米倉柚 第八話 いつかの痛み

 相変わらず、無茶苦茶だ。

 私の意思というか、意識というか。

 全てに一貫性が無いのに、それを悪びれらもせずに肯定してしまう。

 そういう風に、生きてしまう。

 憧れるよりも、求めるよりも。

 維持とか、安定とか。

 そういうことに重要性を見出してしまうのは、私の全てが矛盾している証拠である。

 つまり、自壊し続ける心を慰めることは、もう止めてしまったのである。

 東堂さんに悩みの全てを、その結末のつまらなさを、吐いた後。

 彼女は姿を消した。

 冬休みまでの残り二週間、彼女は長い休みを学校に申請していた様で、人の良さそうな初老の担任がしわがれた声でそんなことを言っていた。

 それでも一葉の横にいたい、と。

 私がそう決意した時、思った。

 それは一葉の恋人として居たいのか。それとも、幼馴染としてなのか。

 前者であるならば茨の道だ。なぜならば私はその可能性を一度否定されているから。

 後者ならばもっと辛い道になる。もし一葉に恋人が出来たとして、それを彼女の横で素直に祝うことが出来るのだろうか。

 彼女の横にいるということは、つまり。

 少なくとも、私自身が幸福になる道なんてそもそも存在しない訳で。


「……そうか。もう、ダメなのかな」

 呟いてみる。

 東堂さんの慰めにしかならないアドバイスの効き目は、あまり長く無かった。

 つまらないことにこだわって、誰も得しない道を選んでもつまらないだけだ。

 冬の夜空に白い息を溶かしてみる。

 直ぐに霧散して淡い濃紺の闇に消え失せていく。

 窓が開く音がした。

 聞き慣れていて、懐かしい音だ。

 一葉が、窓から顔を出していた。

「柚、まだ寝ないの?」

 スマホを見ると、もう二時だ。

 明日は休みとはいえ、私にしては夜更かししている。一葉は昔から洋ドラの一気見とかで徹夜はよくしていたから、特に不思議では無い。

「そっちこそ」

「……一葉、この間の件だけど、さ」

 快活な彼女が珍しく言い淀む。

 その程度の爪痕なら、私の告白でも残せたらしい。

 たったそれだけのことが嬉しくて、自慢したいくらいに誇らしい。

「やっぱり、私じゃ、ダメ?」

 恋人として、彼女が私を求めていないのなら、やはり彼女の横に居続ける事はできない。

 結局そういう結論になってしまったけど、そういう結末なんだと受け入れた私は、彼女に軽口すらも言えるようになった気がする。

 白い歯を浮かべて、私は笑っていた。

「ごめんね、柚。やっぱり私、ずっと一緒だった柚をさ、そういう風に見れないんだ」

「ううん、いいよ。初恋は実らないって言うでしょ?それに復讐は何も生まない、ともさ」

「どういうこと?」

「私にとっては、一葉はそういう対象だったんだよ。昔から私なんかよりキラキラしてて、純朴だった私は一葉こそがお姫様で、私はお姫様にはなれないんだって、思っちゃった。だから、嫉妬した。羨んで、恨んだ。けどさ、嫉妬したってことは、羨んだってことは、それだけ一葉は私の理想だったんだよ。だから——恋をした。こんなに可愛いお姫様と一番仲が良いっていうポジションが好きだった」

 そういうことだった。

 倒錯していた私の気持ちを紐解くと、単純で、明快だ。

 事実だけど、少しくらい一葉に気に病んで欲しくて、少し誇張してみたりもしているけど。

「……それなら、さ。また、やり直そうよ。私、柚に親友で居続けて欲しい。本当はさ、柚が私に憧れていたの、知ってた。でもね、本当の私はそんなんじゃないの。もっと俗物的で、もっと適当で、もっとガサツで。私達、互いに隠し事が多かったんだと思う。だからさ、今度は、隠し事なしで、やり直そうよ」

 一葉がどこか演じていた。

 そのことに驚きは無かった。私だって親の前で見せる顔と友人の前で見せる私は違う。

 それと同じで、一葉にも何かあったんだろう。

 親友としてもう一度一葉の横に並ぶ。

 それは魅力的な提案だ。

 だけど、魅力的過ぎて、何も惹かれない。

「私さ、ちょっと前に佐々木君ってバスケ部の男子に告白されたんだ。それでさ、告白を断ったの。なのに彼は、私の恋を応援してくれて、好きな人の恋を応援するってなかなか出来ないよね。でもさ、告白ってそういう事なんだと思う。一度自分の気持ちを伝えたらさ、それが成功しようとダメだろうと、もう二度と、告白する前の時間には戻れない。悲しい気持ちを無かったことにするか、その恋を遠ざけてしまうか」

 今思うと、佐々木君は優しいだけじゃなくて、とても強い人だったと思う。

 もしいま一葉が好きな人がいるのだと告白されても、私には彼女を心の底から応援なんて出来やしない。

 だから、私には、遠ざけるしかない。

 恋心そのものを、遠くへと。

「だから、一葉。もう私は、君の幼馴染にも親友にも、もう戻れないんだよ」

 そういうことでしか、私は佐々木君への謝罪は出来ないのであった。

「……そっか。そう、なんだね」

「今まで、ありがとう。凄く楽しかったよ、一葉との時間は、さ」

 隣の家に住む彼女に別れを告げる。

 初めての経験だけど、多分これが最後の経験だ。

 一葉が何かを言いたそうにしていたが、それを無視して窓をピシャリと閉める。


 スマホを取り出す。

 東堂さんは暫く休むと言っていたが、もしかしたら電話くらいなら出るかもしれない。

 と、彼女に電話してみる。

 そういえば、鷺谷さんがいくら電話しても出てくれない、と愚痴っていたのを思い出した。それと同時に、もう深夜二時だということも。

 慌ててキャンセルボタンを押そうとしたが、不機嫌そうな声で東堂さんは通話に出た。

「……何?こんな時間に」

「あ、電話に出れたんだ。鷺谷さんがいくら電話しても出ないって言ってたから」

「……まぁ、色々あってね。それでこんな深夜に何の用よ」

 それでも、話を聞いてくれるらしい東堂さんに少し笑みが溢れる。

 本当に、彼女は優しい。


「あのね、相談があるんだけど——」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

花弁の群像 カエデ渚 @kasa6264

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ