第31話 はつゆきぜんら

 一桁台の気温の中、夜の公園を歩く。

 そこに人がいたなら誰もが振り返り、我が目を疑うような格好をしている男女は一体、誰でしょう。


 そう、俺達です。


「うーん、この突き刺すような肌寒さ……生きてるって感じがしていいな」

「さむいさむいさむいさむいさむいさむい」


 冬の全裸を謳歌している俺とは違って、どうやら白銀に露出を楽しむ余裕はなさそうだった。

 カイロのお陰で多少はマシになったのか体の震えは収まっていたが、依然として寒さを訴える声は止まなかった。


「そんなに寒いのか?」

「逆にどうしてあなたはそんな平然としていられるの……?慣れ?」

「うーん、筋肉量からくる基礎代謝の差とか?やはり筋肉は大事だな」


 あって困るものでもないし、やはり筋トレは快適な露出生活を送る上でも必要不可欠な代物ということらしかった。


「君も俺の家にいる間は自由に筋トレグッズを使ってくれていいんだぞ」

「えー、でも変に筋肉ついちゃったら嫌だし」

「そんな簡単に筋肉がつくと思うなよ」

「なんか急にキレた」


 たとえば腹筋を割る目的で負荷の大きいアブローラーを続けても、それだけで腹筋が浮かび上がってくることはない。

 ちゃんとした食事管理や栄養補給も合わさって、ようやく綺麗なシックスパックが手に入るのだ。


 それは他の部位にも同じことがいえる。

 軽く筋トレした程度で筋肉がつくようなら誰も苦労はしない……!


「とはいえ大胸筋や三角筋は結構すぐに成果が現れやすいぞ。どうだ?」

「……でも柊一にとっては、今の私の身体が理想的なんでしょ?」

「それはそうだけど」

「じゃあいい。バランス崩れちゃったら困る」

「そんな」


 せっかく筋トレ仲間ができると思ったのに。

 しかし無理強いはよくない。筋トレにおいて一番大事なのは続けるための根気だ。

 強要されては続くものも続かない。

 仕方ない。ここは諦めて引き下がるとしよう。


 そこから暫く無言のまま、夜の公園を歩く。

 こういった静寂の時間もまた乙なものだ。

 白銀も多少は慣れてきたのか、楽しむ余裕が出てきたようだ。

 それでも寒いものは寒いのか、時折吐息で手の甲などを温めていた。


「はーっ、寒……ちょっとはマシになってきたけどまだキツいや。ねえ、ちょっと体借りていい?」

「別にいいけど何するの」

「こうするの」


 言うが早いか、彼女は俺の腕に抱きついてきた。

 下着越しとはいえ柔らかな胸の感触がダイレクトに伝わってきた。

 痴女かな?


「あったか、人間カイロじゃん。そりゃ寒くないわけだ」

「────」


 落ち着け。素数を数えて落ち着け。

 もう同じぼっちじゃなくなったから効果はそんなにないけどとにかく落ち着け。


 以前までの俺とは違う。

 ここ一ヶ月、白銀とは我が家で幾度となく過ごしてきた仲だ。当然全裸だし、身体が触れ合う機会は幾らでもあった。


 視覚の耐性はあっても触覚その他の耐性はなかった今までと比べて急成長を遂げている。

 たかが下着越しに胸を押し付けられた程度で動揺する露出狂ではないわ……!


「ふーっ」

「ひゃんっ」


 首筋に息を吹きかけられてビクッとなった。

 白銀は笑っていた。


「ふふん、こうやって触るとちょっとドキドキして隙ができることくらいお見通しだから」

「首に息は反則だと思う」

「そんなルール知らないし」


 悪戯っぽい笑みを浮かべる白銀に対して、俺も何か仕返しをしてやろうと思考を回す。

 どうすれば相応しい反撃ができるだろうか。

 気を遣ってこれまで触れてこなかった呼称の変化にでも触れてやろうか。

 よし、その方向性でいこう。


「……そういえば、いつの間にか「あなた」呼びから柊一って名前で呼ぶようになったな」

「めっちゃ今更だね」

「仲が深まったようで嬉しい」

「柊一もあたしのこと名前で呼んでくれていいけど?」

「それはちょっと恥ずかしいというか」

「こうして全裸で触れ合ってる時点で今更恥ずかしいも何もなくない?」


 それはそうだが、俺にも複雑な漢女おとめ心という物があるのだ。


 ……よし、話の流れは順調だ。

 ここから一気に切り返して攻めの姿勢に転じる。


「けど、前のは前ので結構良かったから勿体ない気分だ」

「なんで」

「だってほら、夫婦みたいというか」


 言ってみてから気がついた。

 あれ、これ割と気持ち悪くないか?と。

 付き合ってるわけでもない、年単位の交流があるわけでもない女子相手にかける台詞じゃないような。


 しかし言ってしまったものは仕方ない。

 なんかこう上手い感じの反撃になることを祈りながら、ちらり横目で白銀の様子を伺う。

 すると彼女は、


「…………ばーか」


 俺から顔を背けてそんなことを言った。

 これは……どうなんだ?

 二次元なら裏で顔を真っ赤にしているシチュエーションだが、三次元でもそうなるとは限らない。

 漫画と現実は別なのだ。


 普通に罵倒されてるのか、或いは照れ隠しなのか。

 俺に女性経験さえあれば分かったものを。


「そ……んなに呼んでほしかったら、元の呼び方に戻してあげよっか?あ・な・た」


 普通に罵倒されてるっぽかった。

 彼女の余裕を崩すには至らなかったようだ。


「悔しい」

「こういう分野だとまだまだだね」


 まるでどこぞのテニスの王子様みたいな言葉でマウントを取られた。

 悔しいが、流石は異性からモテまくっているクラスのマドンナポジションと言うべきか。キザな言葉への耐性は高いのだろう。


「もう少し女心を勉強しなきゃね──と」


 不意に白銀が足を止めて、夜空を見上げた。

 なんだろう。俺も追従して視線を高くしてみると、ふと、鼻に白い何かが舞い落ちてきた。


 これは……雪?


「わあ、雪だ……今の時期に降るなんて思わなかった」


 降り積もるほどではない疎なものだったが、それは確かに夜の黒色の中を悠然と降り泳ぐ白雪だった。

 地上の気温は10度近い。本来なら雪など降ろうはずもないが、ここは山の手の方にある公園だ。

 上空の気温はかなり下がっているのかもしれなかった。


「……もう冬だね」

「だな」


 冬の到来を告げる初雪の粒が、全裸の肉体に舞い落ちる。

 その冷たさが、新たな季節の幕開けを告げているようだった。

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全裸徘徊してたら学校一の美少女と名高い北欧ハーフの露出狂と出会った むべむべ @kamisama06

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