第3話
家に帰り、私は母に言いました。
「私は真岡の町が好き! 生まれ育った樺太が大好き! だから、疎開なんてしたくない!」
言い終わるや否や、私は母にビンタされました。
「何言ってるの? あなたは戦争が何なのか、分かってないでしょ! あなたは、戦争で女性がどんな目に遭うか、分かってないのよ! ソ連兵にひどい目に遭わされるのよ!」
「じゃあ、樺太の電話は誰がつなぐの? 私がいないと、みんなの疎開だってできないじゃない!」
「あなたがやることではありません! あなたは、自分の命を第一に考えなさい!」
「嫌よ! 私は残る! 残って、電話をつないで、みんなが無事に疎開できるように最期まで働かせて!」
バチン!
母からの2発目のビンタ。
私の目から涙がボロボロと溢れ出しました。
それでも私は、泣きながら母を睨み返しました。
すると、母の目からも大粒の涙がこぼれ落ちていました。
母は言いました。
「父さんは今、占守島でソ連軍と戦っているのよ……この上、あなたまで失ったら……」
「だいじょうぶ! 千島列島は父さんが守ってくれる。そして、この樺太の通信は私が守る。父さんはサムライなんでしょ? 士魂って言ってた。だから、私はサムライの娘よ。母さん、安心して」
「安心なんて、できるわけ、ないじゃない!」
結局、母は納得はしてくれなかったけど、最後は折れてくれました。
私が真岡に、ギリギリまで残ることを許してくれたのです。
「ソ連兵が真岡の近くまで来たら、すぐ疎開する。約束よ!」
母はそう言いましたが、私は帝国軍人の娘。
軍人の娘が敵前逃亡するなんて、私は嫌。
そして、そんな私なりの「士魂」を、母はしぶしぶ受け入れてくれたようでした。
* * * * *
翌日、真岡郵便電信局では、最終の人員確認が行われました。
20人が残ることになりました。
電話は24時間、いつでもつながらないといけません。
今までは、3交代制で働いてきましたが、20人しかいないので、10人ずつの12時間交代勤務となりました。
私たちは、樺太最後の電話交換業務を行う誇りと責任を背負います。
人数は減ったのに、かかってくる電話は増える一方でした。
疎開の確認の電話なのでしょう。
北の国境ではもうすでに戦闘が行われているのかもしれません。
電話交換室に、一人の女性が大声を上げながら入ってきました。
みんなは唖然として、そちらを振り向きます。
「
そう言ってその女性は、私の隣に座る美代ちゃんを引っ張っていきました。
「母さん、離して! 私は残るの!」
「何言ってるの! もうじきソ連兵がここに来るのよ! ひどい目に遭わされるのよ!」
「いや! 離して!」
バチン!
美代ちゃんのお母さんは、美代ちゃんに平手打ちをしました。
その音が、交換室中に響きました。
私は、自分が母に叩かれた時のことを思い出しました。
続けて、美代ちゃんの泣き叫ぶ声が響き渡ります。
美代ちゃんのお母さんは言いました。
「お騒がせして申し訳ございません。美代は私の大事な娘です。まだ19歳です。ソ連兵に渡すわけにはいかないのです。どうか許してください」
そして、美代ちゃんを引っ張って、連れて帰りました。
交換室の空気が重くなりました。
ここにいるみんなが、家族の反対を押し切って、残ることを決意してきたのでした。
私も含め、みんなが自分の家族のことを思い出したようでした。
しかし、そんなことを考える暇もなく、交換台は鳴り続けます。
私たちは業務に戻ります。
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