14.理由
「ポーズだよ、ポーズ」
マックで照り焼きマヨに思いっきりかぶりつきながら、理美ちゃんが脂で光った親指を立てる。
「ポーズ?」
「そ。人間関係めんどいし、私もそんなの期待してないし。関わってこられると、雑音でしかないの。勉強一筋、近寄んなオーラ出してたら楽なの」
「・・・・・・今、これ、人間関係だよね」
「気に入った子は、別」
そう言って、理美ちゃんは豪快にLサイズのコーラをすすり上げる。これでこのスレンダーボディは、なんというか、すごく反則だ。
小学生から中学生までは、剣道部にいたらしい。今でも道場に出入りしているというから、そのせいだろうか。「腕なんてもう落ちた。今じゃたまにだし、からっきしだよ」とは、言っていたけれど。
初めて教室で見かけた「クールビューティー」のイメージとは違って、話してみれば理美ちゃんはずいぶんと気さくな子だった。時々毒舌だけど、言うことに裏表がないから、後に変なかたちで響かない。
進路に限らずしっかりしていて、動作もてきぱきとしている。バイト先は剣道の関係で知り合った「おっさん」の伝手で、蕎麦屋さんでバイトしているらしい。でも、どうやら頼られているようだ。さっきだって、人込みをかき分けて、わたしがのたのたと席に着くころには、受け取った品物がささっと取りやすい位置に並べてあった。
「早」というと、「何が?」と、きょとんとされた。一学年上なだけだけど、なんていうか「姉御」感が強い。共学出身ということだったけれど、女子高にいたらけっこうモテたんじゃないかと思う。
「わたし、気に入られるようなところあった?」
半分呆れていたけど、けれど飛びつく勢いで訊くと、理美ちゃんの答えはあっけらかんとしたものだった。
「
「カン?」
「うん、勘」
そう言って、ポテトを一気に5本つまんで、思いっきりケチャップのたまり場に浸す。そのままもくもくと
謎。百人に紛れればどこにいるのかもわからなくなるどこにでもいる野暮ったい女子がわたしなら、理美ちゃんはハッキリ言って美少女だ。黒髪ショート、切れ長の目がキレイ。しかも、文武両道。スレンダー。黒基調の服の着こなしも、同性から見ても格好いい(わたしなんて、中学3年生のときに買ってもらったコートをいまだにそのまま着ている)。共通点なんて、高校生であることと、髪を染めていないことくらいだ。
わたしのどこにでもあるスニーカーの前で、理美ちゃんの黒ブーツが揺れている。
月とすっぽんとまでは言いたくないけれど、月と石ころくらいの差がある。
・・・・・・やばい、なんかみじめになってきた。やめとこう。
一人でもんもんと考えていると、ポテトを飲み込んだ理美ちゃんが、絵にかいたような「にやり」とした顔で、わたしを見た。
「な、何?」
「私にそっくりだった」
「え、何が?」
理美ちゃんは、ストローをくわえたまま、いたずらっぽく笑う。
「べつにー? 人には言いたくないこともあるのだよ。あと、言うか言わないかはわたし次第なのさ。あ、これ先輩特権ね」
「ズルくない? こういうときだけ先輩ぶって。さんざん人から聞き出しておいて!」
「いやいや、あれはあんたが勝手にしゃべったんでしょうが」
「・・・・・・まあ、そうですけど」
あの騒動から二日目。一人で外に出るのがこわくて、相変わらずお昼をどうしようかと考えて空き教室を探していると、後ろからとんとん肩をつつかれた。
「お嬢さん、お暇ですか?」
いつもと違う、やさしい笑顔の理美ちゃんがそこにいた。
理美ちゃんが「今日のカフェテリア」に選んだのは温かな日差しが降り注ぐ公園のベンチで、子供連れのお母さんや立ち話をするお年寄り、子どもたちのがやがやした声が響く、元気な場所だった。
そこからは分からないけれど、近くに幼稚園があるらしい。そういえば、時折子どもたちの元気な声が聞こえてくる。「変なのは寄ってこないから安心して。これ、経験談ね。ナンパされかけたら、ママさんが速攻通報してた」と笑うので、お言葉に甘えて相席させてもうらうことにしたのだ。
あれはいつか何かで読んだ、「問わず語り」というものだったのかもしれない。
四十分くらいの休み時間しかないのに、気がつくとわたしは理美ちゃんに、前の学校のこと、退学してしまった自分のこと、あげくはりんのことまで、自分のことをすっかり話してしまっていた。
理美ちゃんは、何も言わなかった。あっという間にお弁当箱を空にして、ただずっと空を見ていた。でも、わたしにはわかった。この人は、わたしの話をちゃんと聴いてくれているって。だから、声が詰まっても、間が空いても、わたしはこらえきれずに決壊したダムのように、自分のことをたくさんたくさん、話すことを止められなかった。
誰にも打ち明けたことがない気持ちまで。本当は、誰かに聴いてほしかったんだと、そんなことを思う自分のことが見えなくなるくらい、いっぱい話した。
「新しく、始まりだよ」
わたしが話し終えて息をついていると、理美ちゃんは、そう言った。
「無理して忘れなくてもいいからさ。もうここは、そいつらとは関係ないから」
そうだ。ここはもう、あの場所じゃない。わたしを踏みにじる声も人間も、ここにはもういない。ただひとつ、自分の心の中を除いて・・・・・・。
「でもわたし・・・・・・自分のこと、嫌い」
最後の最後。本当に言いたかったことは、これだったのかもしれない。
わたしは自分が。他人本位で、「笑え」と言われて笑っていたバカみたいな自分が、前の学校でもあのナンパ男にも、何も言い返せなかった自分が、お父さんお母さんを安心させられるようなことを何も言えない、そんな自分が・・・・・・。
「上書きしちゃいなよ」
公園の正面を見ながら、理美ちゃんが言った。
「わたしで良ければ、琴音さんがそうじゃないって、少しは証明できると思うからさ」
向き直ったその顔には凛として、まっすぐだった。
曇りも、迷いもないその瞳。強い人だ。そう思った。
「それと、そのりんちゃんにも会ってみたいしね」
けっきょくあの日、わたしたちはお互い授業放棄をして、下校時間の頃になるまでずっと一緒に話していた。何を話していたのかは忘れてしまったけれど、何カ月ぶりかの、楽しい時間を。授業の件は、理美ちゃんがうまく言ってくれたみたいで、森崎先生からは何もおとがめはなかった。まあ、そもそもとがめる気もなかったみたいだけれど。
「そろそろ帰ろっか。あー、バイトしんどい」
そのまま脂が浮いた紙に突っ伏しそうな勢いだったので、慌てて引き止める。
バイトを始めて二カ月目の理美ちゃんは、まだまだ仕事に慣れずにグロッキー気味だ。無口な店主さんで、仕事は日に日に増えているらしく、「これでこのまま後継げって言われたら、絶対地の果てまで夜逃げする」とまで言っているから、本人としてはけっこうこたえているらしい。
バイト。理美ちゃんは何だかんだで両立しているけれど。
この高校でもほとんど人間関係を持てていないわたしがそんなことをすることになるのは、いったいいつのことなのだろう。
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