではない。

 ここは、議会が所有する公共施設の一つ。

 今もラッセルの治安維持を任せられている議会直属の自警団が、かつて使用していた旧兵舎であり、立地的な問題からギルド街の近くに新兵舎が設立されたことに伴い、騒音などの問題から郊外近くに設立されていた旧兵舎は放逐されたのである。

 現在は何やかんやジャンと仲の良いディルムッドの好意により、格安で間借りさせて貰っているのだ。


 場所は、そんな旧兵舎の地下・・にある訓練場。

 防音性と耐久性を兼ね備えた重厚な造りの広い一室で、まるで人目を避けるように、ひっそりとウィータ達の試験は行われていた。


 (見込み違いでしたかねぇ?)


 そんな地下室の入り口前にて。

 年季の入った壁に寄り掛かるカルロは、連なるような剣戟けんげきの舞いに圧倒された少女を見て、少し落胆した様子で呟いた。


 「はぁ……はぁ……!」

 「どうした、小娘。息が上がっているぞ?」


 剣戟の金属音が一度止み、代わりに聞こえて来たのは少女の荒い呼吸音。

 霊石灯マナ・ランプによって照らされた訓練場には、大剣ツーハンデッドソードを抱えたジャン。そして、闘剣グラディウスに変身したシーという名の精霊を構えるウィータの二人が睨み合うように相対していた。


 勿論。

 ウィータ側・・・・・の圧倒的劣勢で・・・・・・・、である。


 (……さて。戦いが始まってまだ数分……子供とはいえ、邪神の呪いが解けた天狼族というからには、最低でもDランククラスの実力があるかとも思いましたが——)


 怪訝に眉根を寄せたカルロは胸中で呟く。


 「——どうやら俺たちの眼が節穴だったらしいなっ!」


 そして、その先の台詞を継ぐように叫んだジャンが大剣を振り下ろした。

 キィィンッ! と。ウィータが闘剣グラディウスで受け止めた事により、甲高い金属が鳴り響く。

 一目で分かる。重い一撃だ。

 「ぐぅ——っ!?」と苦し気に呻いた少女は、何とかその振り下ろしを横に往なすと、ジャンの追撃から逃げるように軽快なバックステップで後退した。


 「ぬるい、温すぎるぞ! 逃げるだけでは勝てぬというのに! ここに来る道中で話したではないかっ、実力を示す事・・・・・・が冒険者登録の条件だと!」


 憤ったように語るジャンは、不機嫌な様子で大剣の切っ先をウィータに向ける。

 まるで『期待外れだ!』とでも言いた気な態度と言動だ。

 「それとも——」と、彼は自らの義憤をぶつけるようにギロリと鋭い眼光で睨みつけ、どこか挑発するように言い放った。


 「——天狼族というのは・・・・・・・・噂だけの軟弱者なのか・・・・・・・・・・?」

 「「……っ!!」」


 ジャンの言葉に驚いたのか、フードの下に隠れたウィータの表情が少し揺らぐ。

 それは彼女の契約精霊であるシーも同様だったのか、闘剣に変身した精霊の刃先から『気付かれていたのか!』と言わんばかりの空気を感じる。


 「「……じゃない」」

 「何だ? 聞こえぬぞ?」


 、それよりも。

 正体がバレていた以上に、ウィータ達には許せない何かがあったのか——。

 怒気を孕んだ声音でぼそぼそと何かを喋る少女とシー。


 おそらくは魔道具マジックアイテムの効果だろう。彼女の意思に呼応し幻惑のヴェールが剥がれて行く。灰色だった尾は、天狼族特有の緋色の地毛へと変化し——邪魔だとばかりに、彼女は自身の顔を隠していたフードを脱ぎ捨てる。

 露わになったのは緋色の長髪。

 そして意志の火が灯った緋色の眼光をもって、少女はジャンを睨みつけた。


 「「天狼族はっ、軟弱者なんかじゃない——っっ!!」」


 訓練場全体に響き渡る怒号で、ウィータとシーが叫ぶ。

 同胞をコケにされた事、そして相棒の一族を侮辱された事。それがトリガーになったのか、先程までとは一線をかくす空気感を纏ったウィータとシー。


 「フゥゥ……っ!」と。

 遠目から見ても分かる程の集中力で呼気を吐いたウィータは、まるで弓弦ゆんづるを引き絞るように、闘剣グラディウスを突きの態勢で構え、深く腰を落とす。


 「ふんっ、腹が立つか?」


 彼女たちの啖呵が気に入ったのだろう。ジャン・フローベルとはそういう男だ。

 ニィ、と。牙を剥き出しにして笑った彼は、小さな戦士たちの気迫に応えるように、大声を張り上げた。


 「——ならば証明してみるがいいっ! 小娘……っ!!」

 「言われなくてもっ——」「——やってやるっ!!」


 そして、ウィータは力強く地面を蹴った。

 凄まじい脚力。踏み込みで訓練場の床に小さなひびが入る。一瞬で彼我の距離を埋めた彼女は、ジャンの喉元目掛けて闘剣の切っ先を突き抜いた。

 「やぁっ——!」と、気合の込められた声と共に突き出された鋭い一撃が、ジャンの喉元へと一直線に迫る。


 「「……っ!?」」


 だが、そんな小さな戦士たちを嘲笑うかのように、余裕の笑みを浮かべたジャン。

 彼とは裏腹にウィータとシーから、声にならない驚きを感じた。


 理由は単純である。放たれた渾身の突きが防がれたからだ。

 いつの間にか・・・・・・ジャンの・・・・右手に現れた・・・・・・小さな丸盾ラウンドシールドによって、である。


 先程まで持っていたはずの大剣ツーハンデッドソードはどこに消えたのか——。

 淡い光の粒子となって消えた大剣それと入れ替わりで現れた丸盾ラウンドシールドをまじまじと警戒と見ながら、ウィータは「くぅ……っ!」と歯噛みしながら、「……シーちゃん!」と相棒の名を呼んだ。


 「おうっ……!」


 シーが短くを返事をすると、ウィータが持つ闘剣グラディウスが、幅が広く分厚い短剣——短闘剣プギオと呼ばれる武器に変身した。

 そのままウィータは更にジャンとの間合いを詰めると、反応し辛い下から抉り込むように、飛び跳ねながら短闘剣プギオの刃を振り上げた。顔を狙った一撃をジャンは涼しい顔で躱すが、間を置かずに彼女は返す刃を振り下ろした。


 だが、当然それもジャンは読んでいる。

 半身を捻って、振り下ろされた刃を再び躱すジャン。しかし、次いでウィータは振り下ろしと同時に体勢を低く構え、今度は足を狙った水平切りを放った。


 ——短闘剣プギオの短いリーチを理解しているからだろう。

 依然として余裕の笑みを崩さないジャンは、バックステップで後ろへと下がる。

 ウィータは速さを重視して短闘剣プギオという軽い武器を選んだのだろうが……それがかえって裏目に出た。……これでは攻撃が届かない——。


 「……ほぅ。意外に冷静だな」


 ——と、思っていたが。

 感心したように呟いたジャンの視線の先には、第三撃が直撃する瞬間に短闘剣プギオ闘剣グラディウスへと変身させたウィータの姿だった。

 直前で武器を入れ替える事による間合いのブラフ。

 素直に上手い、と。カルロは内心で感心した——しかし・・・


 「「っ……!!」」

 「悪くは無い。だが、詰めが甘い」


 次の瞬間、カァン! と。甲高い音が鳴り響く。

 ジャンの手にいつの間にか握られていたのは、丸盾ラウンドシールドではなく斧槍ハルバード。躱すのではなく、足と闘剣グラディウスの斬撃との間を阻むように、ジャンは斧槍ハルバードを地面に突き立てていた。


 「っ、まだ・・……!!」


 しかし、そこでウィータの猛攻は終わらなかった。

 再び闘剣グラディウスになったシーを短闘剣プギオに変身させる——が、今度は二振り……二刀流である。先程は上下の二連撃を披露したが、次に彼女が披露したのは技のへったくれも無い殴りつけるような連撃である。


 (……若いな。やっぱりただの子供か)


 「うぉぉぉぉぉぉぉ……!」と。

 気合だけは十二分にあるのか、雄叫びを上げながら連撃を放つウィータの速度は、確かに目を見張るものがある。だが、ジャンを相手にそれは悪手だ。現にそのことごとくが、いとも簡単にさばかれている。

 一撃の重さではなく、とにかく速度を活かしたその攻撃は、見るからに破れかぶれ。明らかに追い詰められてヤケクソになったような攻撃の仕方に、カルロは、ウィータの戦士としての未熟さを感じざるを得なかった。


 「ほれほれっ、どうしたどうしたぁ~? ガンバレガンバレ~!」

 「「……ぅぅっっ~~……!!」」


 こうなればジャンの独壇場である。

 勝負の行方が明らかになり始めた現状を見て、カルロは確信した。

 ——“彼女はやはり、自分達が思った程の実力を持つ訳では無い”、と。


 「フゥゥ……っ!」


 痺れを切らしたように呼気を吐いたウィータ。

 すると、左手に持った短闘剣プギオが青い粒子となって消える。

 右手に持った短闘剣プギオを、再び弓弦ゆんづるのように引き絞り、突きの体勢に入った彼女は、先程よりも強く、強く、地面を蹴った。

 一番最初に見た突きの攻撃と同じ攻撃モーション——。

 しかし先程とは違い、攻撃の瞬間に、短闘剣プギオ闘剣グラディウスへと変身させるブラフを織り交ぜた突きである。


 「……芸が無いな、小娘?」


 鋭い突きに、リーチのブラフ——それが初見の技であったなら、或いは当たっていたかもしれない……。少し落胆したように呟いたジャンは、軽くバックステップで後退し、闘剣グラディウスの間合いの外へと——。


 「「——……っ!!」」

 「「……っ!?」」


 正に、その瞬間だった。

 ウィータ達が鋭く叫んだ瞬間、彼女の手にある闘剣グラディウスが青く輝き……さらに・・・・もう一段階変身する・・・・・・・・・。より長く、より鋭く、突きに適した長柄武器ポール・ウェポン——長槍スピクルムへと。


 「なるほどっ……少し舐め過ぎたらしい!」


 二段構えのブラフに、さしものジャンとカルロも驚きを隠せなかった。

 一瞬だけ反応の遅れたジャンは咄嗟に顔を捻って突きを回避するも、頬を浅く切り裂いた槍の穂先から血飛沫が数滴ほど舞う。自分の予想を上回った事が嬉しいのか、豪快に笑ったジャンが、お返しとばかりに攻勢に出た。

 手に持った丸盾ラウンドシールドが淡い粒子となって消え、入れ替わりに現れた二振りの小剣ショートソードがジャンの両手に収まる。


 「っ……、また……っ!?」「手品ばっかしやがって……!」

 「お互い様であろう?」


 何が起きているのか分からないのか、焦った様子で悪態を吐いたウィータ達。

 大きく小剣ショートソードを振り被ったジャンの攻撃を防ぐ為、次はシーの方が小盾パルマに変身し、彼の攻撃を防ぐことになった。


 「先ほどの威勢が無いぞ! もっと見せてみろ! 天狼族の力というものを!」

 「「うぅぅうぅ……!」」


 上から、横から、斜めから。

 絶え間なく放たれる連撃を何とか耐えるウィータ。

 しかも、体格差にものを言わせた力任せの剣の振り方ではない。修練を積んだ者特有の洗練された体捌きから繰り出される斬撃だ。

 見た目以上に、受けに徹する彼女の腕には重い衝撃が駆け抜けている事だろう。


 (まぁ……無理もないですがねぇ?)


 ただ鋭く、的確に小盾パルマの防御の隙間から斬撃を放つジャンと、それを何とか凌ぎ切るウィータの攻防を見て、カルロは胸中で呟く。

 先ほどは少し驚かされたが、やはり依然としてジャンの優位性は変わらない、と。


 (『トポスの布手袋』——とある大魔導士が造り出した異空間に物をしまえる・・・・・・・・・・魔道具マジック・アイテム。ありゃ、そうお目にかかれない代物だ……ギルマスと戦う奴は全員、何が起きているか分からない内に負ける)


 ジャンの両手に装備された奇妙な紋様が描かれた滑り止め手袋グローブ——トポスの布手袋へと視線を見ながら、カルロは笑みを浮かべた。


 (……ギルマスは戦いの状況に応じて手袋アレから武器を選出し、持ち前の身体能力と達人級の技量——そして、完璧な間合いの見切り・・・・・・・・・からのカウンターによって敵を圧倒する……。その戦闘スタイルからついた異名は——)


 ——百腕のジャン・・・・・・フローベル・・・・・……っ! と。


 歴戦の猛者として、そして相も変わらず冒険者ギルドラッセル支部の顔として。

 その実力を示し続ける我等がギルドマスターへと、カルロは畏怖と尊敬を讃えた。

_____________________________________

※後書き

バトル回です……が、やっぱり細かい部分に拘り過ぎて描写が難しいです……。もし、よろしければ感想を頂けると嬉しいです!

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