13.助っ人

声がしたほうを見ると、あのきりっとした、勉強ができてそうな女の子が立っていた。紺色のコートで、なぜか、にっこりして。


一瞬ひるんだようだけど、可愛い、というより美人系の女の子を見て、すぐに男は元の調子に戻った。身体の向きを変え、下卑た顔で話しかける。


「あ、お友達? ちょうど良かった、よかったらお友達も一緒に―――」


「今、兄貴がこっち向かってるんで無理です」


え、お兄さん・・・・・・と、急に小声になった男に、相変わらず笑顔でその子は続ける。


「お会いになります? ちょっとやんちゃですけど、気さくなんで素敵な“お友達”になれると思いますけど?」


顔は笑顔なのに、明らかに目が笑っていない。氷の笑み。正直、わたしでも怖くなるような表情かお。「あー、えっと・・・・・・」とか、男は意味のないことをごにょごにょ言い始めた。


「またまたあ、そんな嘘ついちゃいけないよ・・・・・・?」


「職場近いんですよ。あ、あれですけど」


遠くを指さす。そちらを見れば、人の合間をぬって、傘も差さずに通路をすごいスピードでこっちに走っているYシャツ姿の男の人が目に入った。視線は、ばっちりこちらを向いている。

あ、あれは・・・・・・。


「あ、オレ用事思い出した! ごめんね、またいつかね!!」


早口で言うと、男はどすどすと地面を鳴らしながら、逃げるように、というか、逃げていった。ついでに、チェアの端ですねを思い切り打って、骨折したみたいによろよろしながら走っていった。


ざまあと、何より気が抜けてようやく女の子のほうを見ると、「だっさ」とつぶやいて、くっくと笑っていた。なんていうか、悪女の貫禄すら感じた。昔の映画とかで出てきそうな。


「二人とも、大丈夫か!?」


ずぶぬれで到着したのは、化学担当の園田先生だった。

何でこの人が化学を?という、30代のゴリマッチョな先生だ。

おまけに毛深くて大きいので、雨に濡れて走ってくると、そうとう迫力がある。

こんな人が疾走して、よく人にぶつからなかったなと思う。

そういえば最近ビール腹になってきたから、ジム通いを増やしたって授業中に言ってたことを、ぼんやり思い出した。


「ナイス、先生。5分ってとこじゃない?」


「まあな、元陸上部を舐めるな・・・・・・」


「中学だけでしょ?」


「まあ、そうとも言う・・・・・・」


言いながらも、そうとう頑張ったみたいで、園田先生は肩で息をしていた。

べつに悪気はないのだけど(まあ、そのぶん失礼なのだけど)、どこかの動物園にこんなゴリラがいたなあと、くだらないことを思った。

思ったら、なんだか今度こそ気が抜けた。


「あの、どうして先生がここに・・・・・・?」


一難去って、ようやく疑問を口にすると、今度は女の子のほうが答えた。


「あたしが呼んだの。あそこの本屋来てたんだけど、新藤さんがからまれてるの見えたから、学校に電話してさ。緊急でできれば男の、ごつい先生呼んでくださいって」


ケーサツでも良かったんだけどねー、大事おおごとになるとメンド―じゃん、と続ける女の子。ざっくばらんに話すその子は、普段の様子から想像していた姿とは、ぜんぜん違う・・・・・・。それに、接点のないその子から、あっさりわたしの名前が出てきたことも意外だった。


「くそ、どこのどいつだ。うちの生徒に手出ししようなんて馬鹿の極みは!」


「もう行っちゃったよ。あ、不可抗力だからって死なせちゃだめだよ」


「アホか、俺が捕まっちまうじゃねえか!」


青筋を立てる勢いでまだ息巻いている園田先生に軽口を叩いている女の子。

そうだ、お礼を言わないと・・・・・・。


「あの、二人とも、ありがとうございました・・・・・・!」


いいえーと、女の子。当然だ!と、園田先生。


「あ、そろそろ遅刻しちゃうね」


「まずい、次、会議だ!!」


「何、センセー、か弱い女子二人を送ってくれないの?」


「送るに決まってるだろうが! その前に連絡だけ入れる。みんな心配してるからな」


ビルの入り口辺りに走っていった園田先生を見届けて、女の子が声をかけてきた。


「ごめんねー、遅くなって。あいつ、最近見ないと思ってたんだけどなー」


「え、前にもいたんですか?」


「いた。人がいたし、目の前で『どうなるんでしょうね?』ってケーサツ呼ぶふりしたら逃げてった。ホント、馬鹿はどこまでも懲りないね」


なんか、すごい度胸じゃないか、この子・・・・・・。

わたしとは大違いだ。勢いでそのことを言うと、「うちの兄貴たち、いちいちやんちゃなんだよ。だから少しは、耐性あんの。あと、合気道を少々」と、さらっとすごいことを言って笑っていた。言葉を繋げないでいると、んーっと背伸びをして、女の子がこっちを見つめてくる。


「あの・・・・・・?」


「新藤さんけっこう可愛いから、注意しとかないとね。まあ、被害受ける側ばっかり自衛させられるのもムカつくけど」


「ありがとうございます・・・・・・」


可愛くはないけれどと、心の中で付け加える。


「おーい、新藤、野崎、帰るぞー」


電話を終えたらしい園田先生が、こっちに向かって呼び掛けてくる。

目の前の女の子が、「野崎」という子であることを、初めて知った。


「りょーかい。じゃあ新藤さん、帰ろうか」


無造作に差しだされた手を借りて、ようやく立ち上った。

立ち上がった勢いで、言いたかったことを言えた。


「野崎さん、ありがとう」


「理美でいいよ。どういたしまして」


にっこり笑ったその顔は、今までになく凛々しくて、そしてとても優しかった。


帰り道は、傘を持たずに走ってきた園田先生に野崎さんがビニール傘を貸そうとしたけれど、幅がおもしろいくらいに足りていなくて、けっきょく園田先生はわたし達の前を、また雨に打たれながら歩くことになった。


「両手に花になれなくて残念だったね、センセー!」


後ろから野崎さんが茶化すと、うるさいわ!と、園田先生が振り向かずに毒づいた。

園田先生の代わりに、近くを歩いていた人が振り返っていた。

なんだか、大型犬を散歩させている飼い主みたいだなと、これまた失礼なことを思ったけれど、その想像はまたおかしくて、くすっと笑ってしまった。

そんなわたしに、野崎、理美さんが隣から声をかけてきた。


「お昼、あそこもいいけど、他にもオススメあるよ。今度、行ってみない?」


いたずらっぽい笑み。

知らなかった。こんないろんな表情で笑う子だったんだ。


ビニール越し。薄暗くなった空の遠く。

うっすらとした光が、差し込んでいた。



※うっかりして、主人公「新藤琴音」の苗字を「進藤」と表記していました。

そうした回が複数ありますが、訂正のたびに更新していてはご迷惑かと思い、そのままにしています。以後、気を付けます💦













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