焼き芋を食べに来た神様
牧田紗矢乃
焼き芋を食べに来た神様
僕が小学生の頃、友達と三人でうちの隣に住んでるおじいさんの家にしょっちゅう遊びに行っていた。
おじいさんは昔学校の先生をしていた人で、家には図鑑やら模型やらがたくさん置いてあった。
僕たちはそれが珍しくて、自由に触らせてくれるおじいさんが大好きで、日が暮れるまでおじいさんの家に入り浸る日が続いていた。
ある年の秋だった。
「ちょっと手伝ってほしいことがあるんだ。いいかい?」
「いいよー! やるやる!」
普段は手伝ってほしいなんて言わないおじいさんが珍しく頼みごとをしてきた。
僕たちは二つ返事でそれに応える。
おじいさんが僕たちを連れて行ったのは、家の裏庭だった。
裏庭はちょっとした山と繋がっていて、そこの木々は綺麗な赤や黄色に染まっていた。
はらはらと落ちた木の葉は地面まで彩っている。
「ここの掃除をしてほしいんだけど、お願いできるかな?」
「うん!」
僕たちはおじいさんに教えてもらいながら、自分の背丈ほどある竹箒で庭を掃く。
竹箒を使うのはこれが初めてで、僕たちは苦戦しながらも一時間ほどかけて庭の片隅に落ち葉の山を作り上げた。
足腰が痛いと言うおじいさんへの、僕らなりの恩返しのつもりだった。
「さぁて、おやつの時間にしようか」
庭掃除が終わる頃になると、おじいさんがアルミホイルで包んださつまいもを持ってやってきた。
僕たちが集めた落ち葉の山を使って焼き芋をご馳走してくれるようだ。
落ち葉で焼き芋というのは話で聞いたことがあっても本当にやるのは初めてだ。
おじいさんは慣れた様子で枯葉の山に火をつけて、僕たちはぱちぱちと音を立てながら燃える落ち葉を眺めていた。
そうして出来上がった焼き芋は、働いた後だということもあるのかこれまでの人生で食べた焼き芋の中でも最上級の美味しさだった。
味をしめた僕たちは、秋の終わりが来るまで何度も落ち葉掃除をして焼き芋をごちそうになった。
次の年、おじいさんは体の調子が悪くなったらしく、奥の部屋で椅子に腰かけている日が増えていた。
そんなおじいさんのために僕たちは落ち葉を片付けに行った。
おじいさんは庭の掃除が終わる頃になると、悪い足を引きずりながらいつものようにアルミホイルに包んださつまいもを持ってきてくれて、火のつけ方を覚えた僕たちがいもを焼いた。
「いただきまーす!」
あつあつのアルミホイルを火傷しないように気を付けながら開いて、僕たちは目を丸くした。
いもの皮がぺったんこだ。
おじいさんからさつまいもを受け取った時には普通のいもだったはずなのに……。
「あれ?」
「なんだこれ?」
友達も首をかしげながらいもの皮をつついている。
「おや……」
僕たちの声を聞きつけておじいさんが家の中から出てきた。
「美味しい匂いがしたから、山の神様が降りてきてつまみ食いしたのかもしれないね」
おじいさんはニコニコ笑いながらそう言うと、代わりに板チョコをくれた。
僕たちは三人で分け合ってチョコを食べ、お礼を言おうと家の中を覗いた。
廊下を黒い影がすーっと横切っていく。
「あ、おじいちゃん! チョコありがとね!」
「君たちこそ。落ち葉掃除ありがとう」
おじいさんの返事が聞こえたのは影が向かったのとは逆の方向にある部屋だった。
僕たちは首をかしげて顔を見合わせた。
「でもさ、じいちゃんにしては歩くの早かったよな」
一人の言葉に僕たちはうなずく。
言われてみれば、という感じだけどあの影は僕たちが歩くのと変わらないくらいの速さで移動していた。
「他に誰か来てるんじゃない?」
そうであってほしい。
僕たちの思いは同じで、影のことについてはそれ以上言及することなく解散となった。
焼き芋の中身だけが消えてしまったことと、その直後に見た謎の影のことが頭に残り、自然と僕たちの足はおじいさんの家から遠ざかった。
おじいさんは山の神様だなんて言っていたけれど、僕にはそうは思えなかったのだ。
そうしている間に冬が来て、春になって僕たちは中学生になった。
僕たちはそれぞれ別の部活に入ったことで、あの時のメンバーで集まること自体が減っていた。
そして、じりじりと日差しの照り付ける夏が通り過ぎ、秋の足音が聞こえ始めた頃だった。
おじいさんが亡くなった。
いや、正確には亡くなっているのが見つかった。
二軒隣のおばさんが回覧板を持って行った時に、最近おじいさんを見かけないのを気にして家の中を覗いたらしい。
そうしたらおじいさんが倒れていたそうだ。
「あんた、お隣のおじいちゃんにはお世話になったでしょう。お通夜に行って拝ませてもらったら?」
母に促され、僕は友達に連絡をしてあの時の三人で斎場に向かうことにした。
お葬式なんて初めてで、どうしたらいいかわからなかった。
ただ母に言われたとおりに白黒の飾りがついた封筒を渡して、他の大人の真似をして手を合わせた。
たくさんの花に囲まれたおじいさんの遺影は僕たちの良く知っている笑顔で、棺の中のおじいさんは静かに目を閉じていて、なんだか現実味がなかった。
お通夜が終わると、僕たちは逃げるように斎場から出た。
人はたくさんいるのに何とも言えない心細さがあの空間に充満していたのだ。
友達と別れた僕は小走りで家に向かった。
あの日ほど間隔のまばらな街灯に不安を感じたことはない。
ようやく家が見えてきてひと息ついた僕の中に、隣のおじいさんの家を覗いてみようかといういたずら心が湧き上がってきた。
おじいさんが死んだ家。
二軒隣のおばさんがおじいさんを見付けた家。
僕たちがしょっちゅう通って遊び、落ち葉掃除をしたあの家。
誰もいるはずはないし、何もあるはずはないのだけれど、だからこそ気になってしまったのだと思う。
オカルト的なことが起こるならこのタイミングなんじゃないか、と……。
僕はお隣の門をくぐり、窓からそーっと家の中を覗いてみた。
ダメだ。
暗くて何も見えない。
それもそうだよな、と家に帰ろうとした時だった。
闇が動いた。
遠い水平線から波が押し寄せるように。
静かにゆっくりと、それでいて確実に闇が動いている。
暗くて何も見えないんじゃない。
この闇のせいだ。
この闇に食われておじいさんは死んだんだ。
なぜかそんな気がして逃げなければと思ったのに、足がすくんでしまって動くことができなかった。
闇はじわじわと迫り、窓一面に張り付いている。
おじいさんの家は古くて隙間だらけだった。
あの隙間から闇が抜け出してくるのも時間の問題かもしれない。
どうにか、一刻も早くここから逃げなければ。
――足よ動け!
何度も強く念じるが、足は動いてくれない。
窓がガタガタと音を立てて揺れている。
もうだめだ、と思った時だった。
それまで厚く空を覆っていた影が晴れ、月明かりが周囲を照らした。
心なしか闇の動きが鈍くなる。
――今だ!
僕は意を決して足に力を込めた。
ようやく動き出した足を止めないように、必死で走り続けて家に飛び込む。
何事が起きたのかと目を丸くする母の問いには答えず、その日はずっと家族がいるリビングから離れらずに過ごした。
なかなか寝付くことができなかった僕は、空が白み始めた頃に恐る恐る窓からおじいさんの家の方を覗いてみた。
すると、家の中にいたあの黒い影が重たい体を引きずるように、ゆっくりと山の斜面を登っているではないか。
「帰って、いく……?」
あの山に何があるのか僕にはわからないけれど、遠ざかっていく黒い影を見送るうちに僕の緊張は和らいでいった。
これは、しばらくしてから噂で聞いた話だ。
翌日火葬場に運ばれたおじいさんの体は妙に軽く、不審に思った職員が警察に連絡をしておじいさんの遺体が解剖されることになったらしい。
その結果、おじいさんの体の中はあの日の焼き芋のように空っぽになっていたことが明らかになったそうだ。
あの時闇の塊から逃げ損ねていたら。
僕も同じようになっていたのだろうか。
焼き芋を食べに来た神様 牧田紗矢乃 @makita_sayano
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