6.夕焼け

 犬は飼い主に似るというけれど、それは本当のことなのかもしれない。

りんを見ていると、そう思ってしまう。


 りんは散歩が嫌いで、窓辺で日に当たっているのが好きな犬だった。

引きこもりがちだったわたしは、犬=毎日の散歩という図式がのしかかっていて、自分にそれが務まるかと悩んでいたけれど、それは空振りだった。


 冷暖房完備のペットショップでの居心地がよかったのか、暖房が入りっぱなしの家の中が気に入ったのか、それとも冷たい地面の上を素足で歩くのが嫌なのか。

 動き回る身体になんとかリードをつなぐと、りんがしぶしぶといった様子で立ち上がる。名残惜しそうな様子できまって振り返り、玄関から出ていく。

 観念したのか、しっぽを振るのでもなくのたのたと歩くりんの背中を眺めていると、まるでわたしのようだと思ってしまう。今日もまた、いつもと同じ。


「りーん。散歩だよー・・・」


 それでも運動不足で変な病気になってはたまらないし、わたしもさすがにずっと家にこもっているのもこたえてきていた。人の目は気になるけれど、りんの散歩は、自分にとっても周りにとっても、わたしが外にいていいよい口実だった。

 ・・・・・・なのに。


「・・・ふんっ!」


 りんが鼻を鳴らすのは、拒否の合図だ。

続けて、大あくび。陣取っているのは、暖房の温風が直撃する、さらに窓辺。

姿見の横に置かれた、中学生のときまでわたしが使っていた、クッションの上。

 今はすっかり、りんのものになっている。


「りーん・・・・・・」


 ・・・・・・きみは、本当に犬なのかい?

 断崖絶壁のような、茶色のつるんと直角の後頭部をちょいちょいつつくと、迷惑そうな顔でこちらをチラ見する。


 ミニチュアダックスのりんが我が家にやってきて、1カ月が過ぎていた。

なんとなくだけど、慣れもあるけど体が成長したからか、力強く歩き回るようになってきたと思う。ご飯の場所はもちろん、家の間取りも、様子をみているとほとんど頭に入っているようだ。


「うん、ぜんぜん問題ないです。毛並みもいいし、元気に育ってますよ」


 隣町で見つけた動物病院で、崎田さきた先生がそういって笑顔を見せた。

りんはといえば、グリーンの診察台のうえで震えていたっけ。

 まあ、ほとんど初めての場所だったから仕方ないよね。そしてちょっと気の毒だったけど、普段家ではふてぶてしいりんのそんな一面を見て、なんだかおかしいような河合らしいような、くすぐったい気持ちになった。


 この子の命を、わたしが守らなくちゃいけない。

 きちんと世話をして、しつけもして、嫌そうだけど散歩にも連れて行って、病院にも連れて行って。


 順番が逆だと思うけど、りんの名前が決まったところで両親から言われたのが、

「ちゃんと責任をもって世話してね」という言葉だった。


 たしかにわたしは犬猫だけじゃなくて動物ならだいたい好きだし、言われなくてもそんなことくらいわかっている。けれど、頼んでもいないのにいきなり犬を連れてきてそう言われるのも、なんだかとちがう気がした。


 でも、それとこれとは話が別。

 目の前の小さな命は、誰か、特にわたしが世話をしないと、どんどん輝きを失っていくだろう命。差別するわけじゃないけど、100均のサボテンを枯らしましたと、わけが違う。正しい言い方がわからないけど、なんというか、桁違いに違う。


 わたしが、頑張らないと。


 遠い夕焼けを目に決意を新たにしていると、リードを握った腕に入る力が、がくんと急激に重くなった。振り向くと、りんが後ろで座り込んでいる。

「もう帰る」という合図だ。まだ、10分くらいしか経っていないと思うんだけど・・・・・・。


 今歩いているのは、なんの変哲もない、住宅街のアスファルトの上。

そこを抜けると、真ん中の道が舗装された、河川敷に出る。わたしが歩いて15分くらいで到着するから、もう少しなのだ。


 家ばかりいるより、例えば他の人だったり犬だったり、草木だったりの外のことに触れさせたほうがいいんじゃないかな。ノミダニ予防の薬は差してるし。

 まあわたしだって、外は好きじゃないどころか、嫌いなんだけど。


 ぼうっと立ちつくしていると不意に夕焼けの差す通学路を思い出し、「帰ろっか」とりんに声をかける。「今さら何を言う」といわんばかりに、りんが鼻先をつきだす。


 わたしはもう、学校に続くあのみちを行かなくていい。もう、あんな思いをしなくていい。


 けれど、道から外れてしまった。みんなが当たり前に歩く、その道を。


 胸が急に重くなってきた。けれど、帰り道になると急に走り出すりんの背中を追っていると、その間、ちょっとだけそれを忘れることができた。



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