木耳のアルバイト 結


「木耳の弱点は軸の部分だそうです。ここを切り落とす、またはこのように突き刺してしまえば、途端に動きを止められるとのことです。きっとこの部分が脊髄の役割を担っているのでしょうね」


 生命体の感覚を司る中枢を破壊しておきながら淡々と語る。

 木耳採取は初めての筈なのにその落ち着き様は何なのだ。人間として須く備わっておくべき倫理観が欠如しているとしか思えない。


「しかし、気に入りませんね」


 半ば四つん這いになりながら、ジャックナイフを振り下ろし続けるぱっつん娘。何時の間にやら左手にもジャックナイフを持ち、二刀流でか弱き生物を屠るその光景は残忍狡猾で悍しいクリーチャーそのものであった。


「共通の敵を作り一体感を強めるというのは我々人類が成し得てきた専売特許です。それを貴様らのように極めて原始的で文化の欠片もないような下等生命体に真似されるのは非常に不快です。確かに地球の支配者たる我々人類に憧れる気持ちは汲み取れますが、そこを侵さないという一定の良識・謙虚さは持ち合わせるべきです。己が分を弁え、身の丈に合った生き方をしなさい。さもなくば、こうして物言わぬ肉塊にならずに済んだというのに」


 元気よく触手を這わせていた黒いクラゲたちは、ジャックナイフに刺され、裂かれ、瞬く間に店頭に並ぶような茸の姿になっていく。

 そして、小娘が最後の一匹を見据えた。


 最後の木耳は右へ逃げようとして止め、左へ走ろうとして止め、狼狽えているのが見て取れた。

 ついに木耳はガタガタと震え出し、辺りに胞子をまき散らし出した。生命の極限状況に置かれ、最期に子孫を残そうと足掻いているのだ。


 私は生き残った木耳に手を伸ばした。

 あの悪鬼羅刹の鬼畜生にして残虐非道の非人間たる人類至上主義者からこの子だけでも守らなければ。

 木耳も私の手に気付いた。

 絡まる触手を必死になって動かして、ついに私の手の内に辿り着く


「そういえば貴様らは肉塊ではなく、ただの菌の寄せ集めでしたね」


 寸前、振り下ろされたジャックナイフが木耳の傘から軸を真っ直ぐに貫いた。


「それに、元から口は利けませんし」



 @@@@@



 古めかしいボンネット・タイプのバス。

 後ろから数えて二つ目の座席に、たった一組の客が腰掛けている。女子高生と成人男性の二人組だ。

 女子高生は竹籠の中を頻りに覗いてはほくほくとした表情を浮かべている。

 一方の成人男性は対照的に、朽ちかけの枝に襤褸雑巾が引っ掛かっているのかと見紛うほど憔悴しきっていた。


「いやぁ、かなりの収穫量です。あそこが穴場だったのですね。山分けしたとしても、一人で行ったときを余裕に超えるくらいの賃金が貰えますよ」


 傲慢女が嬉しそうに空中算盤で勘定を始めた。

 高級木耳の採取から、いつの間にか金銭へと目的がすり替わっていたが、今の私にとってはどうでもいいことだ。


 木耳が胞子を撒き散らし出したあの瞬間、私は確かに聞いたのだ。

 たすけて、と。

 だが、私はあの子を救えなかった。

 目の前であの子は串刺しにされて息絶えてしまった。


 後で、木耳一つ分当たりの値段を聞いて驚いた。

 あの子の死にはそれほどの価値しかないのかと。

 確かに、世間一般の常識に照らし合わせれば、それは低廉とは言えない額ではあった。

 しかし、一つの命を奪った代償としてはどうしても納得することが出来なかった。


 私は爪が手の甲へ突き出さんと、強く拳を握り締めた。悔恨の余り、自傷に歯止めが効かない。傷口から血が流れ出ようと肉を抉ろうと構わなかった。


 ところが、血は出なかった。その代わりに黒く細い触手が複数ぬらぬらと這いずり出てきた。


 あの子だ。


 あの子の仲間達だ。


 私は山で出来た古い方の傷痕を見た。するとどうだろうか。痕には瘡蓋の代わりにうねうねとした黒い傘が傷を覆っていた。

 きっと、あの子の胞子が奇跡的に私の手に辿り着けていたのだ。歓喜以外の何物でもない感情が私の心の奥底から溢れ出てきた。表情筋はおろか涙腺までもが緩み出す。


上機嫌で木耳の蘊蓄を垂れ流すぱっつん娘を傍らに、私は愛おしき黒い子らを、そっと撫でた。

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