第4話

樺太の港からは、続々と疎開船が出港していきました。


美代みよちゃんは、疎開船に乗ることができたようでした。

美代ちゃん、北海道の留萌るもいに渡っても、電話交換手の仕事をするのかな?

そうしたら、私、留萌の交換局に電話してみようかな。

また、美代ちゃんの声、聞けるかもしれないな。


そんなことを考えていました。


数日後、美代ちゃんたち疎開民を乗せた船は、ソ連の潜水艦の攻撃を受けて、日本海に沈んだそうです。

その時の私は、そんな未来など知り得るはずもありませんでした。



ソ連軍の南樺太への侵攻が始まりました。

国境線が突破されたそうです。


ここ、真岡の町にも、赤い星がついた飛行機が飛んでくるようになりました。

ソ連軍の飛行機です。


まだ、爆弾などは落とされていませんが、いずれは真岡も内地のように、空襲を受けるのでしょうか。


* * * * *


ある日、局長が言いました。


「明日の正午、天皇陛下から大事なラジオ放送がある。全員、心して聞くように」


天皇陛下がラジオ放送?


私は電話交換手として、たくさんの人の声を聞いてきましたが、陛下の声はまったく聞いたことがありませんでした。

そもそも、天皇陛下の声を聞いたことがある国民が、いったい何人いるのでしょう。

陛下御自身が、玉音を用いて臣民を励まそうというのでしょうか。



昭和20年 8月15日。

正午のラジオ放送を、交換手のみんなで聞きました。


「朕、深く世界の大勢と帝国の現状とに鑑み、非常の措置をもって時局を収拾せんと欲し、ここに忠良なる汝臣民に告ぐ……汝臣民の衷情も、朕よく、これを知る。しかれども、朕は時運のおもむく所、堪え難きを堪え、忍び難きを忍び、もって万世の為に太平を開かんと欲す……」


放送を聞き終わった後、この放送が何だったのか、私にはよく分かりませんでした。

ただただ、天皇陛下のお声を初めて聞いた驚きでいっぱいでした。


局長は言いました。


「日本は戦争に負けたんだ……」


「そんなはずがありません!」


仲間たちが声を上げます。

しかし、玉音放送の内容を理解できた職員もいて、涙を流しながら日本の敗戦を認めていました。


やっと戦争が終わった。

そういう安心感が、次第に局内に広がっていきました。



そうか……戦争は終わったんだ……



母さん、私は生き残ることができたよ!

戦争が終わる日まで、私は電話交換の仕事をすることができたよ!


泣いて私をビンタした、あの日の母の顔が思い出されました。


家に帰ると、私とは母は、抱き合って戦争の終結を喜び合いました。

日本は負けたというのに、喜ぶのは不謹慎だとは思いました。

そうは分かっていても、戦争の終結は私達に、大きな安心を与えてくれました。


「ね! 母さん。大丈夫だったでしょ? 樺太の電話は、最後まで私達が守ったのよ!」


「よくやったね。あなたは私の自慢の娘よ!」


* * * * *


戦争が終わっても、電話交換業務は一刻も休む暇がありませんでした。


離れて住んでいた親戚同士が連絡を取り合っているのでしょう。

電話は鳴りっぱなしでした。


塔路とうろ町がソ連軍の攻撃を受けています!」


え? 戦争は終わったんじゃなかったの?


塔路町の町長は、支庁からの命令書を持って、ソ連軍との停戦交渉に行ったそうです。

ソ連軍は、日本軍の武装解除と、避難している住民たちの提供を要求し、町長を人質に取ったのです。

その後、町長はソ連軍によって射殺されてしまいました。


ソ連軍が攻撃を続けるので、住民たちは恵須取えすとる町へと逃げていきました。

すると、ソ連軍は避難民の行列に向かって、飛行機から機関銃で攻撃してきたのです。

その攻撃で、たくさんの避難民が亡くなりました。


8月15日が過ぎても、戦争は終わっていなかったのです……

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