回想:「抱け」

※シャルワーヌの回想です。

 Ⅰ章「朝の情交」の少し後の出来事です

https://kakuyomu.jp/works/16817330665612772654/episodes/16817330665881951244

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 「明日にはもう、上ザイードへ帰ってしまうのだな?」

 オーディン・マークスはそう言って、シャルワーヌに背を向けた。


 マワジの提督を追い出して接収した屋敷は、タルキア風の豪華な装飾を施されていた。人払いをした二階のその部屋は、特に贅沢に設えられている。天蓋付きの大きなベッドは、高価な羽毛をふんだんに詰め込まれた布団で覆われている。


「またすぐにお目にかかります」

「そこがヴァルハラ*でないことを祈ろう」

(*戦死者たちが行くといわれている館)


 そういう上官を、後ろからシャルワーヌは強く抱きしめた。

「私は行くことがあっても、貴方がヴァルハラへ赴くことはありません。マークス将軍、貴方は偉大なことを成し遂げる人だ。戦うだけで終わっていい人ではない」


 固い背中が強張った。


「なんだと? 死後の世界で、俺はお前と一緒になれないというのか?」

「忘れないでください、私の将軍。貴方は常にトップにいます。そして私は二番手だ。それでいいと私は思っています。いつだってどこにいたって、頂上だけが、貴方の居場所なのだから」

「お前は俺を買いかぶっている」


 弱々しい声だった。庇護欲を誘うほどに小さく、自信の無さげな……。


「いいえ!」

強く、シャルワーヌは否定した。

「いいえ、私の将軍。貴方は、強い。そして才能に満ち溢れている。貴方は成功するようにできているのだ。貴方の栄光だけが、配下の軍を、隅々まで照らし出すことができるのです」


 ため息が聞こえた。


「何を愚図愚図している」

「は?」

「だから、いつまでこうしているつもりだ」

「永遠に。許されるのなら」

「馬鹿者!」


 くるりと振り返り、オーディンが肩に両手を掛けてきた。同じ高さにあるシャルワーヌの目を覗き込む。澄んだ瞳には、何の迷いもなかった。


「抱け」

「……」

「今すぐに!」


「あなたは!」


 もう我慢がならなかった。オーディンは、くつろいだ服を着用していた。くつろぎ過ぎていた。ウアロジア大陸からかつて上ザイードまでを制覇した伝説の大王と同じ格好をしていたのだ。つまり、一枚の布を体に巻き付けているだけ。余った布が肩から垂れ落ち、裾からは裸の足が覗いている。


 「違う!」


 そっとベッドに横たえると、抗議が来た。呆れるほど素早く起き上がった彼は、シャルワーヌを押し倒し、その上に跨った。


 ズボンを脱がそうと、臍の辺りに手を伸ばす。焦ったようにせわしなく手を動かしている。しかし、自分が上に載ってしまっているので、思うように引きずりおろすことができないでいる。くすぐったさにシャルワーヌはくすくすと笑った。


「何を笑っている」

むっとした声が降ってきた。


「あなたが可愛くて」


 何が邪魔になっているかわからず、無我夢中でシャルワーヌの衣類を脱がせようとしている姿は、まるできかん気の強い子どものようだった。


 「このままじゃ脱がせられない」


 口をとがらせるから、少しだけ腰を浮かせた。その隙に、素早く、オーディンはズボンを剥ぎ取った。

 息を呑む気配がした。


「お前……。こんなになったのを俺に捻じ込む気だったのか?」

「貴方がいけないんですよ。煽るから」

「煽ってなんかいない!」


「ああ、私の将軍、」

シャルワーヌの声が掠れた。

「お願いですから、あなたの……」


 最後まで言う必要はなかった。呆れたことに、オーディンは下着をつけていなかった。一枚の布でできた衣服の裾をワンピースのように広げて定まった位置にしゃがみ込む。もうどうしようもないほど怒張したシャルワーヌのそれを掴み、中腰になった自分の中に導いた。


 連日の情事で、彼のその部分は、シャルワーヌの形になっているはずだ。

 ……大切な人。

 心からそう思った。





 瞼の上に、暗い影を感じて、シャルワーヌは目を覚ました。

 オーディンが、彼が抱き潰した男が、上から覗き込んでいる。


「目が覚めたか?」

「はい。ああ、申し訳ない。眠ってしまって」


「いい」

 言って、彼は傍らからカップを取り上げた。

「喉が渇いたろう? いつもお前がしてくれるようにしてやろう」


「そんな、あなたにそのような……」

「遠慮するな」


 カップの水を口に含み、オーディンは腰を屈めた。顔を近づけ、シャルワーヌの口に唇を寄せる。

 今までにないくらい、優しい、情の籠ったキスだった。


 生ぬるい液体が、静かにシャルワーヌの口腔に、そして喉へと流し込まれた。








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