朝の情交
※遠征軍総司令官オーディン・マークス視点です
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部屋に入ってきたシャルワーヌ・ユベールを一目見ると、オーディン・マークスは立ち上がった。雷に打たれたような顔をしている。
ここはザイードの首都マワジ。侵攻してきたユートパクス軍の司令部だ。
「ご無沙汰していました、総司令官」
慇懃にシャルワーヌが挨拶する。朝の光の中で、奇跡のように彼は佇んでいた。
ようやく、オーディンは表情を取り戻した。机の横へ出て、シャルワーヌの方へ歩いていく。
「無事だったのだな、シャルワーヌ」
「はい。ご覧の通り」
「良かった。生きていた」
オーディンはシャルワーヌに近づき、その体をしっかりと抱きしめた。
「半年もの間、顔を出さないで。俺がどんなに心配したかわかっているのか!」
抱きしめられたまま、シャルワーヌは笑った。彼の両手は、オーディンの背後へ無意味に伸ばされている。肘は、ぴんと突っ張ったままだ。
オーディンの信頼する部下は、総司令官を抱きしめることができないでいた。
「定期的に報告書は送っておりました」
オーディンの耳元で声が聞こえた。シャルワーヌの顔は、総司令官の肩の上に乗せられている。彼はやや、不本意そうだった。
「馬鹿者! あんなもので、お前の無事が確認できるものか!」
唐突に相手の体を突き放し、オーディンは、自分に忠実な将軍の両耳を摘まんだ。両手でぐいぐいと耳たぶを引っ張る。
「だがお前は、生きていたんだな」
「はい」
笑みを含んだ声で、シャルワーヌが答える。
背後で副官達の笑う声が聞こえる。彼らは、身分の高い二人の士官を、微笑ましそうに眺めていた。
オーディンの部下たちは皆、シャルワーヌのオーディンへの敬意を知っていた。また、オーディンのシャルワーヌへの信頼も。お互いの思いは、友情と呼んでも差し支えのないものだと彼らは認識していた。
シャルワーヌの耳から、オーディンは手を離した。肩を掴んで押しやり、しげしげと相手の顔を覗き込む。
「俺は……。俺は、心配なんだ。俺の運は非常に強い。俺は、周りの人間の運を喰ってしまっているのではないかと。もし、俺がお前の……、」
シャルワーヌは皆まで言わせなかった。
「私の全ては貴方に捧げています。私の運を引き寄せ、貴方が益々偉大な業績を重ねられるのなら、本望です」
「馬鹿が! ならなんで、ダミヤンへ来なかったのだ。俺はお前なしで戦うことを余儀なくされたのだぞ」
「行きました。しかし、私が戦場へ駆けつけた時には、戦いはすでに終わっていました」
もちろんオーディンは知っていた。上ザイードに召喚状が到着した時点で、すでに戦いは終わっていた。また当時、シャルワーヌは、砂漠の奥地でムメール族と戦っていた。すぐに駆け付けることは不可能だった。彼は彼にできる精一杯のスピードで、戦場へ、オーディンの元へと駆け付けたのだ。
その辺りの事情は、シャルワーヌの参謀から詳しい手紙が来ている。
尊大に、オーディンは言い放った。
「いついかなる時も、兵士は上官の命令を違えてはならぬのだ。お前はそれを怠った」
腕を振り、オーディンは、副官達に退出を命じた。
彼は、部下の絶対服従を求める。理由はどうであれ、ダミヤン戦に間に合わなかったことで、シャルワーヌ将軍が総司令官の怒りを買ったことを部下達は知っている。心配そうな一瞥を上ザイード総督へ投げ、一同は部屋を出て行った。
オーディンから突き放される形で、シャルワーヌは、彼から少し離れた所に立っていた。
オーディンよりもシャルワーヌの方が背が高い。濃い色の瞳が、青い目を見下ろしている。
「私は謝りません。貴方には私の事情を聞く準備ができていない。いいですか、オーディン・マークス。私は貴方に、心からの忠誠を誓っています。私ほど、貴方を愛している者はいない」
オーディンの顔が、さっと赤らんだ。無言で彼は、シャルワーヌの腰へ手を回した。そのまま、続きの間へと連れて行く。
◇
「傷が増えたな。それに随分痩せた」
シャルワーヌの軍服を剥ぎ取り、オーディンは言った。
「貴方への忠誠の証です」
微笑み、シャルワーヌは答えた。
彼の脇腹と太股には、大きな傷があった。その他にも数えきれないほどの小さな傷痕が残っていた。それらはどれも塞がり、白く輝いていた。
「お前の傷は、体の前面だけだ。お前の背中は……なんて美しい」
それは、どのような敵と対峙しようと、シャルワーヌが決して逃げない証拠だ。
「俺の為に死ねるか、シャルワーヌ」
「もうとっくに、この命は貴方に捧げています」
「死ぬな。くだらないことで命を落とすな」
「貴方の為に死ぬ以上に崇高なことが、この世にあるでしょうか」
重すぎる言葉だった。
オーディンは目を閉じた。すかさずその唇に、シャルワーヌがキスを落とす。
優しい、穏やかなくちづけだった。
同じ優しさで傍らのベッドに仰向けに押し倒す。
「違う」
身を捩って、オーディンはうつ伏せになった。四肢を立て、四つん這いになる。
シャルワーヌは眉を顰めた。
「それでは貴方の顔が見えない」
「見るな」
短く命じる。
背中の真ん中に温かく湿った唇が触れた。思わずオーディンは、身を捩らせた。その彼の体に、鍛えられた筋肉質の体がのしかかってくる。
強い衝撃がオーディンを襲った。体が前のめりに崩れ落ちていく。
……この男は、俺のいいところを知り過ぎている。
薄れゆく意識の中に僅かに残っていた意識の中でオーディンは考えた。支配される恐怖を、自分が自分でなくなる不安を、彼は感じた。
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