第9話‐いきなり失敗……?
※前書き
前半は別視点、後半からシー視点に戻ります。
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「——さて。注文の素材は以上でよろしいか、ディルムッド議長殿?」
「えぇ、結構です」
とんとん、と。注文票の紙束を机に当てて
場所は冒険者ギルドの
応接室というだけあってか、中はアンティークなインテリアで装飾された落ち着いた雰囲気の内装となっている。その部屋の中央、オーク材で造られた大きなテーブルを挟み、高そうな椅子に座る二人の男の姿があった。
一人は、冒険者ギルド・ラッセル支部のギルドマスターである
そして、もう一人。
彼と相対する形で座る男は、右頬の泣き黒子が特徴的な美丈夫だった。
くすみのない茶色の長髪を二つに分け、鼻に掛けられた
その高貴な身なりからも分かる通り、彼はこのラッセルにおいて最高の権力を持つ人物の一人だ。
——ディルムッド・ラッセル。
この独立貿易都市ラッセルの創始者であるアルバート・ラッセルの直系であり、何を隠そう、この都市の政治を担っている組織——議会の長を務める人物である。
「して……時にディルムッド殿。一つお尋ねしたい事があるのだが……今日の早朝、ギルド街を中心にばら撒かれた指名手配書に身に覚えはあるか?」
「……ありませんね。ですが、誰がばら撒いたかは見当がつきます」
即答したディルムッドは、辟易したように
「おそらくは私と敵対する派閥の議員が発行したものでしょう。彼らは議会での発言権獲得の為にエドモンド商会と裏で繋がっているようですからね……。昨晩の
「……ようはエドモンド商会の尻拭い、か。通りでムチャクチャな訳だ」
「えぇ……しかも、天狼族の少女一人にその責任を押し付けようと言うのですから、笑いを通り越して不快感しかありませんよ」
「……全くだ」
その仕草と口ぶりから見るに、どうやら気にしている案件ではあるらしい。
昨晩の
「……あー。会議中のところすみませんね、お二方……」
——と、その時であった。
コンコン、と。扉を叩く音がジャン達の耳朶を打つ。
ジャンが許可する前に少し慌て気味に入って来たのは、中肉中背の草臥れた空気感を纏う優男——冒険者ギルドのサブマスターことカルロ・ベルンだった。
「どうしたカルロ? 何かあったか?」
「それが……ですね、マスター——ちょっと、来てもらってもいいですかい?」
「……。分かった。いま行く」
普段の落ち着き払った優男の様相を崩し、何かあった様子のサブマスターを見て、怪訝な表情をするジャン。会議を邪魔した彼を咎める事さえ忘れ、席を立ち上がる。
それを見て何か起こった事を察したのか、帰宅の準備を始めたディルムッド。
“別に構わないから行って下さい”、という事なのだろう。
「……すまんな、議長殿。少し外す」
「いえいえ。どうせ今日の用事は済んでいますので、また別の機会に伺うとしましょう。……では、これで」
そう言い残し、軽く礼をした裏口の扉から出て行く。
密会ゆえに長居も無用という事なのだろう。彼の気遣いに甘え、同じく礼を返し、ジャンはそのままカルロと共に
「あのお嬢ちゃん……なんですがねぇ? どう思いますかい?」
「……。……アレは——おい、まさか……っ!」
“あ~……何でよりにもよってこんな時に……っ”、と。
苛立ちと疲れが入り交じったような語調で呟いたジャンは、右手で頭を抱えた。
理由は
少女の身を包むのは袖の短いブラウスと、赤と亜麻色を基調とした袖の無いダブレッド。そして、フード付きのクローク・ケープである。
申し訳程度に刺繍が入っている為か、全体的に民族情緒に溢れた衣装だ。
尻尾の先端に飾り付けられた装飾品も、いいアクセントとなっており、ラッセルのような獣人種の多い都市部ではよく見る『どこぞの民族集落から出て来た獣人種』という、パッと見の印象を際立たせるものとなっていた。
一見すると、北方のデネ皇国に住まう
「気付いてるのは、まだ自分らだけっぽいですがねぇ……多分、アレ——」
「——あぁ……
「えぇ、まぁ、専門ですから。多分、魔道都市エノクで造られたものでさ。似たようなのを何個か持ってます」
「……となると——十中八九、冒険者の
「どうしますかい?」
「……うぅ~む。さて、どうしたものか……」
腕を組み、トントンと人差し指で自分の肩辺りを叩きながら思案するジャン。
“面倒な状況になった”、と。内心で愚痴る彼は、十秒ほどの時間を置いた後、何かを思いついたように、ピタリと。人差し指の動きを止める。
「——カルロ」と、隣に立つ優男の名を呼んだ。
「今回の『
「Dランク——ですかい? まぁ、Dランクともなれば結構な数の依頼をこなせるでしょうからねぇ……最低でも二割、上手く行けば四割は減らせるでさ」
「最低でも二割、か……」
ニヤリ、と。冒険者に似合わぬ商売人然とした表情で二人は笑った。
「なるほど——
「へへっ、確かに。
はてさて、何が“アリ”なのか——。
二人の意味深な呟きに問い掛ける者はいない。
しかしながら。ニヤニヤと薄ら笑いを
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——
「「……幻惑の尾飾り??」」
「ケケッ、あァ。嬢ちゃんの尻尾についたそれは、装着者の意思に合わせて見た目を誤認させる魔法が掛かってる。……まァ、効果は弱い上にちょっとした事で幻惑が解けるから気をつけるんだぞ?」
ウィータの着替えが終わると、テメラリアはオレ達に向けてそう言った。
「……うぅ、何かしっぽがムズムズする」
「まぁ……気持ちは分かるが我慢だ、ウィータ。今後の事を考えるなら、やっぱりこういうのはあった方がいい」
「だな。無用なトラブルは避けるに越したことはねェ」
「……分かった」
しょぼん、と。尻尾の先についた金色の飾りが気に入らないのか、先程からしきりに気にする様子を見せていたウィータは、諦めたように肩を落とした。
一拍の間を置き、「さて——」と。
切り替えだと言わんばかりに羽搏いたテメラリア。
器用に翼を動かし空中で制止した彼は、言葉を続けた。
「——試験は大変だろうが、シー……お前がついてるなら何とかなるだろ。俺様はこれから別件で動くが、くれぐれも油断はするんじゃねェぞ?」
「え……? テラちゃんは来ないの?」
「……別件って、何か心配事でもあるのか?」
てっきり、このまま共に旅に出かけるものだと思っていたが……“自分は同行しない”——テメラリアのそんなニュアンスを込めた言動に驚き、思わずオレとウィータは疑念を口にした。
「冒険者試験は難関って言うからな……中でもラッセル支部のギルドは、“百腕の”……何ちゃらとかいう実力者が試験をする事もあるらしい。なら試験に落ちた時の事も考えて動かねェと、大変だろ?」
「……なるほど。確かに一理あるな」
「むぅ……わたし落ちないよ! 勝つからね!」
テメラリアの心配が
だが、ウィータには悪いが……テメラリアの懸念は正しいだろう。
ウィータの才覚は底知れないものがあるが、まだ契約したてで経験も浅い。オレがついているとはいえ、“万が一”という事も十分あり得る話だ。
——冒険者試験と並行して、他の策を打っておくのも悪くないだろう。
もしバレたら、最悪はオレが怪鳥に化けて街を出てもいいし、巨大モグラに変身して穴を掘ってもいい。透明マントに変身して逃げ出すのもアリだ。
「……ケケッ、威勢がいいな。期待して吉報を待ってるぜ?」
“頑張れよ、嬢ちゃん……シー”——と。
最後にそう言い残し実体化を解いたテメラリアは、そのまま透明になって消えて行く。『がんばってー』『おうえんしてるー』と、他の精霊達も同様にオレ達へのエールを残すと、そのまま消えて行った。
(——って、言ってたのによぉ~!
回想が終わり、場所は所変わって冒険者ギルドのロッジ内。
中には多くの冒険者と呼ばれる者達が大勢おり、皆一様に武器の手入れや、依頼内容の確認、情報交換などを行っている。寄り合い所のようなものと聞いていたから、もっと緩い感じかとも思ったが、意外にも中はピリピリとしていた。
と言うよりも……何と言うか、全体的に慌ただしい? 感じである。
まるで嵐の前の静けさに似た空気感だ。
何人か見慣れないオレ達を気にかけたようにチラチラと視線を向けて来るが、やはり、他に優先すべき事でもあるのか、すぐに別の用向きに意識を割いていた——。
「——え~、ですので……ウィータ様の冒険者登録は規定により行う事は出来ませんので、お引き取り頂けないでしょうか?」
が、それよりも、である。
今オレ達が割くべき意識の先は、そこではなく目の前の大問題であるべきだろう。
「「……何でぇ!!?」」
「先程から申し上げている通り
受付カウンター前に立つオレ達に、切れ長の瞳が特徴的な受付嬢は、事務的な口調と態度で冷徹にそう告げる。
——冒険者ギルドに登録するしないどころではない。
そもそも登録できないというそれ以前の問題が、オレ達の前に立ちはだかった。_____________________________________
※後書き
今話に登場したウィータの各服装に関しての名称をご存じない方もいらっしゃると思いますので、【ケモペディア‐元ネタ‐衣服について】の項目に掲載しました。もし、興味のある方がいらっしゃいましたら、そちらの方もご覧下さい。
こちらが【ケモペディア‐元ネタ‐衣服について】のURLです→https://kakuyomu.jp/works/16817330669418776735/episodes/16818023212600975966
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