第8話‐作戦会議

※前書き

今話からが『第二章・冒険者ギルド登録編』のスタートです。

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 昨晩の鳥竜種ワイバーン騒動から一晩明け、時刻は朝の雲雀が泣き止み始めた時頃。


 場所はラッセル郊外のゴーストエリア。

 何を隠そうこの場所は、ほんの数十年ほど前まではラッセルの中心街であった場所だと、テメラリアが言っていた。周囲には廃屋や打ち捨てられた倉庫などが立ち並んでおり、かつては賑わっていたであろう盛隆せいりゅうの頃を思わせる。


 だというのに現在は、人っ子一人見当たらない。

 不自然な程の静寂と沈黙、そして、文化遺跡に似た退廃の空気感が漂っている。


 ……なんでも。ミール川の運河を通じて都市外との貿易が盛んになるにつれ、徐々に港を中心とした中心部へと人の大移動が起きた事により、旧・中心街跡地となってしまったこの場所には、滅多に人は寄り付かないのだそうだ……。


 「——と、言うわけで……オレ達はこれから邪神ウルを倒す為に、修行の旅に出なきゃならん。これからよろしく頼むぜ、新たなる相棒よ!」

 『ケケッ、過酷な旅になるが根をあげるんじゃねェぞ、嬢ちゃん?』

 「……はじめて聞いたよ!」


 と、そんな文明の跡地に潜伏していたオレ達。

 ほぼその場の成り行きで契約に至ってしまったオレ達であったが、旅の目的くらいは説明しておいた方がいいだろうという事で、自己紹介の真っ最中であった。

 が、やはり大方の予想通り。ウィータは不満なようである。


 「……ウルって天狼族わたしたちにのろいをかけたスッゴク強くて悪い神様だよね……? もしかして、もしかしてだけど……わたしは、せきにん重大な使命を負ってしまったのでは……?」

 「ん? まぁ……そうだな」

 『世界と人類の命運が掛かってる。嬢ちゃんの双肩に全てが掛かってると言っても過言ではねェな。嬢ちゃんが逃げたら世界と人類は終わると思った方がいいぜ』

 「——~~~っ! そういうのは先に言うべきだと思う……!」


 ごもっともである。まぁ、確かによくよく考えなくても先に言うべきだろう。

 ベオの時でさえ、ちょっと嫌そうな顔された位だし、やっぱり誰だって世界とか人類とか大きな責任を背負いたくないのだ。正直に言うと、オレも嫌だ。

 ——だが、何事もそうはいかないのが現実というものだ。


 「……うぅ……や、やっぱりけいやくをやめる事はでき……る……?」

 『ケケッ、俺様としてはそうしてやりたいんだがなァ~?』

 「精霊契約は一生ものなんだよ。今のウィータはオレと霊体アニマが融合してる状態なんだけどな? スゴく強く結びついてるから、それを無理やり剥がしたりなんてしたら——ウィータ……お前は魂と肉体が・・・・・・・・ドロドロに溶けて死ぬ・・・・・・・・・・

 「何それ! 聞いてないよぉ!?」


 「ダマされた! このあくまめぇぇ~~!」と、思いつく限りの悪口を吐き捨てるウィータ。まぁ、精霊の中には『悪魔』と呼ばれる奴もいるから、あながち間違いではない。


 「……うぅ、関わっちゃダメなせいれいに関わっちゃった気がする……」

 『ケケッ。まぁ、諦めて世界と人類を救うことだな』

 「そうそう。案外楽しい旅になるかもしれないぜ? ……それに・・・、だ——」


 不貞腐ふてくされたようにその場にうずくまったウィータに、オレは言った。


 「——力が欲しかったんだろ? だったら安心してくれ。オレは『最強の精霊』だ。オレと契約したからには、必ずウィータを今よりもずっとずっと強くしてやる。誰にも負けないくらいな?」

 「……」


 オレの言葉を聞いて何か感じ入る部分があったのか、まだ少し不貞腐れたように唇を尖らせながらも、ウィータはムクリと起き上がった。

 「……本当に——」と口を開いた彼女は、一つだけオレに聞いて来た。


 「——本当に、誰にも負けないくらい強くなれる?」


 その質問の真意が分からず、オレはテメラリアと顔を見合わせた。

 だが、言葉の真意は分からずとも、何となく裏にある想いだけは理解できる。


 ——思い出すのは、地下闘技場アンダー・コロッセオでの啖呵だ。

 自らの名を、覚悟を、意地を、誇りを、力の限り叫んだあの魂の叫びである。

 ウィータが何を思ってアレを叫んだのかは分からないが、地に落ちた天狼族の栄光を——そのかつての勇姿への渇望を、オレは確かに感じた。


 それはオレにとっても重要な意味を持つ。


 元相棒であるベオウルフの同胞である天狼族は、オレにとっては大切な存在だ。

 かつて、邪神ウルとの戦いで共に戦場を駆けた英雄たちの中にも、多くの天狼族がいた。彼らが遺した栄光がこのような形で地に落ちることは、オレも望むところではない。


 「……あぁ、約束する! オレの名に誓って、必ずウィータを誰にも負けないくらい強い大英雄にしてやる!」


 だから、それだけは約束する。変身の大精霊シーとしてではなく、ただの精霊シーとして、オレは天狼族の全てを取り戻す事だけは約束しよう。

 オレが力強くそう言い切ると、ウィータは納得したように笑みを浮かべた。


 「……分かった。じゃあ、わたしもがんばるよ。よろしくね、シーちゃん!」

 「おうっ! こっちこそ改めてよろしくな! 相棒!」


 どうやら納得して貰えたらしい。ウィータとの距離が少しだけ縮まったような気がする。半ば強引気味であったような気もするが、ひとまずは安心だろう——。


 『——ケケッ。話に一段落着いたみたいだな? なら、そろそろ直近の問題に話題を移してもいいか? 割と急を要する件なんでな』

 「「直近の問題……?」」

 『あァ、この手配書・・・に関してだ』

 「「??」」


 と、そう言って。

 わざわざ実体化までしてテメラリアが取り出したのは一枚の手配書だった。

 急造でこしらえたような雑な文章が書かれたその手配書には、下手人の罪状である『エドモンド商会所有の倉庫に押し入り強盗殺人』と、スヴェリエ大金貨三枚という報酬額を示す旨が書かれている。


 ——だが。

 何よりもオレ達の目を引いたのは、手配書に記された下手人の人相書きである。


 「……な、なんで、わたしの顔が・・・・・・かいてあるの・・・・・・……?」


 そこに描かれていたのは、やたらと悪人面に書かれたウィータだった。まさか手配書に描かれている下手人が自分だとは思わなかったのか、思わず当の本人はダラダラと冷や汗を流しながら頬を引き攣らせている。


 「……エドモンド商会の連中、どうやら相当に焦ってるらしいぜ? 製紙ギルドと議会に圧力をかけて、一晩で嬢ちゃんの手配書まで造らせやがった。多分、早めにラッセルを出ないと見つかるのも問題だろう」


 羽を腕のように組んだテメラリアは渋面を作る。

 確かに、たった一晩でここまで精巧な手配書を造らせる程である。千年前には無かった製紙技術だが、この量産量から見て、エドモンド商会は相当な無理をしているはずだ。

 この追い詰められ方から見るに、テメラリアの意見に同調した方がいいだろう。

 ——追い詰められた人間ほど、何をしてくるか分からないものは無いのだ。


 「う~ん、やっぱそれが無難か……。じゃあ、オレが透明マントにでも変身して街を出るか? 適当な魔獣に化けるのもアリだな……」

 「いや——仮に出られても、問題はその次・・・だ」

 「「その次??」」


 オレの意見を遮ったテメラリアは、キョトンとするオレ達へ向け「……あァ」と。

 何故かオレにだけ向けて手招きして来た為、彼に近寄る。「???」と、頭上にはてなマークを浮かべるウィータに聞かれないように、テメラリアは小声で話し始めた。


 「(……考えてもみろ、シー。嬢ちゃんが地下闘技場あんな場所にいたのは、それなりの経緯があったはずだ。言ったろ? 昔と違って、今は天狼族の扱いは特殊なんだ。仮にラッセルを出られたとしても、行く先々でトラブっちまう)」

 「(……なるほど。確かに)」


 テメラリアの言う通りである。これからも円滑に旅を続けるなら、トラブルは出来るだけ避けたい。一応、納得してくれたとはいえ、旅に耐え切れずウィータにへそでも曲げられたら大変である。


 「(——でも、何か案はあるのか……?)」

 「(天狼族を迫害していたのは、大体は四大英雄を敵視していた聖教の信徒だ。できるだ聖教の力が弱い街や国を中心に回れば、まぁ、少しはトラブルを回避できるかもしれん)」

 「(なるほど。と、なると……やっぱり目指すのは北方の国か? 千年前も、北方じゃ聖教の力が弱かったし——あっ、でも通行手形か身分証が必要か……)」

 「(ケケッ、そうなるな。千年前と同じで、あっちは伝統的に検問が厳しい)」

 「(……やっぱりか)」


 話は分かったが……正直、厳しいと言わざるを得ないだろう。


 ベオの故郷であるデネ帝国や、大魔導士アベルの故郷でもあったスヴェリエ王国があった北方付近の国々は、千年前から伝統的に武装した兵士を大量に配置した城を、関所という形で各所に置いていた。

 通行手形を持っていたり、市民権を持っていた者ならば税さえ払えば例外なく通る事が出来たが……そうでない者は、意地でも通さなかったのを、今でも覚えている。


 テメラリアの言う通り、通行手形か身分証が必要なのは当然だが……千年前ですら、異民族や素性の知れない者が身分証の代わりとなる市民権を得られるのは、数年から数十年の奴隷生活を経てから得られるものだった。

 一つの都市に生きる事を認められるのさえそれだけの時間がかかると言うのに、どこにでも入れる通行証なんて便利なものがあるのだろうか?


 「——ねぇ、シーちゃん、テラちゃん? まだはなし続きそう?」

 「「……!」」


 と。オレ達が密談に耽っていると、覗き込むようにして間に入って来たウィータ。

 気配もなく忍び寄って来たため、オレ達は驚き後ろに飛び退いた。


 「お、おうっ……い、一応……話の方向性は纏まったところだぜ、ウィータ?」

 「だ、だな……嬢ちゃんとシーにはとりあえず、身分証代わりに冒険者ギルドに登録をして冒険者になってもらうぜ?」

 「……え?」「……ぼーけんしゃぎるど?」


 オレが誤魔化そうと適当な事を口走ると、テメラリアが勝手に話を進めてしまう。

 聞き慣れない単語に揃ってオレ達が小首を傾げると、「……おいおい。シーが知らねェのは分かるが、嬢ちゃんまで知らねェのかよ」と、面倒そうに溜息を吐く。

 「まァ、何て言うかな——」と、彼は冒険者に関しての説明を簡単にし始めた。


 「——冒険者っていうのはだな、簡単に言うとプロの何でも屋だ。んで、冒険者ギルドっていうのは、冒険者同士で技術や知識を共有して、依頼の達成率を上げる為に設立された……まぁ、簡潔に言うと『何でも屋の相互扶助組織』だな」

 「……つまり、一種の寄り合い所みたいなものか……?」


 “まぁ、そんなとこだな”、と。テメラリアが肯定する。


 「冒険者は『聖アストレア修道騎士会』っていう『正義と民衆の女神ユースティア』の一番最初にできた修道騎士会を起源にしてるんだが……この登録証代わりの装身具ブローチが便利でな? 『女神ユースティアに認められた騎士の証』って事で、通行証代わりで通用するんだよ」

 「おぉ~、べんり!」

 「……マジかよ。そんな便利なものがあるのか?」


 テメラリアの説明に感心したオレ達は感嘆の声を上げた。

 つまり。簡単に言うと、だ——。

 冒険者には『正義と民衆の女神ユースティア』の修道騎士時代だった頃の名残がそのまま残っており、ユースティアの信仰が残っている場所では、今でも『ユースティアの騎士』として、冒険者は歓迎されるという事だろう。


 「それは何としてでも欲しくなっちまうな」

 「うん……何か聞いてたら、わたしもほしくなってきた!」


 オレと同意見なのか、正しくやる気満々といった風に晴れやかな表情をした彼女は、「——じゃ、シーちゃん!」と口を開き、ラッセルの中央地——オレとテメラリアが昨日見て回ったギルド街へと指を差した。


 「——さっそく冒険者ギルドに行っちゃおー!」

 「お? やる気だな~? いいぜぇ! ちゃちゃっと冒険者登録だ!」

 「いやいや待て待て待て待てってっ、おい!!」


 “お~!”、と。颯爽と身を翻し冒険者ギルドへ向かおうとするオレ達。

 だが何故か、テメラリアは焦った様子でオレ達の前に立ち塞がった。


 「……冒険者登録するのは構わねェが、お前ら指名手配されてること完璧に忘れてないか!? 冒険者ギルドのロッジはラッセルの中心街にあるんだぞ! そんなボロボロの格好してたら目立ってしゃーないだろーが!」

 「むっ……たしかに」

 「そういやそうだな」

 「……大丈夫かよ、お前ら……」


 オレ達の言動に今後の先行きに関して不安を感じたのだろう。

 “はぁ~……”と、溜息を一つ吐いたテメラリア。

 「やっぱ用意しといて・・・・・・・・・正解だったか・・・・・・……」と、意味深な呟きをすると、彼は器用に羽先を丸め指笛を鳴らした。

 唐突に謎の行動を取った彼に、はてなマークを浮かべるオレ達をよそに、廃屋や打ち捨てられた倉庫の中から、ピョコリピョコリ、ピョコピョコ、ピョコリ! と。


 まるでぬいぐるみのようにファンシーな見た目をした半透明の生物たち——実体化した精霊達が、「わ~!」と喜びに満ちた様子で飛び出して来た。


 「シー、けいやくおめでと~!」

 「あたらしいあいぼうもてんろうぞく~!」

 「わ、わ、わ……何この子たち……!」


 “わ~、わ~!” と、ウィータの周りに集まって来る精霊達。

 その内の何体かが、ちょうどウィータ位のサイズに合わせてあるように見える服やら靴やらを持っている。

 彼らを見てキラキラと瞳を輝かせるウィータは、よく猫や犬をわしゃわしゃする動物好きな者達がする緩んだ表情をしながら、プルプルと身体を震わせている。


 「何でコイツらがいるんだ……? ってか、アイツらが持ってる服なんだよ」

 「見りゃ分かんだろ。あんなボロボロの服で旅する気か?」


 テメラリアがそう呟いた次の瞬間だった。


 「にゅわぁぁぁぁぁぁぁ~~~!!? 何すんのぉぉぉ~~~!!」


 水と火の精霊が協力してお湯を生成しウィータへと浴びせ始めたではないか。

 他にも泡の精霊や風の精霊がウィータへに向けて泡や風を噴射し始める。


 「あー、なるほど……そういうことか」


 「ばっちいの~」「きれいにするの~」と、言っている辺りどうやらウィータの体を洗っているらしい。何十体もいる精霊に競饅頭くらまんじゅう状態にされ、姿が見えなくなっている。

 ポイポイと着ていた剣闘士服が投げ捨てられ、精霊達の簡易仕切り壁パーテーションの向こう側で、ウィータは着替えさせられ始めた。


 「シーちゃぁぁぁ~~~ん! 助けてぇぇぇぇ~~~!?」


 精霊の隙間から助けを求める手がひょっこりと出る。

 ——彼女の叫び声が無残に青い空に木霊するのだった。

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