文章に想いをのせて
三咲みき
文章に想いをのせて
どれにしようかなぁ。
雑貨店の文具コーナーのある一角。目の前にはさまざまなデザインの便箋が並べられている。ざっと二十種類くらいだろうか。
ひとつを手にとっては、戻して別のを手にし、そしてまた最初の便箋を手に取るということを、かれこれ三十分も続けている。
仕事帰りに訪れた雑貨店。本当はさっくり選んでさっさと帰るつもりだった。まさかこんなに悩むことになるとは。大好きな推しのことを考えたら、便箋選びも苦労する。
やはりファンレターなんて、私にはハードルが高かったのだろうか。
彼らのことを知ったのは、ちょうど一年前だ。動画サイトで適当に音楽を漁っていたらたまたま見つけた。ギター&ボーカル、ギター、ベース、ドラムと、よくある四人編成のバンド。
ボーカルの高くて柔らかい声に、憂いのある歌詞に、全身をふわりと包み込むようなコーラスに、一瞬で虜になってしまった。まだそんなに有名なバンドではないらしく、各地のライブハウスを転々としているようだ。
彼らのライブに行くことが、いつの間にか楽しみになった。
ライブは決まって平日。仕事帰りに彼らの音楽を全身で感じることが、たまらなく心地良い。
『来てくれてありがとう』
『今日も一緒に楽しもうね』
そうやってお客さんに笑顔を向ける彼らを見ると、一日の疲れが一瞬で吹っ飛ぶ。「ずっとここにいられたらな」なんて、夢見心地になる。
毎公演、物販スペースにはファンレターを入れるボックスが置かれている。女性ファンの多くが、そこにファンレターを入れる。
熟れた感じでボックスに入れる人、オドオドと周りの視線を気にしながら入れる人。
自分には関係ないことと思いつつ、気になってチラチラと見てしまう。
SNSでつぶやいたり、動画サイトで「いいね!」を付けたり、そうやって自分から何かを発信するのが、大の苦手な私。そんな私がファンレターなんて、絶対にないと思っていた。
でも、誰かがそのボックスに手紙を入れるのを見る度に、羨ましくなって、自分もこの「好き」を表現したいと思うようになった。
返事がほしいとか、私のことを認識してほしいとか、そんなんじゃない。ただただ、好きな詞や好きなメロディーについて語りたい、出会えたことに感謝したい。
文章はもう用意してある。昨日、何時間も悩みに悩んで、文章におかしなところがないか何度も読み直して、ようやく完成させた。後は便箋を買って清書するだけ、そう思っていたのに。まさか便箋選びで、こんなに悩むことになるなんて。
目の前に並ぶ便箋はどれも欲しくなるような素敵なデザイン。子どもの頃に持っていた漫画のキャラクターが描かれた便箋とは違う。
どれもきれいだから、選べない。
最初に目についたのは、キラキラと銀色に輝く五線譜の上で、淡い色の音符が音を奏でている便箋だ。音楽をしている人に贈るのだから、音符の絵柄が描かれた便箋がいいかもしれない。
でもその隣にある、鳥の羽根が舞っている便箋も優雅でとてもいい。
四隅を水彩の花びらで彩っている便箋も華やかで素敵だし。どれも本当に素晴らしく品のあるデザインだ。
私が考えた文章が、より引き立つのはどのデザインだろうか。彼らにはどの便箋が似合うだろうか。
「決めた」
散々悩んだ挙句、結局選んだのは、最初に良いと思った音符の便箋だ。封をするときに使うシールも選んで、ようやく売り場を後にした。
誰かに手紙を贈るなんて、思えば小学生以来だ。あのときは、こんなに悩んだりはしなかった。自分の思うがままに書きたいことを書き、自分の気に入った便箋を使っていた。
今は受け取り手のことばかり考えてしまって、素直に自分の想いを表せない。それが窮屈だったりもする。
しかし、文章をじっくり考える時間も、贈る相手を想いながら便箋を選ぶ時間も、毎日を慌ただしく生きている自分にとっては、ホッと一息、心が安らぐ時間だった。
手紙を書くのも、たまにはいいかもしれない……。
今度、地元に住む両親に連絡をとるとき、メールじゃなくて、手紙を書いてみようかな。
文章に想いをのせて 三咲みき @misakimaru
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