第29話 したごころを君に

 あの後。

 色々あって、俺は一週間の自宅謹慎を命じられていた。


「まさかこんなことになるとは」


 俺は全裸になった。

 教室という、言い訳のしようもないほど公然の場で露出行為に及んだ。


 16歳。触法少年扱いを受ける14歳未満の壁はとっくに通り過ぎている。

 警察沙汰になる覚悟で行った。が、


「普通に喧嘩両成敗みたいな扱いになるなんて……」


 服を脱いだ時、俺はてっきり阿鼻叫喚の悲鳴が湧き上がるものかと思っていた。

 だが実際は違った。場は静まり返り、誰も声ひとつ上げることすらしなかった。

 三人組はめっちゃ顔を赤くしていた。特に二人目。


 見たくない人は見ないでくれと事前に通告していたのもあるのだろう。

 実際、女子は大体目を逸らしていた。

 けれど男子の大部分は目を逸らさずに俺の方を見ていて、そのうちの一人が言った。


『……すげえ……』


 パチパチと、まばらな拍手が鳴った。

 万雷の拍手とまではいかずとも、確かな賞賛の音が鳴り響いた。


 どうしてそうなるのか全く分からなかったし、予想していた反応と違いすぎて困惑した。

 そのうち騒ぎを聞きつけた教師がやってきて、全裸の俺を見て慌てて隠すよう指示して、あれよあれよと言う間に事態は一旦の収束をみせたのだ。


 教師曰く、


『お前がどうして全裸になったのかは、他の奴らに聞いて何となく理解できた。けどなあ……他にやり方とかなかったのか?』

『ありません。俺は露出狂なので』

『あっハイ。……その、なんだ。露出なんてやらかした以上それなりの罰は与えなきゃならんが、あー……ま、お疲れ様?』


 とのことだった。

 もっと大事になると思っていたので、たった一週間の謹慎処分で済んだのは予想外だった。


 三人組は根拠もない、ともすれば名誉毀損にもなりうる噂を広めようとした罰で同じ処罰を受けていた。

 実際は事実だが、事実でも名誉毀損は成り立つのでざまぁみろと思った。


「……誰にも受け入れられないと思っていた」


 露出なんて頭のおかしな趣味だ。他人に言っても受け入れられるはずがない。

 ましてや日本においては尚更にそうだろう。


 それに俺自身、誰かに受け入れてほしいなんて思ってこなかった。

 ただ世界に己の作品を発表できればそれでいいと思っていた。


「すげえ、か」


 でもあの一瞬、確かに誰かの心を動かす肉体さくひんを表現することができた。

 俺の存在を、誰かに刻みつけることができた。


 公共の場での露出が悪いことだというのは分かっている。

 けれど、無上の達成感を覚えた。

 これまでの人生で一番ドキドキした。

 それだけは、揺らぎようのない事実だった。


「あ、内海からメッセージがきてた」


 スマホの画面を確認してみる。


『柊一、露出はいけないことだ』

『でもその心意気は買った!』

『まさかお前も白銀さん狙いだったなんてな…』

『これからは恋のライバルだな!』


 何か盛大に勘違いしているようだったが、当たらずとも遠からずと言えなくもないし、事情を説明する訳にもいかないのでそのままにしておくことにした。


 さて、これからどうしようか。

 特にやることもないので筋トレにでも励もう。チンニングスタンドに手をかけた、その時だった。

 玄関のインターホンが鳴った。


「誰だろう」


 覗き穴から確認すると、そこにいたのは白銀だった。安心して裸のまま扉を開いた。


「やあ」

「……ども」


 なんだかちょっと他人行儀だった。


「お邪魔します」


 でも遠慮のなさはそのままだった。

 彼女はリビングまで足を進め、服も脱がずに三角座りをすると、脚に顔を埋めた。


「…………」

「…………」


 気にするな、とか君のせいじゃない、とか言えばいいのだろうか。

 どう声をかけたものか分からない。

 対人関係の経験に乏しい俺では正解を導き出すのは不可能そうだった。


「……どうして、あんなことしたの?」


 そうこうしているうちに、彼女の方から質問を投げかけられた。


「噂をどうにかしたかった。他の誰かに誹られるならまだしも、あいつらが君を中傷するのはとても腹立たしかった。……つまり」


 俯く白銀の顔を、それでもまっすぐ見つめながら断言した。


「友達が困っていたから助けたいと思った。それだけの話だ」

「──……!」


 結果として出力されたのがアレでは格好はつかなかったが、仕方ない。

 結局俺はコミュ力があるわけでもなければ、人望に厚いわけでもない。

 露出とダビデ像への尊敬に関しては誰にも負けない自信があるだけの、ただの高校生なのだ。


「露出したのは、事実だし……ぼっちで、噂とか流されても関係ないし……いつもみたいに耐えとけばいいって、思ってたけど」


 白銀は弱々しく、呟くように声を発していく。


「……ありがと」

「気にするな。俺にだって利はあった」

「利って、なに」

「衆人環視の状況で露出するという経験を積めた。妙な達成感みたいなものがあった」

「えっ」

「ちょっと距離が空いたな」


 まあドン引きされるわな。

 けれど紛れもない事実だった。


「人前で露出するのはいけないことだ。それでも磨き上げた作品がどう評価されるのか、知りたくなるのは芸術家の常だ」

「……どうだったの?」

「悪くはなかった」


 多分、あの場での賞賛は内海みたいな勘違いありきのものだろう。

 好きな女子のために歪ながら体を張って自爆した漢気を褒め称える、的なやつだ。


 俺の肉体さくひんがどの程度貢献したのかは分からない。

 それでも、一世一代の蛮勇を汚さない程度には見れる物だったのだろう。


「まだ未完成の作品を見せてしまったことは恥ずかしいし、他人に下卑た一物を見せつけてしまったことは申し訳ないと思う」

「バッチリ見えた」

「ごめん。でも気持ちよかった……というより、清々しかった」


 秘さなければならない、隠さなければならない本性。

 普段は大衆に見せびらかす行為を罪だと断じ、興味を示さなかった俺だが、やはりどこかで曝け出したいという欲求もあったのだと思う。


「普段隠している本当の自分を露わにできた──そこに快感があったことは否定できない」


 流れに身を任せた結果でしかない。

 だが俺という人間が今ここで生きているのだと、叫ぶことができた。


「自分がどういう人間なのかを曝け出さなければ、人は誰にも理解してもらえない」


 俺と白銀がここまで仲良くなれたのもそうだ。

 互いの首筋に刃を当てあうほどに重大な秘密を握り合い、互いの胸襟を開きあったからこそ、俺たちは友達になれた。


「曝け出せば反発もされる。受け入れてもらえるとは限らない。それでも誰かに理解してもらいたいなら、己の内にあるモノを露わにするしかないんだ」


 一週間後、俺は学校でどのような扱いを受けるのか。それは分からない。

 案外受け入れてもらえるのかもしれないし、当たり前のように否定され罵られるのかもしれない。


 それでも俺は後悔していなかった。


「君も、もう少し素直になってみてもいいんじゃないか」

「……そんなの無理。露出趣味なんて明かせない」

「別に露出に限った話じゃない」

「だとしても……怖い。変なこと言っちゃって、変な目で見られたらって思うと、ゾッとする」

「その時は俺がいる。友達を頼ってくれ」

「……いいの?」

「いい」


 白銀がゆっくりと顔を上げる。

 潤い揺れる翡翠の瞳が、俺の視線と絡み合う。

 彼女の手を取ると、いつもの調子でこう言った。


「俺たちは露出狂だ。だったら体だけじゃなく、心も露出して初めて一人前といえるんじゃないか?」

「……なにそれ、馬鹿みたい。ばーか」


 正論だった。

 でもただの正論じゃねぇぞ。

 ド級の正論、ド正論だ!


「励ましたのに」

「ふふっ、ごめんごめん」


 彼女はようやく頬を綻ばせると、満面の笑顔を浮かべながら言った。


「ありがとね──柊一っ」

「……ああ」


 悲しむ顔なんかよりもずっと、その顔が見たかったんだ。

 


 翌日、あたしは学校に来ていた。

 当事者の一人とはいえ、あたし自身は何もしていない。ただ絡まれただけだ。

 しかも変な噂を流された被害者として同情までされた。

 まあ、本当にやっちゃってるから心が少し痛んだけれど。


「……ふう」


 高鳴る鼓動を落ち着ける。

 いつも通りにしていればいい。

 意を決して、教室の扉を開いた。


「────」


 瞬間、賑わっていた声がピタリと止んだ。

 周囲の視線が痛いほど突き刺さる。こんなことなら数日空けてから来るんだった。

 早速後悔の念を覚えながら自分の席に着くと、ふと、目の前に誰かが立っていることに気がついた。


「あ、あのっ」

「えっと、あなたは……?」

「わ、私はその、白銀さんに迷惑をかけてしまった三人と同じグループで、あの……」


 そこまで聞いて思い出す。

 事の発端にもなった告白事件の当事者。その女子だ。

 名前は確か、


渡瀬結菜わたらせゆいなさん、だっけ?」

「は、はいっ。そうです!」


 ちょっと気になったから覚えていた。

 本人が姿を見せず三人組が手を出してきた辺り性根が悪い人なのかとも疑っていたが、この様子だと違うみたいだった。


「わ、私のせいでこんなことになってしまって……もっと早くあの人達を止めていれば……なんとお詫びしてよいことやら……!」

「いや、別にそんなこと」


 多分効果はなかっただろう。

 あの三人組の攻撃は渡瀬さんを思っての行動じゃなく、それを口実にした私刑だ。

 彼女が何を言っても聞かなかっただろう。


「私にできることなら何でもしますっ。本当にごめんなさいっ」

「だからいいって、そんな謝らなくても」


 しかしこのままでは堂々巡りになりそうだった。

 どうしようか悩んで、不意に思いつく。

 折角あの人が背中を押してくれたのだ。

 今ここで、勇気を出して心を露わにしてみよう。


「だったら……一つお願いがあるんだけど」

「な、なんなりと!」

「あたしと、友達になってよ」


 あたしの方から手を差し伸ばす。

 渡瀬さんは目を白黒させて、事態が飲み込めていない様子だった。


 この提案が受け入れられるかはわからない。

 でも自分から手を差し出せた。

 それだけでも一歩前進できたと、今度柊一に褒めてもらおうと思った。




─────────────

ここまでお読みくださりありがとうございました

当初から予定していた一区切りまでいけて満足です


次回からはいつものラブコメを書きます

体がコメディを求めている…

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