第17話「死神は彼女の背後まで」
大鎌による横薙ぎの一振りを、緋美華は右に、冴雅は左に飛び退くことで躱す。
その隙をみて、死神は鎌を虚空に振りかざし、刃先を地面に突き刺した。
「私でも変だってわかるよ、ミスって何も無いところに攻撃してくれるような敵じゃないもん」
「迷える魂でも見つけてあの世へ送って差し上げた
...なんてオカルト、有り得ませんわよね」
「もちろん...!私が救い出すのは家族の魂だけなんですから!!」
激昂する死神の激しい感情と同調したのか、トンネル内もまた激しく揺れ始め、更に崩落の範囲を広げる。
「地獄より這い出でよ、自ら魂を棄てた愚者どもの成れの果て...!」
地震により大きくヒビ割れた、コンクリートの中から、おぞましい者たちが緋美華たちの前に姿を見せた。
「この人たち異様に臭いよ!」
地割れから湧いて出たのは、頭から爪先まで黒尽くめで露出がまったく無い服装の背丈二メートルはある不気味な存在。
顔全体を覆う黒マスクの、首のあたりから、黒い手袋から、もぞもぞ蠢く白い蛆がはみ出している姿は、もはや怪異の類である。
「蛆神...!」
躙り寄ってくるそれらの首を、水刃で切り落としながら、水無は僅かに表情を引き攣らせる。
「これが?話には聞いてましたが、実際に見ると反吐が出ますわね...」
ニードロップやバックブリーカーで冴雅は簡単に対処してみせる、蛆神一体一体の強さは、大したことはない。
「こんなにも沢山の自殺者の遺体を、よく掻き集めたものだね...」
蛆神の問題は強さではなく数だ、これは自殺者遺体と蛆虫を合成して誕生した兵士であり、本来のゾンビに近い存在だった。
故に自殺遺体の数だけ、このゾンビ兵士は敵の操り人形として立ちはだかるのだ。
「春野さん!私たちならば二人で十分ですわ!!」
「貴方なら...一人でも死神に勝てる」
倒しても倒しても地割れから這い出て来る蛆神を蹴散らしながら、ゴスロリと令嬢は緋美華に蟷螂の討伐を託した。
「ありがとうふたりとも、わたし目の前の敵に専念するよ!」
素早い大鎌捌きを軽々躱しながら、緋美華はふたりの期待を心に受け止めた。
「あなたさえ死ねば、私の家族は生き返るのに!」
死神は地面を蹴って、宙に浮かんだ状態で後方に回転して着地。間合いをとってから、巨大な鎌を緋美華に投擲する―――!!
「騙されてるんだね...なんとなく事情は察したよ...だけど命は一つしかない、死んだら終わりだよ、だから私は皆を守りたいんだ...そのためにも!!」
ヘリコプターすらも軽々と切断した脅威の殺人回転鎌を、緋美華は全力を込めた手刀で叩き落とした。
「なっ...あの早さで飛ぶ鎌の、刃ではなく柄の部分を叩き落としたというのか!!」
「負けるわけにはいかないんだよっ…!」
「私だって負けられない!」
凄まじい疾さで駆け寄ってくる緋美華の迫力に、一瞬だけ気圧されながらも死神は、黒いマントに隠していた、小さめの鋭い鎌を両手に持つ。
「”双手祈投擲“」
「っ―――!」
まさに祈り、まさに蟷螂を連想させるポーズを死神が見せた直後、二つの鎌は既に緋美華の両手足を切りつけていた。
「があっ、首と心臓を貰うつもりが!!」
傷つけられようが緋美華は突進の勢いを緩めないまま、死神の顔面に拳をぶち込んで遥か後方まで吹き飛ばした。
「私だって、完全に避けるつもりだった...!」
「手強いですけど無敵ではない、なら可能性はある...!!」
赤髪と死神は同時にコンクリートを蹴って、天井が崩落した箇所から夜空へと跳躍、優しい黄色の光を放つ満月を背景に、大鎌と飛び蹴りの交錯。
「馬鹿な...あんなに努力したのに...たくさん殺してきたのに...無駄に...家族の命は...これじゃあ」
死神は頭から落下して瓦礫に直撃、一方、緋美華はちゃんと着地して、足の裏から頭にジーンと衝撃が伝わるも無事だった。
「生き返らないよ、貴方が殺した人たちも、貴方の家族も、命は一度きりなんだから」
残酷な事実を、当たり前のことを、緋美華は割れた頭から血溜まりをつくった状態で横たわる、死神に教える。
「...そうかも...きっとあれは無苦様が糸で作った人形だったのでしょうね...」
本当は薄々わかっていたけれど信じたかった、人の命を蘇らせる能力があってもおかしくはないからと。
でもだったら、自殺者の遺体と蛆虫を合わせた兵士なんて作るんだろう?
蘇生能力があるならそれを使えば早いはず、うん、本当はこの時に嘘だとわかっていたんだよ。
「でも今さら後戻りなんて、出来るはずがなかった...もうたくさん命を奪っていたから」
蟷螂は強く握った鎌を虚ろな目で見つめる、これに刻まれたのは血と叫びの記憶だけ、幸せな時間など無かった。
「ああ...寒いよ...本物の死神が来るよ...怖い、怖いよ...わたしは死んでも地獄行きだから、天国にはいけないんだよ、みんなには会えないのに!」
「大丈夫だよ」
死の恐怖と悔しさに、涙して震える翠の手から緋美華は鎌をとりあげる。
「例え地獄に堕ちたとしても、罪を償えば、きっと天国に行って家族に会うことができるから」
かつて自分を死の淵に追いやった死神の手を、緋美華は優しく握ってやった。
「同じだ、この手は―――」
寒さに震えた冬に、毎日かじかむ手を握って暖めてくれた母親の手から伝わっていたぬくもりと同じものを、翠は感じる。
「えへへ...あったかい...ありがとう...お母さん...親孝行...するから...」
家族思いの少女の死に顔は、かつて母親の膝で眠っていた時と同じく、とても安らかなものだった。
「一度は死の間際に追い込んだ相手に...理解できない」
水無は冴雅と共に蛆神を全滅させたのち、暫く死神蟷螂と緋美華との戦いを、相変わらずのポーカーフェイスで見ていた。
「あら、ああいった優しさだって強さに繋がるのですわよ?侮ってはいけないわ」
そうだ冴雅は侮れない、風見ひよりの想い人...つまり恋敵である、春野 緋美華のことを。
赫蒼の断罪者〜百合少女たちは宵闇の黒を血の緋色に染める〜 キマシラス @a19542004g
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