木耳のアルバイト 転
刺された私の指は流れる血の代わりに、黒くて細い触手のようなものがぬらぬら蠢いていた。しかも一本二本の話ではない。数十本がうじゃうじゃと、だ。
「大丈夫でしたか」
「大丈夫ではない! この鹿尾菜の磯巾着はなんだ!」
「このお馬鹿!」
理不尽な罵倒。
「木耳は警戒心と縄張り意識が強いのです。下手に近づけば刺されるのは自明の理。それよりもどうするのです、奴等の攻撃性が増してしまったではありませんか」
同行人が負傷したのだぞ。それに対する配慮や心配などは無いのか。
「いや、待て。木耳の攻撃性とは何だ。そんなもの聞いたことがない。それに、木耳はこの黒いやつと関係しているのか」
冷血ぱっつん娘は苛立たし気に、先ほど発見した木耳を指した。
木耳が木の幹から剝がれていた。一つ、また一つと根元から離れ、地面に落ちていく。そして、落下した個体は傘の裏から触手を生やし、のそのそと這いずり出した。
その姿、正しく
「クラゲだ……!」
黒いクラゲ共は一瞬動きを止めると。私へ狙いを定め。一目散に向かって飛びかかってきた。
「やめろッ! 何故俺だけを狙う⁉」
「木耳の巣を刺激したからに決まっているでしょう。馬鹿みたいにはしゃいでいないで、さっさと取り押さえてください」
冷血はおろか血も涙もないと見える小娘の口調は投げやりと言うに他ならなかった。それに腹を立てている間にも木耳は触手を私の腕や脚に纏わりつかせてくる。その数、三匹。
まず、フリーキックの真似事をして脚の一匹目を適当に放った。
次に、首にまで魔の手を伸ばしていた二匹目を鷲掴みにして、まだ地面にいた別の個体に向かって投げつけた。
最後に、近場の木にタックルして肩にへばりついていた三匹目をプレスしてやった。
「そんなぞんざいに扱わないでください! 身が駄目になってしまいます!」
この期に及んで、まだ人命よりも収穫を優先するか。
そのとき、私がタックルをかました木が揺れ始めた。なんたる災難、あろうことかその木も木耳の巣窟だったのだ。
わらわらと木耳が根元から這い出てきた。
「いや、これはチャンスだ!」
木耳は縄張り意識が強いという情報は先程入手済みだ。別の木の群れ同士が攻撃し合って共倒れしてくれれば此方のもの、俗に言えば漁夫の利だ。
「なのに何故どちらも俺を襲うッ⁉」
「互いに争い合うよりも、更に大きな脅威を倒すべきだと判断したのでしょう。ホモ・サピエンスがこれまで築き上げてきた歴史にも斯様なシチュエーションは存在しました」
ふざけるな。こんなところで菌糸類の繫栄の生贄になってなるものか。
そう思う私を余所に木耳の攻撃は激しさを増していく。
ブニブニの傘は着実にダメージを蓄積させていき、ついに私は黒クラゲ共の下敷きとなってしまった。
完全なるノック・アウトだ。
私の背中の上で、かつては敵同士だった木耳達が互いを賞賛し抱擁し勝鬨を上げている。やがて、祝勝会も酣になると、奴等は次の目標を定めた。
それは彼の冷血動物にして効率主義のマシーン、人を見殺しにすることすら厭わない左斜め二十一度娘であった。
黒いクラゲの軍隊は触手を忙しなく動かし、対象を屠らんと進行を開始する。
その先陣を切る一番槍の脳天にジャックナイフが突き刺さった。
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