第16話「お前達こそ」
首刈りトンネルの中で、座禅を組んで獲物か繰るのを待つ死神の姿があった。
息を殺して暗闇で獲物を待つ間に、彼女は自らの過去を振り返っているのだ、恐らくこれまでで最強最大の敵となる者たちを迎え撃つにあたり、心を昂らせるために。
(わたしは何のために人を殺し...いま若い正義の心を持つ者の首を刎ねんとするのか、今一度思い出せ!!)
それは一年ほど前の事だった...東北地方の寒村...実家でのことだ。
「金が払えないなら母ちゃんの後を追うか、体売るかのどっちかにしてくんねえかなぁ?」
赤い髪に黒いメッシュを入れた少女と、両目に覆いかぶさるほどに前髪の長い令嬢が、屋根に積もった雪の重さに悲鳴をあげているボロボロの屋敷に乗り込んでいた。
龍喰と魅美は、悪質かつ巧妙な詐欺によって目をつけた一家の平和を破壊し、上司である無苦に献上、そのうちの二割を私利私欲に使っているのだ。
「詐欺師どもめ、訴えてやるわ、こんな理不尽ゆるされるはずがない!」
真冬でありながら、殆ど裸の上からボロボロの布切れを纏った女性...死神蟷螂の名を持つ前の 葉理鐘
「私の財力があれば簡単に揉み消せますけれど?」
「くっ!」
そう言って、くすくすと笑う美魅は名家の令嬢で、財力に物を言わせており、かつ親も甘やかしてばかりなので手に負えない。
「出てけ〜!お姉ちゃんを虐めるな〜!
「私たちが守るんだ〜!!」
「ああっ!?あなた達は隠れてなさいって言ったのに」
閉ざされた襖の中で、いつも一生懸命世話をしてくれている姉の危機を感じた翠の双子の妹が、我慢ならずに飛び出してきた、古びた鎌を持って。
「ぎゃっ!!」
「ああっ!」
幼子二人で、強大な力を持つ異能者相手にいったい何が出来ようか。
あっという間だった、翠の愛する家族が美魅が高級な扇子を僅かに動かした瞬間、天から注いだ酸を全身に浴びて溶けてしまったのは。
「私の家族は、みんな死んでしまった!」
妹の跡が遺る畳に転がっていた鎌を手に取り、翠は自らの喉を掻っ切ろうとする。
「おっと、死ぬにはまだ早いよ、お姉さん」
どこからともなく、真っ白な糸が伸びてきた、それは翠の腕を絡めとって自決を阻む。
「無苦様!!」
「いつの間にこちらへ?」
早朝に双子がつくった雪だるまの中から飛び出してきた、赤を基調としたロリータ服を着た、幼い少女の前に、美魅と龍喰は慌てて跪く。
「お前が親玉?!死なせてよ…!!」
「死ぬ必要はないよ、君の家族を生き返らせてあげられるんだから...」
「なにをいって!」
最愛の妹たちは溶かされて、もう跡形もない、蘇らせるなど不可能だ。
「じゃ、見せてあげるよ!」
無苦が人型の液体に視線を向けながら、 人差し指を軽く動かしてみせる。
「お...ねえ...ちゃ...」
液体の上に、容姿も声帯も生前の双子と同じ者が現れる。
「見た目だけでなく声までも同じだわ!」
「はいここまで、詐欺師じゃないって理解してくれたよね」
双子の姿はまた、無苦が小指を動かした瞬間に、黄色い液体状になって消えてしまった。
「あなたは...本当に...」
「お母さんだって、生き返らせてあげるからね...ただし、たくさんの命と引き換えにね」
...こうして翠は、無苦の配下、邪魔者を排除する暗殺部隊の死神蟷螂となったのだ。
「それから私はここまできた、春野 緋美華を殺害すれば家族は蘇る、その団欒に殺人鬼の私はいられないけれど―――!!」
責めて家族たちは蘇って幸せな時間を過ごしてほしいからとはいえ、他の幸せな家庭を壊してきたのも紛れ無い事実…蟷螂は切り落とした通行人二名の頭を鏡餅か、はたまた雪だるまのように重ねて気合を込めた。
「...きたな!」
獲物の気配を感じた蟷螂は、拾いあげた鎌を、真上へ放り投げる。
蟷螂の投げた鎌は、高速回転しながらトンネルの天井をもぶちぬいて、ひたすら夜空を上昇していく。
「なにあれ、どんどん近付いてくるよ…!!」
「蟷螂...」
ブーメランカッターと化した鎌は、星の海を泳ぐ空飛ぶ機械の深海魚を、真っ二つに切断し、爆発させた。
「うふふ、さながらヘリコプターの開きでしょうか、これで私の家族は蘇る!!」
「まさか高度二千メートルから撃墜されるとは思いませんでしたわ」
回転鎌により貫かれ崩落した箇所から、トンネル内で恍惚な表情を浮かべている刺客の前に、緋美華は受け身、水無は液状化、冴雅は瞬間移動で、無事に着地した。
「さあ、貴方の悪事もここまでだよ―――!!」
「春野 緋美華!三度目の正直です!!」
「やっぱり貴方が...!!」
一度は緋美華を死の淵に追い詰めた鎌を操る、まさしく死神...その気配はこれまでの敵とは比べ物にならない強さだと語る。
「こんな強い気配を隠していたなんて」
「確かに私は必死で力をつけてきた、強さには自信がありますが、三対一では分が悪いですね!!」
蟷螂はコートの裏に隠していた鎌を手に取り、それを巨大化させる。
「なにをする気――!」
ゴスロリ少女が水の刃を放つも、死神は身軽に跳躍して素早く彼女の背後へと回り込んで、巨大鎌を振り下ろした。
「こいつの強さ、前とは桁違いだ」
水無は瞬時に液状化したことで、大鎌による斬撃を受けながらも無傷で済んだか、同時にどれだけ強力な一撃だったかも理解させられる。
「何人殺したの、あなたは」
華麗かつ俊敏な鎌捌きによる攻撃を、今度は緋美華と冴雅に向けた死神に水無は問う。
「忘れました...いえ...忘れなくちゃ、こんなこと、やってられないんですよ!!」
いまの言葉で緋美華は察した、目前の敵もまた、数多の命を奪ってきた事を――――。
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