サラマンドラの熾火

郡冷蔵

サラマンドラの休息地

 ああ。

 かまどのなかに、サラマンドラが押し込められて居る。ほのおを吸い込み、あらたなるほのおを吹き出して、熾火の熱を、起こしてゆく。


 かつて、錬金術師は、山沢のふちで、ちろちろ舌を這わせて居た、元気な蜥蜴を一匹、つかまえて帰った。

 それから、質のいい火精石を、ていねいに、ていねいに、砂の粒になるまですりつぶして、同じ様にすりつぶした石炭と、屑鉄とをあわせて、えさをつくった。ピンセットをつかって、蜥蜴のくちをあんぐりと開けさせ、その喉奥に、特製のえさを流し込んだ。


 一晩のうちに、蜥蜴はうまれかわった。

 火精の祝福を満身に受けて、ほのおの精として、サラマンドラとしてうまれかわった。


 それから、サラマンドラはここに居る。

 乾き、熱される炉のなかで、ほのおの番を、任せられている。ほのおを吸い込み、あらたなるほのおを吹き出して、熾火の熱を、起こしてゆく。


 錬金術師は道具を愛している。

 道具は、使われ続けることで、愛されている。

 サラマンドラは、熱を感じない。

 とてもありがたい祝福で、おのれのからだがいきているのかも、わからない。


 一年のうちに、錬金術師はうまれかわった。

 なにやらお偉いお方の寵愛を受けて、この様な鍛冶屋の居抜きなどより、もっと良い場所で、もっと良い道具で、探求を続けてゆくことになった。


 道具は、取り換えられる運命にある。

 冷めて、静かになったかまどのなかで、サラマンドラは、まぶたを閉じた。久方ぶりの、休息だった。


 もう、火蜥蜴は、ほのおを吐き出さない。

 ほのおを食べることもなし。

 ただ、ぺたぺたにしめった、蛙の子を食す。

 その様な夢とともに。記憶と、ともに。

 いのちの熾火を、消してゆく。

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