第30話 Nude/stay night

 あれから時が経ち、12月になった。

 もういくつ寝るとお正月、の前に恋人たちの全盛期であるクリスマスがやってくる季節だ。

 冬休みという待望のイベントもあり、学生であれば誰もが心躍る季節。


 だが忘れてはいけない。

 露出においては、とんでもなく辛く苦しい季節だということを。


「今年もやってきてしまった……冬が」

「外めっちゃ寒いよね」


 俺は今、白銀と共に暖房の効いた部屋でのんびり裸で寛いでいた。


「露出狂に対してとても厳しい季節だ」

「あたしやったことないから分かんないけど、そんなに辛いの?」

「一回凍傷になったことが……ある」

「だからそんなに頭が変に……」

「脳みそではなく」


 冬の寒さは露出狂にとっての天敵の一つだ。

 息子は縮み上がり、暴力的な冷たさの前に皮膚の感覚すら失われる。

 靴を履いている足すらも、その魔の手から逃れることはできなかった。


「凍傷も火傷と同じでⅠ度からⅢ度までの深度で分けられてるけど、その時は表皮までのⅠ度で済んだから比較的軽傷だった」

「因みにどこを怪我したの?」

「察してくれ」


 露出で凍傷しましたと言うのも憚られたので病院にも行きづらかったし、当時は本当に焦った。

 男としてのアイデンティティが死滅してしまう一歩手前だったのだ。

 あの時ほど包茎で良かったと強く実感した日はなかった。


「なので防寒は大事だ。5度を下回るようなら腰回りにカイロを貼り付けて出かけて、氷点下を下回る日は露出を控えた方がいい。家に帰ったらすぐお風呂に入るのはマストだ」

「普通は気をつけるまでもなく冬の夜中に露出なんてしないと思う」

「でも雪の日とかテンション上がってやりたくならないか?」

「前にあなたのこと犬か猫かで例えたら猫っていったけどごめん、やっぱり犬だわ」


 きっと白銀は露出狂なりたてホヤホヤで冬の露出を体験したことがないから分からないんだろう。


 一番手っ取り早いのは太陽の差す時間帯に露出行為に及ぶことだが、それでは他人の目から逃れる難易度が一気に増してしまう。

 早朝だからと油断しているとやたら早く起きてくる老人等に見つかりかねないのだ。


「あたし寒いの苦手だし、冬は露出控えようかな」

「勿体ない。一度くらいは体験しておくべきだ」


 凍てつくような寒さの中、己が身一つで自然の厳しさ、壮大さを味わうあの感覚。

 あれを知らずに露出を語る人間を、俺は信用できない。


「冬の寒さを知れば知るほど、春の到来を感じられた時のエモさがより際立つんだ」

「季節の感じ方が独特すぎる……」


 けれど少しは興味をそそられたようで「どうしようかなあ」と心が揺れているご様子。

 ならばこの機を逃す手はない。


「俺は今夜出かけるつもりだけど、君はどうする?」

「……柊一が行くならあたしも行く」

「決まりだな」


 話は決まった。

 そういうわけで、俺は白銀の初・冬の露出行為の付き添いを兼ねたお出かけに赴くのだった。



 さて、冬の露出において重要な前準備は散々語ったが、他にも気にしなければならない要素がある。

 風の有無だ。

 ただでさえ寒い冬の露出において、風が吹いているかどうかは死活問題だった。

 

 基本的に風速1m/sの風が吹く時、体感温度は一度下がるという。

 つまり気温が10度と比較的暖かい日でも、風速が10m/sだと実質気温は0度と変わらなくなってしまうのだ。


「今宵は気温も10度近い無風状態──完璧な露出日和だ」


 雪降る氷点下での露出経験もある俺からしてみれば天国もいいところだ。

 鍛えた筋肉による代謝もあいまって、これなら念の為に腰タイツを履いて中にカイロを仕込んできた甲斐もなさそうだった。


「よかったな、白銀」

「よよよよよよくなんてななななない……」


 めっちゃ震えていた。

 歯もガタガタと音を鳴らしていて、とても寒そうだった。


「大丈夫か?」

「ぜ、全然だいじょばない……!なにこれ寒すぎない……!?」

「結構暖かい方だと思うけど」

「絶対感覚バグってるっ」


 否定はできなかった。


「し、下着脱ぐのやめよ……全裸は流石に無理ぃ……」

「初心者だし、それもありだ」


 何事も、最初から高難易度というのは心が折れてしまう要因になりかねない。

 まずは低いハードルから乗り越えていくのが肝要なのだ。


 ついでに念の為に持ってきた予備のカイロを手渡す。数枚だけでもあるとないとでは大違いだ。


「じゃあ行こう。寒いなら手でも繋ごうか?」

「いらない」


 カイロを持った両手で体を摩りながらジト目で睨んできた彼女に対して軽く謝りつつ、俺たちは全裸徘徊を開始するのだった。

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