郭澄之  劉裕を止める

郭澄之かくちょうし、字は仲靜ちゅうせい太原郡たいげんぐん陽曲県ようきょくけんの人だ。幼い頃より思慮深く、余人に数倍する機転の持ち主であった。


尚書郎しょうしょろうにはじめ任じられ、のちに南康相なんこうしょうとして出向。五斗米道ごとべいどう盧循ろじゅん番禺ばんうから建康けんこうに向け攻め上るにあたり南康も襲撃を受けたのだが、郭澄之はなんとか逃げ延び、建康に帰還することが叶った。


劉裕りゅうゆう相國しょうこくとなるとその參軍さんぐんにつく。後秦こうしん制圧にも従軍し、長安ちょうあん陥落を見届ける。ここで劉裕は更に西方に進まんと言い出し、そのことについて僚屬に議論させた。その大半が反対、であった。


自分の意に沿う回答がほしい劉裕、皆の意見を聞いて回り、やがて郭澄之の番となる。すると郭澄之は答えず、代わりに西に向け、王粲おうさんの七哀詩をうたう。

「南に霸陵はりょうの岸を登り、首をめぐらせ長安を望まん」


それを聞くと、劉裕も断念を決定。郭澄之に言う。

「そなたと共に霸陵の岸に登るのみだな」


こうして劉裕とともに建康に帰還した。郭澄之はその後、相國從事中郎しょうこくじゅうじちゅうろうとなり、南豐侯なんほうこうに封じられ、官位についたまま死亡した。著述した文集は世に伝えられた。




郭澄之字仲靜,太原陽曲人也。少有才思,機敏兼人。調補尚書郎,出為南康相。值盧循作逆,流離僅得還都。劉裕引為相國參軍。從裕北伐,既克長安,裕意更欲西伐,集僚屬議之,多不同。次問澄之,澄之不答,西向誦王粲詩曰:「南登霸陵岸,迴首望長安。」裕便意定,謂澄之曰:「當與卿共登霸陵岸耳。」因還。

澄之位至裕相國從事中郎,封南豐侯,卒於官,所著文集行於世。


(晋書92-1)




王粲 七哀歌


西京乱無象 豺虎方遘患

復棄中国去 委身適荊蛮

 長安は道も荒れ、獣が行き交う。

 都はもうダメだ、と荊州の蛮地にゆく。


親戚対我悲 朋友相追攀

出門無所見 白骨蔽平原

 友や親戚とも泣く泣く別れ、

 門を出れば、白骨が辺りに転がるのみ。


路有飢婦人 抱子棄草間

顧聞号泣声 揮涕独不還

 母が泣き縋る子を投げ捨てた。

 母もまた涙するも、振り返らぬ。


未知身死処 何能両相完

驅馬棄之去 不忍聴此言

 自身もいつ野垂れ死ぬかもわからぬ。

 見るに耐えず、馬を駆り逃げ去った。


南登霸陵岸 迴首望長安

悟彼下泉人 喟然傷心肝

 たどり着いた覇陵から長安を見る。

 良き君主は何処。我が心も痛む。



うん、……うん? この詩をインプットした上で言えば、この時の長安も結構荒れてたってことでしょうか。まあ姚泓ようおう姚弼ようひつの後継者争い、街にもダメージもたらしたでしょうしね。「どう考えてもいまの長安、一生懸命守るに値する状態じゃないでしょ」が含意なんでしょうか。よくわかりません。

劉裕が長安に配した兵力って、なんだかんだで精鋭なんですよね。いったん劉義真りゅうぎしんを総大将とした上で朱齢石しゅれいせきに交替させるという措置も、「劉裕の威光の影響下にある人物」の在任で「見捨てる気はない」と示していますし、ましてや朱齢石は、そこまでの功績を考えたら劉裕軍閥の次代のトップに立ってもおかしくなかった存在。王鎮悪おうちんあくをうまく処分した上で長安の地歩も確保しておきたかったんだろう、とは感じます。問題は王鎮悪粛清までの流れが速かったのと、それ以上にガチ匈奴きょうど赫連勃勃かくれんぼつぼつの速度を見誤った、となるのでしょう。いや劉裕、対南燕なんえん戦は重装騎兵隊との戦いだし、北魏との接触は半ばプロレスだったりで、騎馬民族とのガチマッチがなにげに長安が初めてだった臭いんですよね。それでも劉裕自身が指揮取れてれば違ったでしょうが、統制なんぞ問題外の状態だった王鎮悪、現地軍を指揮下に収める前に襲撃食らった朱齢石じゃどうしようもない。これは王買徳おうばいとくスゲー案件だと思います、どこまでも。


なお詩に言う『下泉』はおそらくこれ。

詩経曹風 下泉

https://kakuyomu.jp/works/1177354054918856069/episodes/1177354055579447396

しかし、そうって

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