第28話 キャストオフ

「何言ってんの、あんた?」


 訝しむような視線を向けられる。

 ここで彼女が露出なんてするはずないだろう、と庇うのは簡単だ。

 だがそれでは一時凌ぎにしかならない。


 既に流れてしまった噂を払拭することは勿論、最悪この場を切り抜けることすらできないかもしれない。

 接点のない俺が白銀を庇う理由がないからだ。


「だから、俺が噂の露出狂なんだ」


 だからよりインパクトのある発言で噂を、疑惑を塗り替える。

 下手に真実を嘘で隠そうとして失敗すれば、疑念が真実になってしまうかもしれない。


 簡単な話だ。

 白銀の露出それ自体は真実だというのなら、俺が露出狂であるという別の真実で上書きすればいい。


「いやいや、そんなこといきなり言われても」

「信じられるわけないっていうか」

「そもそも本物が今この場で正体明かす意味ある?」


 妥当な疑問だった。俺でもそう思う。

 もし本物なら「しめしめ、あいつに罪を被せて俺は雲隠れしてやろう」と考えるのが普通だ。

 普通、だからこそ敢えて異常な道を選ぶ。


「俺にも良心がある。誰かが濡れ衣を着せられようとしているのを黙って見過ごすことはできない」

「露出狂だけに……?」


 今誰かが上手いことを言った気がする。


「そもそも犯人は金髪の女でしょ?あんた黒髪の男じゃん」

「カツラをつけてたからな。できるだけバレないよう変装して露出していたんだ。夜中の暗がりなら、髪が長いってだけで女性に見えても不思議はないだろう?」


 咄嗟の言い訳。アイデア元は先の内海の発言だ。


「犯人は俺だ。だからそれ以上、おかしな噂を垂れ流すのはやめろ」


 無論、こんな戯言が信じられるとは思ってない。

 クラスの陰キャがおかしなことを言い出した、精々がそのくらいだろう。

 だが噂を有耶無耶にすることはできる。


 ──もしもこれが、明確な根拠のある糾弾だったなら、俺は何も口出しできなかった。

 彼女たちが被害者だったら尚更だ。


 だがこれは、気に入らない白銀を貶めてやろうという陰湿なイジメの一貫でしかない。

 単に利用できそうな噂があったから結びつけただけだ。

 それがどうしても気に食わなかった。


 頭では大人しくすべきだと思っていても、心が納得できなかった。


「口だけなら何とでも言えるでしょ」

「もしかしてあれ?白銀さんに媚び売ろうとしてんの?」

「それありそー!」


 言葉だけでの説得は、残念ながらできそうになかった。それだけの力が俺にはなかった。


 だから仕方ない。

 ここから先は、いかにハッタリを利かせられるかの勝負──!


「ちょ……!?」

「しゅ、柊一!?」


 なのでとりあえず、脱いだ。

 下着のみを残して、肌色一色の体を晒す。


「俺は露出狂だ。人前で肌を晒す覚悟はできている」


 徐々に脱いでいくことも考えたが、より強烈なインパクトを初手で与えた方が効果的だと考えた。

 実際、周囲のクラスメイトはざわついていた。

 三人組もたじろいでいた。

 なんなら白銀も困惑していた。


 以前ショッピングモールで同じことをやった。

 あの時は場の空気を操作することができたが、果たして。


「……は、はっ!だからなに?男がパンイチになるくらい別に大したことじゃないでしょ?」

「ちょ、ちょっとくらい良い体してるからって怯むと思ったら大間違いだから!」

「そーだそーだ!……えっ?」


 場の流れをある程度塗り替えることはできた。

 しかし残念ながら、主導権を握ることは叶わなかった。


 以前白銀に絡んでいた時は異常者のフリをして散らせたので、今回もと思ったが、向こうも向こうで引っ込みがつかなくなっているのかもしれない。


 正直俺も同じ気持ちだ。

 ここから先、どうすればいいかまったく分からなかった。

 ノープラン故の弱点が早くも露呈してしまった。


「……最悪は」


 パンツすら、脱ぎ捨ててしまうか。

 だがそれは諸刃の剣だ。いや、なんなら逆刃刀まであった。


 社会的にも信条的にも死んでしまう悪魔の一手。

 何の罪もない周りの人達への加害行為となってしまう。

 それだけは何としてでも避けたい。


 だがパンツ一丁では迫力に欠けるのも事実。

 恐らく今この場において、俺と奴らは主導権を50%ずつ握り合っている状態。

 であれば勝つのは、もう一押しできた側……ッ!


「あんたが本当に露出狂だっていうならパンツも脱いでみせてよ!じゃなきゃ信じられない!」

「そ、そうそう!ほら、その粗末な物を見せてみなよ!できるもんならさ!」

「どうせできないんでしょ?分かってんだからね!」


 息を吐く。息を吸う。

 その一線を超えてしまえば芸術家ではなく、矜持も誇りもかなぐり捨てた俗物になってしまう。

 だから、これ以上は。


「……!」


 ふと、白銀と目が合った。

 彼女は必死に首を振っていた。

 もういいと、そう言いたいのだろう。

 

 だがこの場で引き下がっても何も変わらない。

 これまで通りイジメは続くし、単に俺がいきなり脱ぎ出すやべー奴になっただけだ。

 後者に関しては別に構わないが。

 でも、前者は到底見過ごすことができなかった。


 家庭のストレスだけじゃない。

 こいつらみたいなのがいたから、白銀は露出に走ったというのに──。


 そこまで考えて、ようやく気がついた。

 ああ、そうか。

 どうして俺がこんな真似をしたのか。

 とても簡単なことだったのだ。


 友達が嫌な目に遭っているのが我慢ならなかった。

 ただそれだけの、幼稚な話だった。


「……友達なんて、今までロクにいなかったからな」


 覚悟は決まった。

 どうせやべー奴になったなら、とことんやべー奴になるだけだ。


「分かった。そこまで言うなら脱いでみせよう」

「ちょ、あなたそれは……!」

「見たくない人は目を塞ぐなり、背を向けるなりしてほしい」


 身長は、多分170cmには到達しているはず。

 筋肉は、日々の食事と運動によって現時点での理想形に近い付き具合をしている。

 肌は、毎日お風呂上がりにスキンケアをしているから艶のいい質を維持できている。


 ダビデ像りそうぞうとは大きくかけ離れているし、とても完成品とはいえない。

 それでも今の俺にお出しできる、最高の肉体さくひんを披露しよう。


「──これが、俺の作品はだかだ」


 そして俺は、生まれたままの姿になった。

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