第5章 素直に

第23話 恋敵 ─side 悠斗─

 勝平が莉帆のことを気にしているのは、すぐに気がついた。旅先で、しかも海外で、非日常で、気分がそもそも上がっている以上に、莉帆と話すときは嬉しそうだった。最初は意識しすぎないように敢えて佳織と接するようにしていたが、俺が莉帆と並んでいるときにときどき見た後ろ姿は、妙に力が入ってしまっていた。

 オーケストラのあと俺が莉帆の手を握ったのも不服だったらしい。言葉で聞いたわけではないが、バスに乗って帰るときからそんな顔をしていた。

「さっき莉帆ちゃんの手引いたんやけど、ちょっと固まってたわ。傷心旅行って言ってたけど、何があったんやろな」

「さぁ……。彼氏にフラれたとか、浮気されたとかやろな。ひどいよな、あんな可愛い子を傷つけるって」

 ホテルに戻って荷物を整理しながら、勝平は莉帆の元彼のことをぶつぶつと批判していた。確かに莉帆は可愛いし、俺が日本を離れる予定がなかったら勝平とおそらくライバルになっていた。俺のことはすべて勝平に話してあるので、莉帆がどうしてもと言わない限りは、俺が彼女と付き合うことはないとわかっていただろう。

「勝平、わかってると思うけど……俺のことは黙っといてな。仕事の話もやけど」

「ああ。わかってるって」

 仲良くなってから〝実は海外に行きます〟と言うのも寂しいが、それよりもせめて日本にいる時間を楽しく過ごしたかった。

 だから──勝平が莉帆にアプローチしているのを知りながら、俺も莉帆と仲良くなろうとしていた。莉帆は元彼から逃げている理由を最初は俺に話していたが、前を歩く勝平ももちろん聞いていたし、ホテルに戻ってからは今できる対策を考えた。けれど自分達が警察だと明かしていない以上はどうすることもできず、連絡先を聞くに留めることにした。もっとも、勝平は彼女の連絡先を手に入れたことを違う意味で喜んではいたが──。

 莉帆と会うことになった約束を、俺も勝平も仕事の都合でキャンセルしてしまった。その結果、莉帆は俺はともかく勝平に不信感を抱いてしまったらしい。仕事だというのは理解してくれたようだが、同年代男性への恐怖がなかなか消えないと聞いた。

「クリスマスのこと、莉帆ちゃんに言ってんの?」

「いや……、言う前に距離置かれたからな……」

 いつもは元気しかない勝平が、まるで別人のように凹んでいた。仕事はなんとかこなしていたが、何度もため息を聞いた。勝平が莉帆と仲良くなるのは本音を言うとショックだったが、それでも今は二人の仲を修復させるべきだと思った。イベントで歌うことを莉帆には既に伝えていたし、彼女も勝平と距離を置いたことを後悔していた。だから敢えてイベントのあとは先に帰った──結果、莉帆は勝平を意識するようになった。

 それが大きく動き出したのは、莉帆が元彼に襲われてからだった。休日に佳織と買い物に出掛け、たまたま一人になったときに襲われた。通報で駆けつけた警察官が勝平だったことに、莉帆と佳織はもちろん、勝平も驚いたらしい。

 莉帆が無事に過ごせているか、確認に行った夕刻。

「こないだ……勝平さんから、付き合ってって言われました」

「マジか、早いな」

 勝平は莉帆が心配になって、マンションへ行ったらしい。俺ももちろん気にはなったが現場を見ていなかったし、そこまでの行動力はなかった。勝平は莉帆と交番で何か話し、交際OKを貰える自信があったのだろうか。

「でも、断りました」

「えっ、なんで? 無理やった?」

 それには俺は本当に驚いた。勝平のことは職種はさておき誰に紹介しても喜んでもらえると思っていたし、莉帆も彼が気になっていたはずだ。詳しく聞くと、莉帆は俺のことも気になっていたようで──、実際は無理だと分かりながら、俺のことも恋人候補に入れてほしいと頼んた。

 もちろん、自分のことを売りながらも、勝平のことを推すのも忘れなかった。俺は日本を離れるので、何かあっても莉帆を守ることはできない。莉帆は英語が苦手なので着いてくるとは言わないだろうし、そのころ既に、莉帆のことが好きな気持ちは俺より勝平のほうが大きくなっていた。莉帆を気晴らしに何度かドライブに誘ったときも勝平はずっと隣にいたし、俺と莉帆の二人のときは何度も会話に勝平が登場した。

 莉帆の元彼は勝平が捕まえたし、そのときかかってきた電話で〝交番に莉帆がいる〟と言うと、勝平はものすごく安心していた。俺も莉帆を取り合って勝平に勝てる気はしていなかったし、莉帆も既に答えを出していたのかもしれない。

 そう思いながら迎えたバーベキューの日、俺は同期たちに海外へ行くと告げたあと、寄ってきた莉帆に、勝平で我慢して、と言った。〝我慢〟という言葉に勝平は眉間に皺を寄せていたが、俺はわざと言った。同期たちは実際の関係を知らないし、そのほうが勝平も火がついて、また莉帆に告白する気になるだろうと思った。

 予想通り、莉帆は俺に着いてくるとは言わなかったし、勝平と二人で話しているのも見えた。単にバーベキューから離れて休んでいるようにも見えたので誰も何も言わなかったが、二人の距離は確実に縮んでいた。

「勝平、良かったな」

「……なにが?」

 勝平は莉帆のことを上司に報告したので、すぐに同期の間で話題になっていた。

「莉帆ちゃんのこと」

「ああ……はは。おまえ、俺で我慢しろ、って言ってたやろ?」

「うん?」

「あのあとすぐ──我慢する気はないって言ってたわ。俺のほうが良いって」

 得意そうに笑う勝平に少々イラついたが、同時に安心もしていた。職業柄、女性との出会いはあまりないし、勝平が莉帆と結婚するつもりなのも何となくわかっていた。莉帆の元彼は数年後には出所するので、そのときに莉帆のところへ行かない保証はない。勝平ならきっと莉帆の安全を確保できる環境を作るだろうと思った。

「俺の送別会の日、莉帆ちゃんにも来てもらってな」

「良いんか? 他の奴らは、警察じゃない彼女とか嫁さんは呼ばんって言ってたけど」

「俺の希望やから良いやろ? あ、できたら佳織ちゃんも来てもらって、それで──」

 俺の考えを伝えると、勝平はニヤリと口角を上げた。

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