月の欠片を拾った夜

 月の欠片を拾った夜、眼球のない人形と遭遇した。


 ごみ捨て場には本来、燃えるごみの袋だけが積まれているはずだが、山と積まれた袋の頂き、放り投げられたと一目で分かる状態で人形は空を仰いでいる。

 雑に切られた栗色の髪、所々引き裂かれた黒いドレス、露出した手足は雪よりも白く硬質で、関節部分に球体が埋め込まれていた。

 紅を引いたように赤々とした唇は笑みの形に歪み、鼻筋は通り、そして──眼窩には小さな闇が広がっている。

 息をしていない。

 ──人形だから当然。

 なら、痛みもないか。

 ──そう思うが、人形が泣きたそうに見えるのは気のせいか。

 人気のない道、ごみ捨て場に近寄って、人形を見下ろす。端から見れば犯人だと、間違えられるだろうか。

 しばらくの間、闇を見つめる。

 人形は動かない。意味もなく空を見上げている。

 見れば見るほど──泣きたそうだ。

 眼球もないのに、いやないからこそ、泣きたくて堪らないんじゃないか。

 人形の気持ちなど分からない。自分が勝手にそう思うだけだろうけれど、無意識にポケットに手を突っ込んでいた。

 拾ったばかりの月の欠片。

 一つしかないけれど、片方だけでも人形の眼窩を埋められないか。

 まるでそうするのが当たり前とばかりに、手は、握り締めた欠片を人形の右の眼窩に宛がい、埋め込む。

 人形は動かない。痛みもない。悲鳴も上がらない。

 だから心は動かない。

 当然のことをしたのだ。自分がたまたま拾った月の欠片は、きっとこうされる為に拾われたのだから。

 塞がった右目はこちらを見つめる。泣きたそうな表情は、幾分和らいだように思える。

 しばらく見つめ合った後、来た道を引き返した。


 まだ、左が残っている。

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嘘をつく鏡と月の欠片を拾った夜 黒本聖南 @black_book

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